ラブラブお部屋デート!
沙由菜が料理をしている間、特にやることもなく手伝おうとしても男子厨房にうんちゃらかんちゃら言い始めて暇な時間を過ごしていた。
考えることも多少なりともあるが、思い返せば先ほど沙由菜が言っていたことのうちの一つに気になることがあった。それは佐藤が図書室が勉強していた、という話だ。
先ほどの話がどれだけ信ぴょう性を担保できているか、本人の気持ちをすべて読めるわけではないからわからないのだが、わざわざそういうところまで嘘を混ぜる必要はないだろう。
そこまで想定しているかどうかはわからないが、俺が佐藤本人に尋ねた時にすぐにばれる嘘だからだ。
結局、今日の沙由菜との様々な一件で心からすっぽり抜け落ちていたが、雪野冬菜のことをすっかり忘れていたという話だ。
佐藤が本当に図書室にいたのであれば、図書室での雪野冬菜とのひと悶を見ていてもおかしくない。上に、佐藤と雪野冬菜が話をするほど仲がいいのなら、先の一件も確実に何かしらのアクションを起こしている可能性がある。
明日、登校した際にはいの一番に佐藤に話をかけてみよう、そう決めた時だった。
「お待たせー」
という沙由菜の声が聞こえてきて、数々の料理が運ばれてくる。
緑と赤と黄色と様々な彩りを映し出すサラダ。オーブントースターを用いて焼いた、ほのかに焦げ目の付いたバケットが添えられている。
メインディッシュはごろごろした野菜にムール貝に白銀に輝く白身魚がメインのアクアパッツァ。さわやかな香草系の香りが鼻腔をくすぐってくる。
ベーシックだが他が豪華だからこそのシンプルさが安心感を与えてくれるオニオンスープ。
これは、何というか見た目だけで言えばシンプルなコース料理か、とすら思えるほどの充実と完成度である。
「沙由菜、本当に料理できたんだな……。てっきり真っ黒こげのハンバーグでも出てくるのかと思ってた」
「失礼ね。どこかの世界線ではその可能性は否定できないけど、今ここにいる私は料理できるし。そもそも今日はアクアパッツァにするっていったわよ?」
「なんか、そういわれると本当にどこかに別の世界線があったかのように錯覚できるな」
沙由菜はクスクスと笑いながら、いただきますと言って先にサラダを食し始める。
「そういえば、きゅうりが見当たらなかったんだけど、私ちゃんと袋に詰めたよね?」
俺はぎくりとする。
「いただきます」
さぁて、なんのことだか。何事もなかったように俺も件のアクアパッツァに手を付ける。
なんのハーブを使っているのか、そこまでグルメでもない俺にはわからないが、すっきりとしたさわやかな香りがガツンと効きすぎない程度のにんにくの風味と溶け合い、ふわりと舌を包み込む。
脂が乗ってほろりとしたタラの旨みがさらにその上品な香りを相乗し、適切な塩加減とブラックペッパーのきりっとした後味が押し寄せてくる。
うまい。これはうますぎる。
「あんた、今一人で食レポしてるでしょ……」
俺はぎくりとする。さぁて、なんのことだか。
さらに、アクアパッツァの中に入っているズッキーニやパプリカなどもほおばる。ほのかに香る野菜の甘味と、それぞれのタラとは異なる触感が、
沙由菜はフォークを食卓の上に完全に置き去り、食卓から身を乗り出し、おでこがくっつくんじゃないかというくらいの距離でじとーっと俺をにらんでいる。
「ち、ちかい……」
「きゅうり、どこ?」
いや、俺は沙由菜と一緒にこの部屋に戻ってきたんだから、きゅうりなんて隠す時間あるわけない。あるわけないさ。
と俺はつい、佐藤と沙由菜が二人で話している間に隠した場所に目線を向けてしまう。
ば、ばか。そんなのB級ミステリーのつまらない犯人のボロの出し方じゃないか。
「わかった、あそこね」
沙由菜は料理が並ぶ直前まで食卓の上にあった、今は沙由菜が座る席の隣の空いた席に置いた沙由菜の荷物に手を掛ける。
