1.「名もなき少年と機械仕掛けの少女」
世界は、すでに壊れていた。
崩れ落ちた建造物。黒く焼け焦げた大地。空を覆う灰色の雲。
その下には、かつて人間が暮らしていた痕跡だけが、静かに残されていた。
無数の機械の残骸が転がる戦場に、一人の少年が倒れていた。
全身は傷だらけで、呼吸も弱い。
少年の周囲には、誰もいなかった。
何が起きたのか。
なぜ、ここにいるのか。
それどころか、自分が誰なのかさえ、少年には分からなかった。
意識が途切れる直前、少年の耳に、かすかな声が届いた気がした。
――今度こそ。
その言葉の意味を知ることもなく、少年は再び闇へと沈んでいった。
???「……目を覚まして」
誰かの声が聞こえた。
少年がゆっくりと目を開けると、そこには一人の少女がいた。
白銀の髪。透き通るような瞳。そして、人間とはどこか異なる、整いすぎた容姿。
少女は少年の顔をのぞき込み、安堵したように息をついた。
???「よかった。意識が戻ったのね」
???「……ここは?」
???「旧文明の遺跡よ。あなた、あの戦場で倒れていたの」
少年は体を起こそうとした。しかし、全身に激痛が走り、思わず顔をしかめる。
少女はすぐに彼の身体を支えた。
???「無理をしないで。損傷がひどいんだから」
???「……君は?」
???「私はエリス」
エリスと名乗った少女は、少しだけ首を傾げた。
エリス「あなたは?」
少年は答えようとした。
けれど、何も出てこなかった。
自分の名前も、住んでいた場所も、過去の記憶も。
すべてが、ぽっかりと抜け落ちていた。
???「……分からない」
少年の表情に、困惑と恐怖が浮かぶ。
エリスはしばらく彼を見つめたあと、静かに告げた。
エリス「じゃあ、思い出すまでの名前が必要ね」
???「名前……?」
エリス「そう。何も分からないままじゃ、不便でしょう?」
彼女は少し考え、それから少年に向かって微笑んだ。
エリス「ロスト。今はそう呼ぶことにするわ」
それは、失われた者という意味を持つ名前だった。
少年は、その名前を繰り返した。
???「……ロスト」
そのときだった。
遺跡の奥から、重い駆動音が響いた。
ガシャン。
ガシャン。
規則的な足音が、少しずつ近づいてくる。
エリスの表情が変わった。
エリス「……そんな。どうして、ここに?」
ロスト「何が来るんだ?」
彼女は答えず、ロストをかばうように前へ出た。
暗闇の中から現れたのは、黒い装甲に身を包んだ複数の機械兵だった。
その顔には表情がなく、赤い光を放つ眼だけが、二人を捉えている。
機械兵の一体が、無機質な声を発した。
『対象を確認』
『識別情報、照合不能』
『優先排除対象――生存を確認』
その言葉と同時に、機械兵たちは一斉に武器を構えた。
エリス「ロスト、下がって!」
エリスが飛び出す。
彼女は人間離れした動きで敵の攻撃をかわし、反撃を繰り出した。しかし、敵の数は多く、次第に追い詰められていく。
その光景を見ていたロストの胸に、説明できない感覚が湧き上がった。
恐怖ではない。
怒りでもない。
もっと深いところにある、体が覚えている何か。
敵の一体が、エリスの死角から攻撃を仕掛けた。
ロスト「エリス!」
気づけば、ロストは動いていた。
自分でも理解できない速度で敵との距離を詰め、攻撃をかわし、機械兵を地面へ叩きつける。
機械兵の装甲が砕け、火花が散った。
自身が、最も驚いていた。
ロスト「……今の、俺が?」
分からない。
なぜ体が動いたのか。
なぜ、戦い方を知っているのか。
記憶には何も残っていないはずなのに、身体だけが何かを覚えている。
機械兵たちは再びロストへ照準を合わせた。




