第23話 混ぜ物
翌朝、納屋にマルコが駆け込んできた。
「診療所で、薬草が突き返された。外れが混じってたって——市場じゃ、もう噂になってる」
噂の中身は、走りながら太っていた。診療所の認めた薬草で誰かが吐いただの、熱がぶり返しただの。誰も倒れてなどいないのに、噂に中身は要らないらしい。
俺たちは診療所へ急いだ。
ミレナは、調合台の上に束を二つ、突き出すように置いた。萎びて、葉の縁が黒ずんだ薬草だった。
「今朝の納めから出てきた。言っておくけど、患者には出してない。私の目は、節穴じゃないの」
「疑われて、当然だと思います。確かめさせてください」
「そのつもりで呼んだのよ」
ミレナは腕を組んだ。
「うちの名前で出してる保証よ。傷をつけられて黙ってるほど、暇じゃないの」
最初に動いたのは、ガレオだった。束を手に取り、縛り口をひと目見て、鼻を鳴らした。
「結びが違う」
「縛り口で、分かるんですか」
「選り場の束は、わしの結びで縛らせてる。横二回、縦一回。これは縦だけの素人結びだ。急ぎ仕事だな」
リーシャが、萎びた葉にそっと触れた。目を閉じて、すぐに開く。
「……この子たち、北の谷の薬草です。うちの籠に、北の谷の子は入っていません。それに、採り時を十日も外れてます。選り場は、これを通しません」
テオが、控えの帳面を開いた。
「昨日、納屋を出た束は二十。いま、ここにあるのは二十二。——数が、外から増えてる」
ミレナは束と帳面を見比べて、長い息を吐いた。
「つまり、誰かが夜のうちに二束、足したってことね」
結びと、声と、数。三つの目が、別々の方向から同じ答えを指していた。
俺は、ほとんど何も言っていない。俺が口を開く前に、機構が自分で証明を終えていた。守りたかったのは、こういう形だ。
「昨日の夕方、納屋を見張っていた者がいます」
「組合も、ずいぶん器用な手を使うこと」
ミレナは萎びた束を、屑籠に放り込んだ。
「保証は続ける。私が認めた品に、私はけちをつけさせない。——でもね、噂はもう走ってるわ。値札より、噂のほうが足が速いのよ」
帰り道、マルコが吐き捨てた。
「あんたの言った通りになったな。ひとつの籠が腐れば、全部の籠が疑われる。——それを、向こうから仕掛けてきやがった」
納屋に戻ると、選り台の前が一人分、空いていた。
「爺さんが一人、来なくなった。倅に止められたとさ。妙な騒ぎに関わるなと」
ガレオが、手を動かしたまま言った。残った婆さんは、籠から顔も上げなかった。
「あたしゃ、自分の目で見たものしか信じないことにしてるんだ。帳面は、嘘をつかなかったよ」
その晩から、納屋にはガロウが座ることになった。夜番の傭兵仕事、賃金は台帳に明記。ガロウは酒杯を置いて笑った。
「あんたの所帯も、ずいぶん物騒になったもんだ」
◇
昼すぎ、俺はザイラスの店に呼ばれた。
「妙な噂を聞いた」
帳場の奥で、ザイラスは算盤も出さずに言った。
「混ぜ物の話ですか」
「ふん。あれは雑な仕事だ。バルクのやり口じゃない。あの男は、ああいう銭の使い方をしない」
四十年、人に銭を貸してきた目は、敵の手口まで帳簿のように読むらしい。
「だが、呼んだのはそっちの話じゃない。本命は寄り合いだ。——お前さん、改定が通ったらどうする気だ。それでも直卸を続けるか」
「続ければ、リーシャは除名でしょうね」
「除名で済むと思うな」
ザイラスは、指を一本立てた。
「除名の後には、触れが回る。掟破りの名を書いた回状だ。薬師ギルドには組合と古い取り決めがあるから、まず締まる。商業ギルドは銭次第。宿場の薬種商あたりなら、喜んで旗を振る側だな」
「……従わない者も、いるんですか」
「触れは縛りじゃない、義理だ。義理の重さは、人によって違う。ギルドごと締める所もあれば、店ごとの判断に任せる所もある。——だがな、義理を踏んでまでお前さんたちと取引してくれるのは、よほどの物好きだけだ」
そして、落ちくぼんだ目がこちらを見た。
「言っておくが、説教じゃない。リーシャの稼ぎが詰まれば、返済が詰まる。返済が詰まれば、お前さんの腕に徴が出る。——これは、私の金貨75枚の話だ」
「肝に銘じます」
「票で勝て。それがいちばん安くつく」
◇
市場へ戻ると、ハンナが荷馬車の男と立ち話をしていた。宿場から塩を運んでくる、顔なじみの男だという。
「桐生、聞きな。宿場まで、もう噂が届いてる」
ハンナの眉が、珍しく険しかった。
「ボルグが吹いて回ってるんだとさ。『ベルクハイムの薬草は、じきに掟破りの品になる。買えば触れに障るぞ』って。気の早いことだよ」
「ヤン先生は」
「『私は患者で決める』と言ってたそうだ。……ありがたいけどさ」
ありがたい。本当に、ありがたい。ミレナは自分の名前で戦ってくれた。ヤンは患者で決めると言ってくれた。
だが、善意は仕組みではない。明日も同じとは限らないものの上に、皆の暮らしは載せられない。
——だから、票で勝つ。それしかない。
◇
日が暮れる頃、納屋の戸口にヨナスが立った。
フードはなかった。素顔のまま、まっすぐ入ってくる。
「夜更けにこそこそ来るのは、もうやめだ」
ヨナスは、納屋の中をぐるりと見て、それから言った。
「若頭を、外された。今日からただの平だ。理由は言われなかったが——まあ、分かるだろ」
「……すみません」
「謝るな。せいせいした」
吐き捨ててから、ヨナスは声を落とした。
「それより、混ぜ物の件だ。あれは、バルクじゃない。ドレンだ。若頭の一人で、昔から手の汚れる仕事を請けてきた男だ。今朝の集会所で、バルクがドレンの胸ぐらを掴み上げた。あの大男が、本気で怒鳴ったよ」
「何と言って」
「『勝つなら、掟で勝つ。盗人の手で勝った掟に、誰が頭を下げるんだ』——とさ」
ヨナスは、皮肉な笑いを口の端に浮かべた。
「笑えるだろ。敵の頭がいちばん、筋を通してやがる」
笑えなかった。バルクは正面から来る。だからこそ、勝ち方を間違えられない。
「上の話は、もう入ってこない。けど、平の連中の話なら前より入る。——選り場の婆さんたちの話、年寄りの間で広まってるぞ。銭の話より、帳面に名前が載った話のほうがな」
それから、ヨナスはこちらに一歩近づいた。
「なあ。あんたの言った、上前をはねられない正規の道ってやつ。——まだ、生きてるんだろうな」
「生きてる。四日後に、決まる」
「なら、いい」
寄り合いまで、あと四日。
票読みの紙の線が、ほんの少しだけ、動き始めていた。




