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エピソード12 媚薬が香る凄水屋敷

氷美は、帰りの凄水のリムジンの中で、目を閉じ、考えていた。冬冷の家で、あやの手作りのミントクッキーを食べて、紅茶を飲んでから、少し頭痛がマシになってきた。


あや↑は、なぜ、あんなに簡単に婚約解消を。

氷美は、真里との婚約の喜びの中で、時々、あやの事が、頭をよぎっていた。


泣きもせずに、淡々と、僕と真里の事情を受け入れていた。

それに、いつもは夜に出してくれる手作りのバニラミントのソフトクッキーを午前中に出してきた。久しぶりに食べたが、美味だった。別れのつもりで出したのか。

あやは僕の好みを熟知している。


真里は、何故、冬冷に茶葉を持ち込んだ。

冬冷の紅茶や日本茶でも、問題なかったはずだ。

真里がいれたアールグレイと、同じ茶葉のはずなのに、冬冷の家であやが入れた紅茶は、少しだけ、ほんの少しだけ、ミントの味がしたような気がしていた。

クッキーのせいか?

あの後、頭痛が治っている。あやの紅茶を飲んでからだ。

出かける前に真里からもらった鎮痛剤は、30分経過しても効かなかったし、口に入れた時の錠剤の舌触りと味に違和感があった。


それに、

瑠璃ばあに、帰る前に、着替えさせられた。あの時、瑠璃ばあは、黙って怒っていたはずだ。でも2日も同じものを着るな、と言われた。

帰り際に、数日分の着替えをボストンに詰めて、読みかけの論文の束を大量に紙袋に無造作に入れて、渡してくれた。

最後に車に乗り込む時に、「坊っちゃま、体臭と口臭が、身だしなみに気をつけて。シャワーと歯磨きと、お着替えを。」と。

未だかつて、臭いなどと言われた事はなかったのに。ポケットに、ミントタブレットを黙って忍ばせてくれた。

研究室にいると、薬品臭に敏感になる。あやは、試薬瓶を誰かが、数本開け閉めするだけで、何の実験かわかるくらい敏感だ。鈍感な者は、僕の周りにはいない。


あやは顔を出さなかった。あやとの縁は切れた。

そんなにあっけなく切れるものか?

普通は切れる。あやが何かしたのか?してない。裏切ったのは僕だ。それも、最悪の裏切り方で。

婚約したのは、あやを手放したくなかったからだ。

6歳からずっと好きだった。女らしくない少年みたいなあやが好きだった。カブトムシを虫かごにも入れず、枕の上に並べて、名前をつけて可愛がる、6歳のあやは可愛かった。

聖ソフィアは、淑女教育に厳しい学院だから、歳を重ねるごとに、振る舞いは女性らしく、綺麗になって行ったけれど、本質は変わらなかった。

大学院に入ってからも、化粧もせずに、いつも同じ型のTシャツとチノパンの色違いしか着ずに、研究室にこもって、夜明けに、僕の講師室に、データを見せに破格の笑顔で、飛び込んでくるあやが好きだった。

なぜ、あんなどろっとした色気を振り撒く真里に、堕ちた。


真里が、車の座席で、よりかかってくる。甘くスパイシーな匂いが、今は鼻につく。

僕は寝たふりをした。


凄水の屋敷につくと、会長と真里に断って、頭痛が治らないので、少し休みたいと伝えたら、これから僕の部屋になるところに通された。

僕の部屋がすでに準備されていた。

書斎付きの寝室だ。トイレもあり、広いシャワールームもついていた。


すぐに、真里が、鎮痛剤を持ってきた。

飲んだふりをして、誤魔化すために、真里の頬にキスをした。

舌の下に隠して、後から吐き出して、乾燥させた。


瑠璃ばあが詰めてくれた荷物を、開けて整理していく。

ミントの花束があった。この季節、花が咲く。あやが冬冷の庭で育てている、色々な種類のミントを組み合わせて小さなブーケにして、切り口には綿を水に湿らせたもので巻いてある。良い香りがする。深呼吸して吸い込んだ。

こんな事をするのは、あやしかいない。

でも何故?縁が切れた僕に?