「はぁ……。あんたもまだまだガキね」
沙由菜がため息をつきながら発見したきゅうりを手に取り、もう一度キッチンへとむかう。
じょりじょりと何かで擦るような音が聞こえ、水の流れる音、カツカツという包丁とまな板が衝突する音が聞こえる。
一連の流れにそう何分もかからないうちに、あられもない姿に変わり果てたきゅうりの入ったボウルを持ち、まだ根に持っているかじとーっと俺をにらむ沙由菜が現れる。
「何か言うことは?」
「さぁて、なんのことかな」
と言うと、沙由菜は再びため息をつき、手に持ったボウルを食卓に並べ、席に着く。
さらに、俺のおでこの方に右手を突き出し、右手の中指をその親指で抑え、思い切り中指をはじく。
つまり、デコピンだ。普通に痛い。かなり冷静を装っているが痛い。結構にビシィという音が俺の頭を揺らす。
「まったくなんでこんなやつを……」
俺はおでこを抑えながら、沙由菜の尻切れた語尾を聞き逃してしまい、何を言ってるのか完全にわからなかった。え、なんだって?と言いたくなるが、それはそれで怒られそうだからやめておく。
「昔のあんたを思い返すと、今のあんたはなんかほんと、残念だわ……」
沙由菜はそういうと、気持ち多めに俺のサラダにきゅうりを突っ込んでくる。
「あ、おま、性格わるっ。沙由菜こそ、昔と大違いでずいぶん気性が荒くなったもんだな!」
「ふん、これは善意なの。あんたがちゃんと苦手なものを克服できるようにしてあげなきゃ、将来のお嫁さんとその子供がかわいそうだわ」
「くぅー、そんな正論言われたって、俺はきゅうりが苦手なんだよ。お前だって苦手な食べ物くらいあるだろ?」
そう聞くと、沙由菜は腕を組み、満面のドヤ顔を見せてくる。
「私はそばアレルギーだけど、お蕎麦以外ならなんでも食べられるわ!」
「うわ、ずりぃ。じゃあ、俺はきゅうりアレルギーだ!」
「ずるくないもーん。文句なら私の免疫細胞に文句を言ってくださいー」
ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ、悔しい。悔しいぞ、高峰壮馬。
だが、今回ばかりは俺の負けだ。確かに、苦手だから食べないは子供の言い分だ。そう、ここまで抵抗してもやはりこの正論に勝てるわけがない。
もちろん、栄養源として別に接種するのであれば、実際は好き嫌いはあってもいいと思う。だが、買ってきてしまったからには食べないときゅうりにもきゅうり農家の方々にも申し訳が立たない。
仕方がない、俺は大人の余裕を沙由菜に見せつけるしかないようだ。そう、それが漢なのだ。
ええい、ままよ。俺はフォークを用いて、掻きこむようにきゅうりを口の中へと運ぶ。
シャキシャキとした触感自体は嫌いじゃない。だが、そう、この瞬間。噛めば噛むほどじゅわっときゅうりが含む水分量の高さを物語るようにじゅわっと口の中にきゅうりの液が口の中を広がる。
その液は全ての味を消し去るほどの青臭さを放ちながら俺の体中を駆け巡る。ぞわぞわっと鳥肌が立つ感覚。俺はオニオンスープに手をかけ、一瞬にして味変をする。
「うそ、本当にそんな苦手なの……?」
沙由菜は俺の何を見てそこまで驚愕したのか。沙由菜に笑いかけて見せるが、口角も上がりきらず、不自然な笑みになっていることだろう。
きっと嫌いじゃない人が食べたら美味い美味いと涙を出しながら食ったであろうほど新鮮なきゅうりだった。しかし、苦手な俺が食べるとまずすぎて涙がでそうになる。
「ご、ごめん。そこまでとは……。ちゃんと食べられてえらいえらい」
と沙由菜は苦笑いしながら俺の頭を撫でてくる。
「おい、子ども扱いするんじゃない」
だが、なんとなくその感覚に懐かしさを覚えてしまう。同い年のくせに年上ぶって、俺の頭を撫でてくる、あの子のことだ。
不覚にも文句をいいつつ、ドキッとしてしまう、その仕草に対し、俺はそれ以上に何もできなかった。




