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エピソード24 決意と覚悟

昼前に東愛大学に着いた。

私は、アポを取っていた今の職場の担当教授に、面会した。無茶苦茶な頼みを、必死の思いで伝えたが、意外とあっさりと許可してもらえた。教授は、冬冷のおじさまと慈優の父と同級生だったのもあるけど。やっと天職に気づいたか、と言われた。


たまたま昼から教授会があるそうで、特別扱いだと笑われながら、1時間半で書類が用意できるなら、間に合うと言われて、教授室のパソコンを借りて、教授から怒涛のような指示が飛んできて、優しい秘書さんに助けられて、2センチくらいの厚みになる山のような必要書類を作り上げて、提出した。

慈優のうちで、あらかじめ想定していた書類の下書きは作っていたから、何とか間に合った。


教授会に行く先生を見送ってから、冬冷家に向かった。

恐る恐る冬冷家の前に着くと、高見さんと瑠璃ばあが、笑顔で迎えてくれた。


「あやさま、お痩せになって、まあまあ。」と、エントランスで抱きしめてくれた。涙を堪えた。

苦しいのも辛いのも、私ではない。


ダイニングに、冬冷のおじ様とおば様がいらした。

あれ?もしかして、お父様が連絡した?


ニヤニヤしているお2人にサロンに連れ込まれた。


私は、床に正座して、氷逸兄様と結婚させてくださいと、頭を下げて、お願いした。


「まあ、彩ちゃん。そんな事しなくても、わかっているわよ。」

おば様が、私の手を握って、立ちなさいと言うけれど。


おじ様が難しい顔をしている。

「彩、私達は、全く異存ない。ただ、氷逸を説得するのは、彩しかいないぞ。」


ここでも、すんなりと、許可が出た。驚く私に、おじさまは言った。

6歳の頃から、私は長男の結婚相手になると、お2人は想定していたらしい。


ただ、やはり、どこからか、いつから、氷逸兄様ではなく、氷美兄様の婚約者扱いになったのが、よくわからないと言われた。私もよくわからないと、素直に答えたら、おじさまが、わかったと言って、それは後で解決するから、先に氷逸兄様を説得しなさいと言われた。


私は秘めた決意を、2人に話した。

あまりにもの内容に、おじさまもおばさまも、びっくりなさったようだけど、私が氷逸兄様がくださった愛に応えるためには、愛情だけでは足りないと思うと、伝えた。


おばさまは、涙ぐんで、私を抱きしめて下さった。

氷逸兄様が怪我をして、私が保護されてから、やく1か月以上が、経過している。

保護されて、翌々日には、警察の事情聴取があり、その後は、捜査に特別協力して、様々な物証の分析をしていた。その時は、氷逸兄様も、氷美兄様の代わりに、2週間ラボの指揮を取っていたけれど、分析が済み、私が一旦、大学を休職した。


そして、慈優の家に静養のため帰郷してから、1週間と少し、氷逸兄様は、子供の頃の自室にこもって、ほとんど出てこないらしい。食事もほとんど取ってないそうだ。


おじさま的には、跡取りとして、脳外科の医師でなくても問題ないと、おっしゃる。

ただ、氷逸兄様は、異常に真面目だ。冬冷家の長男として、一身に期待を受けて、その責務を全うしようと努力を重ねてきた人だ。

父を超える外科医となり、経営者として、最愛のプリンセス《彩》?を迎える事が、王子様になる事が氷逸兄様の目標だった、と、今の私ならわかる。なのに外科医としての腕を失い、嫁候補は弟に奪われ、平気なはずがない。


