0.プロローグ「存在しない記録」
暗闇の中で、警告音が鳴り響いていた。
『警告。中枢システムに異常が発生』
『封印領域の維持率、低下』
『記録の修復を開始します』
無数のモニターに、崩壊した世界の映像が映し出される。
燃え上がる都市。
地に伏せる人々。
空を覆い尽くす、巨大な影。
それは遠い過去の記録なのか。
それとも、これから訪れる未来なのか。
誰にも分からなかった。
施設の最深部。
厳重に封鎖された扉の向こうで、一人の少年が眠っていた。
身体には無数の管が接続され、胸元では小さな光が明滅している。
少年の顔は、穏やかだった。
まるで、何も知らない子供のように。
だが、モニターに表示された情報は、その姿とは裏腹だった。
『個体識別――失敗』
『記憶情報――欠落』
『存在証明――照合不能』
『対象の記録を検索します』
数秒の沈黙。
そして、画面にひとつの文字が浮かび上がった。
NULL
その瞬間、施設全体の照明が消えた。
警告音も、モニターの光も、すべてが途絶える。
完全な闇。
その中で、誰かの声がした。
「……まだ、早い」
ひどく疲れた声だった。
「今度こそ、間に合わせなければ」
何に間に合わせるのか。
誰を救おうとしているのか。
その答えを知る者は、もうどこにもいない。
――いや。
本当に、そうだろうか。
暗闇の中、停止したはずのモニターが一瞬だけ点灯する。
そこに映ったのは、赤い瞳の少年。
そして、その下に表示された、たった一行の文字だった。
NEXT RECORD: NOT FOUND
次の瞬間、画面は再び暗闇に沈んだ。
その記録が意味するものを、まだ誰も知らない。




