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第22話 采れる道

 ガレオの小屋は、森のはずれにあった。


 朝いちばんに、俺はリーシャと連れ立って戸を叩いた。傾いた小屋の中から、しわがれた声が返ってくる。


「……推薦状なら、もう書いたぞ」


「今日は、別の話です」


 戸が半分だけ開いた。ガレオは悪いほうの足を柱にあずけて、胡散くさそうにこちらを見た。


「仕事の話を、持ってきました」


「仕事だと」


 老人は、鼻で笑った。


「わしは山に入れん。知っての通りだ。からかいに来たなら、帰れ」


「山には入りません。座ってできる仕事です」


 俺は、戸の隙間に向かって続けた。


「薬草の選り分けと、乾かしと、束ね。それから——若い者に、目利きを教えること。あなたの四十年に、賃金を払わせてください」


 戸の向こうで、しばらく音がなかった。


「……入んな」


 小屋の中は狭かった。だが、道具だけは壁にきちんと掛かっていた。山刀も、背負い籠も、手入れされたまま出番を待っている。山を下りてからも、この人は道具を捨てていない。


「選り分けに、束ねか。それで銭が出るのか」


「出来高で払います。誰にいくら払ったかは帳面に載せて、誰でも見られるようにする」


「……話がうますぎる。裏は何だ」


「裏はあります」


 俺は正直に言った。


「六日後の——いや、もう五日後の寄り合いです」


 ガレオの眉が、ぴくりと動いた。話は届いているらしい。


「バルクさんの掟改定が通れば、リーシャたちは売るたびに掟破りになる。止めるには、山に入れない人たちに、一律買取のほかにも道があると、寄り合いの前に見てもらうしかない」


「——組合に、弓を引けと言うのか」


 声が低くなった。


「わしに、票集めの看板になれと」


「弓は引きません。選り分けの場は、掟のどこにも触れない。それに、看板になってほしいんじゃない。頭になってほしいんです。あの場を仕切れるのは、山と薬草を四十年見てきた人だけだ」


「断る」


 即答だった。


「わしはもう、終わった男だ。山を下りた目利きに、値などつかん」


「値がつかなかったのは、腕が終わったからじゃない」


 つい、声が出た。


「値をつける仕組みが、なかっただけです。リーシャの薬草と、同じだ」


 ガレオの目が、リーシャに動いた。


 リーシャが、一歩前に出た。


「ガレオさんは、私の薬草を、二度と投げ売りさせるなと言ってくれました」


 声は小さかった。でも、まっすぐだった。


「今度は、私の番です。ガレオさんの四十年を、投げ売りしないでください」


 ガレオは、長いことリーシャを見ていた。


 それから何も言わずに立ち上がり、壁の籠を下ろした。


「……場所は」


「市場の近くに、納屋を借りてあります」


「道具はわしのを持っていく。素人の手じゃ、葉が傷む」



 ◇



 納屋は、ハンナが市場の顔つなぎで借りてきた古い荷置き場だ。


 ガレオは戸口からひと回り眺めて、開口一番、注文をつけた。


「風の通りが悪い。北側の板を二枚外せ。乾かしは、風が命だ」


 昼前に、ガレオが年寄りを三人連れてきた。腰の曲がった婆さんと、杖をついた爺さんが二人。三人とも組合員で、もう何年も山に入っていないという。


「……本当に、銭が出るのかい」


 婆さんが、おそるおそる訊いた。


「出ます。選り分けた籠ひとつで、銅貨5枚」


 三人が、顔を見合わせた。一律買取の世話になるだけだった手に、仕事の値がつく。その戸惑いごと、俺は見てもらうつもりだった。


「けど……バルクに知れたら、どやされやしないかね」


 爺さんの一人が、声をひそめた。


「選り分けは、掟のどこにも触れん」


 答えたのは、ガレオだった。


「触れると言うやつがいたら、寄り合いでわしが言ってやる。さっさと座れ。日が暮れる」


 仕事は、リーシャの手本から始まった。


「この葉は、だめです。声が濁ってるから……あ」


 口を押さえたリーシャの横で、ガレオが葉をつまみ上げ、裏に返した。


「露の跡を見ろ。筋が三本なら、まだ若い。あの娘の言う『濁り』ってのは、これのことだ」


 声の聞こえない者にも分かる言葉に、四十年がその場で言い換えられていく。婆さんたちは最初こそ恐る恐るだったが、手はさすがに覚えが早かった。土を落とし、傷んだ葉をはじき、陰干しの紐に掛けていく。


 夕方、テオが台帳を抱えてやってきた。


「字が書けない人は、印でいい。おれが読み上げるから」


 初日の払いが、一人ずつ帳面に載っていく。婆さんは、籠四つで銅貨20枚。自分の名前と数字の並んだ行を、長いこと見つめていた。


「……あたしの名前が、帳面に載ってる」


「あなたが働いた分の、正味の記録です」


 婆さんは銅貨を布きれに包み、何度も握り直した。


「薬草で銭をもらうのは、亭主が死んでから、初めてだよ」


 亭主は採集人だったという。山で亭主が采り、組合が買い、その銭で暮らしてきた。亭主が死んだ日から、この人は「守られる側」としか呼ばれてこなかったわけだ。


 選って乾かした薬草は、傷みが減って、納め先での値が上がる。払う賃金より、上がり幅のほうが大きい。帳面の上では、もう答えが出ている。守るための仕組みには、本当は皆を食わせるだけの余地があった。


 ——その余地を食っていたのは、誰だ。


 ヨナスの鬱屈した顔が、ふと浮かんだ。


 帰りぎわ、リーシャが納屋の裏の空き地にしゃがんで、土を指でほぐしていた。


「ここ、陽あたりがいいんです。苔を先に育てれば、聖薬草の苗も根づくかもしれません」


「畑か」


「山に入れなくても、采れる場所が町の中にあったら、と思って」


 すぐには実らない。それでも、リーシャは袋の底から種をいくつか選んで、土に埋めた。



 ◇



「来たのは三人だ。声をかけたのは、十人だがな」


 日が落ちてから、ガレオが言った。


「勘違いするな、若いの。あいつらは銭に来たんじゃない。わしの顔で来たんだ。バルクが一喝すりゃ、明日には来なくなる」


「それでも、初日に三人です」


「……ふん」


 ガレオは新しい選り場をもう一度見回して、紐に掛かった薬草の向きを、ひとつ直した。


 帰り道、納屋の角で人影が動いた。組合の若い衆だ。目が合う前に、足早に消えた。


 見られている。それは、いい。見せるためにやっている。


 ただ、胸の奥のそろばんが小さく音を立てた。向こうが見ているのは、票の流れだけとは限らない。納屋には今夜から、荷と帳面が集まる。


 寄り合いまで、あと五日。


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