「親としては、怪我が元に戻らなくても、命があれば、それでいい。だが、今は、氷逸の心の方が心配だ。」


「おじさま、私、どんなに嫌われても、氷逸様から離れません。許してくださいますか。」


「彩、お前の人生に未来がなくなったとしてもか?」


「私の未来は、氷逸兄様です。」


瑠璃ばあが、氷逸兄様の食事を持っていくと言いにきた。

「私が代わっても?何があっても、任せていただけますか?」


「わかった、彩に頼んだ。」

おじさまの許可が出た。


私は、氷逸兄様の食事を乗せたワゴンと、長山から持ってきた自分の荷物を持って、別館に向かった。

子供部屋は、氷逸兄様の部屋の隣りの隣りが、私の部屋だ。


サロンを出ようとしたら、電話がなり、おじさまに繋がれた。おじさまの顔が、驚いている。

来週だな?感謝する、と返事が聞こえ、電話が切れ、私は呼び止められた。


「彩、東愛大学の教授会からだ。今、教授会が終わったらしい。お前の書類、論文は、受理された。生命科学専攻で学位取得者だから、編入試験よりレベルが高い、と言う事で追加試験は無いそうだ。凄水真里の替え玉事件の分析協力で、大学の汚名を注いだ事も加点になったらしい。来週、教授5名の面接がある。それにクリアすれば、来春、3年生から編入だ。」


「おじさまっ、私。」涙が溢れそうだけど、泣かなかった。私より苦しい大切な人がいる。


「お前は、期待を裏切って、さらに裏切ってくれるな。早く氷逸を取り戻してくれ。」


「はいっ。」


後から知ったけれど、私が、氷逸兄様の部屋に向かってから、氷美兄様が、おじさまに呼ばれたらしい。



「お食事をお持ちしました。」


ドアの向こうで、息を呑む気配がした。

氷逸兄様は、声で、私とわかっている。


「何しに戻ってきた。」


「氷逸兄様に会うために。」


扉を挟んでいる。開けてくれない。


「今更、なんだ。」


「お話しがあります。」


「同情など不要だ。」


「同情などありません。尊い兄様に、同情など失礼なことは致しません。」


「なら、さっさと大学に戻ればいい。もうこの屋敷にいる必要もない。」


「大学は、さっき、辞めてきました。」


「何っ」


扉が開いた。無精髭をはやし、生気のない顔をし、最後にラボで、見た服のままだった。


「大学を辞めた?」


「はい。」


「なぜだっ!」

目がギラギラしてきた。怒っている。


「氷逸兄様と共に生きるために、です。」


「はあっ?彩っ、お前は馬鹿かっ!同情は要らんと言ったはずだ、帰れっ!」


兄様が、部屋に入り、後ろ手にドアを閉めようとした時に、私はドアの隙間に入り込んだ。

兄様が、怒り任せに勢いよく閉めたから、私はドアに挟まって、あちこちを打ち、擦りむいた。一瞬、火花が出た気がした。


振り返って、兄様の顔が、怒りと心配で、真っ赤になる。


「なっ、何を、お前は馬鹿かっ、ドアに挟まるのが、わからんのかっ、全くもうっ!」


兄様らしい。咄嗟にドアに挟まっている私に駆け寄り、打って擦りむいたところを、両手で、確認して触っている。兄様の手は大きくて、外科医らしく指が長く、なぜか柔らかい。