部屋に続くシャワールームと洗面所に行き、歯磨き用のグラスに水を入れて、ブーケを入れ、窓際においた。


さっき着替えたが、横になりたいからパジャマに着替えたら、パジャマのズボンに硬いものがある。ポケットに手を入れたら、緊急時の車の小さなキーが入っていた。

これは、高見が保管しているもので、パジャマのズボンのポケットに入れ忘れたものではない。

そう言えば、車のキーは、こちらの執事に預けたままだ。


荷物は少しだったが、必要なものは全て入っていた。髭剃りやローションが入っているポーチに、あやが、15歳の誕生日にくれた手作りの薬入れが入っていた。あやの好きなカブトムシのアップリケがついてる。苦笑した。

中を開けると、またミントだ。

それに鎮痛剤も数種類、小さなビニール袋に、あやの字で、研究室で使う記号で薬名が記されて、入っていた。全て凄水の鎮痛剤系のものだ。病院で普通に処方される。

すぐに開封して、吐き出した薬と比べた。

明らかに匂いと色と、粉末感が違っていた。

このポーチの中身は、前から準備したものではなくて、わざわざ今日、詰めたものだった。


紙袋に入っている論文を出してみる。

あやの字でリストアップされたメモがついていた。あやが急ぐ時の走り書きの字だ。

常にチェックしている論文の合間に、いくつか、全く興味がないものが入っていた。

リストアップされている順番をみていると、何かが、浮き上がってくる。

《医療現場の消臭効果の中和に関する論文》

なんだこれ??


数列と文字の暗号。あやに僕が教えた。

あやからのメッセージ。

この荷物は、あやだけでは準備できない。

高見と瑠璃ばあの協力が必要だ。

あの短時間に、これだけの準備をしたのか?


今朝の新聞が入っている、

あやのリストアップの数列と文字から、新聞を広げた。数列暗号は、英字の方が作りやすい、全て英語にした。


「毒、盛、キンダ、媚薬、ミント、中和、署名、独ペン使用、チチ、救出、大学、図書」


まさか。この僕が、媚薬を盛られた?

たしかに、さっき、バハラジャのブレンドと、真里が言っていた。氷逸兄さんは、学生の頃、キンダに一人旅をした事があり、怪しいハーブがキンダにある、と聞いた記憶が蘇ってきた。


この家のWi-Fiを通すと危ない。スマホのモバイル通信で、大学図書館にアクセスした。バハラジャ、キンダで検索すると、古い文献が出てきた。古い王朝がある国は、ハーブや薬草の危ない物がたくさんある。貸出リストを見ると、あやと、氷逸兄さんが借りていた。軽く閲覧すると、山のように媚薬があった。ハーレムで使うためだ。


スマホの検索履歴を確実に消して、大学のメールページにアクセスした。

婚約解消に関係なく、仕事は仕事だから、実験を続けてほしいと、暗号の数列を送った。

どこかで見てくれたら、、、願うしかなかった。

書いてるしりから、返信が入ってくる。

全て、数列だ。あやの頭脳は僕にとっての息抜きだった。

暗号は、解読すると英字になり、それを並べ替えて日本語にする。

「半年前から、ひろむ行動不信、一方的愛情表現、外出後、甘いスパイシー臭、服から分析中、ばあ気づく、凄水、数年前、縁談アタック、次男拒否、真里、替え玉疑惑、受験から大学院まで、調査中、スケジュール、照合されたし、ミント、貴重、頼む」


