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第14話 使い道

 買った干物を片手に、俺はハンナに隣町の話をした。


 聖薬草が、品質の保証つきで銀貨十五枚に化けること。東の宿場町の薬師が、それを欲しがっていること。だが採ってから二日も荷車に揺られれば、半分が傷んで値が崩れること。


「だから」と俺は言った。「採れる場所と、欲しがる場所が、離れすぎているんです。あいだを繋ぐ手が、いない」


 ハンナは、干物の油で指を拭きながら聞いていた。相槌は打つが、目はまるで信じていない。


「で、それが、あたしと何の関係があるんだい?」


「あなたのそばに置いた物は、傷みが遅い。二日の道のりで腐るものが、あなたが運べば、腐らずに着く。それだけで、捨てていた半分が、銀貨に変わるんです。それだけじゃない、多くの人の命を救えるんだ」


 ハンナの手が、止まった。


「それに、あなたは人を覚えている。どの町の誰が、何を、いくらでほしがっているか。——売り先を間違えないというのは、運ぶのと同じくらい難しいことなんですよ」


「……待ちなよ」


 ハンナは、初めて戸惑った顔をした。


「あんた、あたしの『物持ち』を、商売の役に立つって、本気で言ってるのかい? みんな、しょうもないって笑うのに」


「役に立つどころじゃない。あなたがいないと、この商売は、ベルクハイムの外に出られないんです」


 ハンナは、しばらく俺の顔を見ていた。それから、ふっと笑った。さっきまでの愛想とは違う、固くて乾いた笑いだった。


「あのさ、お客さん。あたしね、昔、一度だけ、似たようなこと言われたんだ」


 干物の包みを指でいじりながら、ハンナは続けた。


「行商の男でね。『お前の物覚えは宝だ、二人で店をやろう』って。あたしは本気にしたよ。客の名も、好みも、貸し借りも、ぜんぶ覚えて、男に渡した。——半年で男は、あたしの覚えた客を連れて、よその女と消えた」


 声は、軽いままだった。軽くしないと口にできない種類の話なのだと、分かった。


「だからさ。あんたの『組む』も、どうせそういうのだろ。あたしから抜けるだけ抜いて、用が済んだら、ぽいさ」


 ——なるほど。


 この女に貼られた安い札は、市場のせいだけじゃない。一度、信じて、剥がされている。


 俺は、すぐには否定しなかった。否定の言葉なら、その男もきっと、同じだけ並べたはずだ。


「その男と私の違いを、ひとつだけ言います」


「へえ」


「その男は、あなたの覚えた客を、自分のものにした。私は逆です。あなたの覚えた客を、あなたの名前のまま、あなたに稼がせる。——あなたが抜けたら、私が困る。困る相手を、人は手放しません」


 ハンナの、乾いた笑いが止まった。


「私は、売るのが下手なんです。世間話も、お世辞も、壊滅的に。人の前で、うまく喋れない」


「……商人が、それを言うのかい?」


「だから、あなたが要るんです。私が見つけて、リーシャが採って、あなたが売る。誰か一人が抜けたら、回らない。——抜くんじゃありません。組むんです」


「組む」という言葉に、ハンナの目がほんの少し揺れた。使われるのでも、施されるのでもなく、並んで組む。長いこと、誰にも言われてこなかった言葉なのだろう。


「……話の続きは、あんたの仲間とやらを見てから決めるよ」



 ◇



 その足で、俺はハンナをギルドの隅へ連れて行った。リーシャが、革袋を抱えて待っていた。


「リーシャ。この人がハンナさん。これから、きみの薬草を遠くまで運んでくれる人だ」


 リーシャは、いつものようにすぐ言葉が出ない。ただ、ぺこりと頭を下げる。


 ハンナは、その様子をひと目見て、表情をやわらげた。人を見るのに慣れた目だった。この娘がどれだけ長く一人だったかを、たぶん一瞬で読んだのだろう。


「よろしくね、リーシャちゃん。——いい革袋だ。ずいぶん大事にしてるんだね」


 リーシャの肩が、わずかに動いた。自分の革袋に触れられて、嬉しいような、落ち着かないような顔をする。


「……これ、聖薬草を、入れてます」


「聖薬草?」


「新月の夜にだけ、咲くんです。採り時がすごく短くて。葉の裏の露の数で株の歳がわかって、東向きの斜面で、苔と一緒に生えたのは、効きが一段——」


 そこまで一息に言って、リーシャははっと口を押さえた。喋りすぎた、という顔だった。


 ハンナが、ぷっと噴き出した。


「あんた、薬草の話になると、人が変わるんだね」


 リーシャの頬が赤くなる。けれど、嫌そうではなかった。二年、誰も聞いてくれなかった話を、初めて笑って聞いてくれる相手がいる。


 ——この二人は、合う。


 理屈じゃない。市場に値を見誤られた者同士は、たぶん、匂いで分かるのだ。


 リーシャの手から、聖薬草を一本借りた。俺はそれをハンナに渡す。


「ためしに一晩、あなたのそばに置いてみてください。同じ一本を、こっちは普通に置いておく。明日、見比べましょう」


 ハンナは、聖薬草を受け取って、しげしげと眺めた。


「こんな、しおれかけの草っぱが、銀貨十五枚……ねえ。世の中、分からないもんだ」


「分からないものに正しい値をつけるのが、私の仕事です」



 ◇



 翌朝。


 俺の手元に置いた聖薬草は、葉の縁が茶色く縮れ、軸がくたりと折れていた。リーシャがそっと触れて、「もう、半分」と小さく言う。


 ハンナが、懐から布包みを出した。中の一本は——採ったばかりのように、葉が張っていた。リーシャが目を見開いて、その葉に指を触れる。


「……声が、昨日のまま。落ちてない。こんなの、見たことない」


 俺は、頭の中で勝手に弾かれていく算盤を聞いていた。


 ——傷んで捨てる半分が、捨てずに済む。それだけで、売り上げは倍だ。腐るから地元で叩き売るしかなかった品が、二日先の宿場でも、三日先の町でも、正規の値で売れる。市場が、文字どおり広がる。この女の手の中にあるのは、しおれかけの草っぱじゃない。流通の射程そのものだ。


 ハンナは、自分の手の中の一本を、信じられないという顔で見ていた。二十三年、しょうもないと言われ続けた取り柄が、いま、薬草の声を一晩、止めていた。


「あたし、これ……ずっと、ただの物持ちだと」


「宝ですよ」


 俺は言った。


「あなたの取り柄は、宝だ。誰も、値のつけ方を知らなかっただけで」


 ハンナの目が、潤んだ。慌てて、いつもの調子で笑ってごまかす。


「……やだね。男に泣かされるなんて」


 それから洟をすすって、まっすぐ俺を見た。


「いいよ。その隣町とやら、連れてっておくれ。あたしの運んだ荷が、銀貨に化けるところを、この目で見てやる」


「ただし、ひとつ」


 俺は言った。


「給金で雇うんじゃありません。あなたが売った分から、決めた割合を、私がいただく。残りは、あなたのものだ。——運ぶほど、売るほど、あなたが太る。私も、そのほうが助かるんです」


 ハンナは少し面食らって、それから、にやりと笑った。


「……あんた、ほんとに変わった商人だね。いいよ、気に入った。こっちもひとつだけ、そのかしこまった言い方はやめてくれ」


 三日後、東の宿場町へ発つと決めた。聖薬草を二十本、ハンナの手で守って運ぶ。あいだの二日を、あの娘の力がどこまで持ちこたえるか。


 供給と流通が、初めて手を結んだ。あとは、それを街の外へ運び出すだけだった。


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