そして、包帯をした方の手がままならない事に気がついて、右手を引っ込めようとした。

その手を、私は両手で掴んだ。絶対に離す気はない。


「離せっ。」


「離しません。」


「出て行けっ。」


「嫌です。」


押し合っているうちに、2人で、部屋に倒れ込んだ。私は、兄様の右腕を庇った。


兄様も、弱っていても大の男だ、スポーツもしていたから、私よりも体格もいい。

私は逃げられないように、自分の左腕と兄様の右腕を、持って来た紐でしっかりと縛った。


「なっ何を。」


「離しません、離れません。話を聞いて、納得していただくまでは。」


「もう夜だ。男の部屋に入ってはいけない。」


「氷逸兄様の部屋ですから、大丈夫です。」


「大丈夫ではないっ、父さんが、こんな事許さない。」


「おじ様にも、おば様にも、許可はいただきました。」


「は?」


「彩、すぐに部屋を出なさい。僕は、、何を、」


「手負いの獅子だから、何をするかわからないと?」


「うっ、彩、同情で、僕の部屋に入るな!」


「同情では、ありません。覚悟してきました。


「覚悟だと?外してるではないかっ。僕がつけてやったのにっ。」


タンザナイトの事だ。兄様は、病んでないが、怒っている。


「お守りはもういらないから、外しました。」


「だから、僕の保護なんて要らないんだろっ。話すことなどないっ。」


兄様からは考えられない言葉遣いだ。こんなに怒って、本音を叩きつける兄様、見た事がなかった。


「次につける時は、誓いとして、最愛の王子様からつけてほしいからです。」


兄様が、唖然とした。


「な、何を、馬鹿な、この後に及んで王子様だと?彩、もう人生は変わったんだ、惨めになるから、出て行け。」


そして、ベッドの端に座り込んでしまった。


「話を聞いてくれるまで、ここにいます。」


「彩、お前は、何を言っているんだ。こんな価値のない男を。」


紐で繋がれたまま、満身創痍の兄様は、倒れそうだ。あれだけ怒鳴ったら力がないだろう。


私は、兄様の前の床に座り込んた。


「氷逸兄様、ごめんなさい。私は、どこでどう間違えてたのか、思い出せなくて、許してもらえない過ちをおかしました。

いつ氷美兄様と婚約の誓いをしたか、わからないのです。ずっとずっと、氷逸兄様が好きだったはずなのに。ずっとです。6歳の時から、その他大勢の白鳥の王子様は、氷逸兄様だったのに。」


兄様が、私の顔を見る。

ギラギラして血走った目ではなく、キョトンとした目に変わった。


「覚えていたのか?」


「向こうの世界に言って確認してきました。向こうの、あやは、氷美お兄様と結婚して幸せでした。向こうの、あや、は、氷美お兄様と、6歳から、シンデレラごっこをしていたそうです。

でも、私は、白鳥の湖ごっこでした。私の手を取ったのは、氷美兄様ではなく、氷逸兄様でした。中学3年の最後の舞台まで。あの時、舞台上の王子役だった先輩は、今、イギリスでプリンシパルになっています。その憧れの先輩に、舞台の上で、言われました。君にはすでに王子がいたのかと。」


兄様の目が、キラッと光った気がした。


「あの日、兄様がつけてくださったタンザナイトは、ずっとカバンに入れて持ち歩いていました。研究室で汗まみれにしたくなかったから。」


私は、カバンから、小さなポーチを出して、その中から、マリア様の小さな入れ物を出して、その蓋を開けた。その中には、中学3年の時にもらったネックレスが入っている。そしてケースの蓋の裏には、当時の氷美兄様と舞台メイクの私が写っている小さな小さな古い写真が貼り付けてあった。


兄様が、左手で、そのケースに触れた。


「まだ持っていたのか?」


「当たり前です。」


兄様が、左手で、私の頬を少し撫でて、また手を引っ込めた。


「氷逸兄様、今から話す事は、真剣に考えた事です。だから、最後まで聞いてもらえますか?」


「わかった。聞くだけ聞いてやる。」


「氷逸兄様、私をお嫁さんにしてください。」


兄様が怯んだ。ベッドの後ろに後退りしようとしている。右手を私に縛られているから、あまり動けない。また怒り出しそうだ。

私は続けた。


「最後まで聞いてください。私は、兄様を裏切って、氷美兄様と婚約し、氷美兄様にも捨てられて、氷逸兄様のお気持ちを蔑ろにし、傷つけました。ただ、氷美兄様とは男女の関係ではなく、何も許してはいません。もう遅いかも知れませんが、やっと、兄様との絆を思い出しました。

兄様に怪我をおわせ、その兄様につけ込んで、結婚を迫っています。でも同情や義務ではありません。虫がいい女だと思われても仕方ないです。

だから、今は私は兄様の愛を受け取るに相応しくないから、タンザナイトを外しました。兄様に許されて、兄様が望んでくださる女性になれた時に、兄様の手でつけてもらえるように。

もし、兄様にずっと相応しくないなら、私は生涯、誰の妻にもなりません。

今日、大学を辞めてきました。冬冷家のしきたりに乗っ取り、長男である氷逸兄様の嫁に必要な、要件を満たすために、東愛大学卒の医師になります。先程、教授会で二次審査まで終わったと、おじさまに電話がありました。来週、教授面接があります。合格すれば、来春に3年から編入になります。必ず医師になり、人命を大切にする人間になり、兄様を大切にします。それでも、兄様がかけてくださった愛には、足りないと思います。足りないから、どうすれば、私を愛してくださいますか。」


私が伝えられる限り、これ以上は、何を言えばいいのか、わからない。泣いてはいけない。必死で堪えた。私より、氷逸兄様の方が苦しい、だから、私は泣いてはならない。


彩の心です。

読んでいただき、ありがとうございます。

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