ミントのブーケの香を吸い込んでから、更に頭がスッキリしてきた。

洗面所に行き、ミントの葉を数枚ちぎって、口に入れ、噛んでから水で飲み込んだ。

瑠璃ばあが気づいている事があるなら、嘘ではなない。どうも、あやに迫っていた事もわかった。


スマホのスケジュール管理をみると、この半年、2、3日に一回、M、Sと記載している。これは凄水真里だ。

あやがいたのに、真里に頻繁に会うのはおかしい。

ミントが貴重な中和草になるのは、わかった。

真里は、上手くはぐらかしても、凄水会長には、見抜かれる。いつミントを取り上げられるかわからない。

理由を考えなくては。


ボストンを空にして触ってみた。

カバンの隠しポケットの縁にそって、何か入っている。縫い目を破ると、何種類かの薬が詰め込んであった。医師だからわかる使用法と組み合わせ。


ドアがノックされた。僕は、ボストンをクロゼットに投げ入れ、急いで、ベッドに横になった。


真里が、リラックス効果があると、香を焚いてきた。昨夜に似た匂いがする。

真里の赤い口紅が、異様な雰囲気だ。

僕の頬を撫でている。気持ち悪いな。

「あとで、また来るわね。」


ドアがしまり、外から鍵をかけた音がした、

監禁されたな。身から出た錆だ。

窓を開けて、香の煙が外に出るようにした。


氷逸兄さんにメールした。

「部屋に軟禁された。キンダ香も常時使用。」


「馬鹿者!父さんと慈優にも話した。弁護士を呼んでいる。婚約は無効にするから安心しろ。彩ちゃんが異世界転移して、凄水の目的が判明した。彩ちゃんを元の世界に送り返すのが優先だ。今、彩ちゃんが、お前の服と紅茶の分析をしているが、媚薬だ、キンダのものだ。食事に入ると、見つけにくい。あやが咄嗟に家にある処方薬をカバンに入れたらしい。

あとは、見ればわかると、あやが言っている。

この状況で、あやが一番冷静だ。感謝しろ。

中和分解タイプの消臭剤も効果がありそうだ。スマホを取り上げられないように。

お前の失態だ。父さんが、絶対に書類に自署をするなと。病院ごと凄水にやられるぞ。どうしても逃れられない時は、20歳に親父もらった万年筆を使え。カバンに入れた。一週間で逃げ出せなければ、警察と弁護士と乗り込む。それまで正気を失うな。いいな。必ず冬冷に取り返すから、女に触れるな。」


氷逸兄さんのメールで、起きている事がわかった気がした。この僕が、やっぱり。女にはめられた。

目標は、僕ではなくて、慈厚会医療グループだったのか。僕が凄水の婿になれば、いくらでも乗っ取る方法はある。

ボストンバックの小さなポケットを開くと、20歳の誕生日に父さんにもらった名入りの、ドイツ製の万年筆が入っている。

キャップを外して、論文の紙の端に走り書きした。

ん?インクの色が違う?

これは、、、

だからか。婚約の署名の時、父さんは、滅多に人に触らせない万年筆を僕に渡して、冬冷家の男として、、、と自署をさせた。

これなら、無効にできる。


父さん、兄さん、あや、申し訳ない。

僕は、床に座って、みんなに土下座した。

兄さんの最後のメッセージ、正気を失うな、が、これからの恐怖を予感させた。


部屋に監視カメラがないか、スマホで探った。

ボストンに留学している時に、産業スパイから研究内容や身を守るために、今はNASAにいる、宇宙工学部の友人が教えてくれた。

スマホを監視カメラや盗聴機を見つける機械にできるんだ。

監視カメラはなかったが、盗聴機は洗面所と、寝室と、書斎机、3個あった。

電話を使わずに正解だった。盗聴機はそのままにした。


メールの履歴を消して、スマホをボストンバックの底の二重底に隠した。スマホの電磁波を隠せる二重底だ。車の緊急キーも、そこに隠した。

見つかれば、必ず取り上げられる。


僕は、さりげに、真里の名前を呼んでみた。

「やっと、真里と婚約できた。まだ頭痛がする。早く元気になって、真里とすごしたいな。とにかく睡眠が大事だ。」


今のうちに睡眠を取らなくては。ミントタブレットを舌の下に含んで、眠りについた。



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