第11話 同じ籠
リーシャの薬草が診療所の名で売れるようになって、ふた月が過ぎた。
仕組みは、放っておいて回るものではなかった。ヨナスが連れてきた二人——年かさのペトルと、若いマルコ。どちらも籠を抱えて、ギルドの隅にいる俺のところへ来る。だが、品を認めるミレナは一人きりだ。診療所には病人が絶えない。運ばれる薬草をあの人が一本ずつあらためていたら、夜が明けてしまう。
「私が、先に見ます」
そう言い出したのは、リーシャだった。
「ミレナさんのところへ持っていく前に、私が一度、ぜんぶ見ます。外れていそうなものは、その場で抜く。そうすれば、ミレナさんの手間が、半分になります」
俺は少し驚いて、それから頷いた。
「できるのか」
「葉の声を聞けばすぐにわかります。採り時を外したものは、声が濁ります。乾いて、細くなる。」
二年間ベンチに座っていた子が、いつのまにか、人の仕事を引き取ろうとしている。その変わりようを、俺は口に出さずに数えていた。
その朝から、流れは目に見えて速くなった。採集人が籠を置くと、リーシャが葉に指を触れ、声を聞く。良いものは右、迷うものは左。半分の手間でミレナのもとへ運ばれ、診療所の名がつく。
ペトルは無口な男だが、仕事は丁寧だった。採り時を、一日も外さない。「若い頃に、いい目利きのそばで覚えた」と、それだけ言った。順調すぎるほどだった。だから、ほころびは、よく見えた。
◇
最初につまづいたのは、マルコだった。
ある朝、マルコの籠をのぞき込んだリーシャの手が止まった。籠の底から、彼女は数本の薬草を抜き出して並べた。
「これ、採り時より二日早い」
マルコの顔が強張った。
「……わかるわけ、ないだろう。葉の色も形も、ほかと変わらない」
「違いはそこまで大きくないよ。でも、声ははっきりと違うの」
リーシャは静かに言った。責める調子ではない。ただ事実を置くように。
「まだ実が熟れきっていません。これを煎じても、効きは半分」
マルコはばつの悪そうな顔で俺を見て、それから開き直るように声を荒げた。
「だったら、何だよ。半分でも、効くことは効くんだ。診療所の名で出しゃ、銀貨で売れる。誰が二日の差なんて気づく。あんただって、銭が欲しいんだろう」
——来た。
歪んだ市場で長く損をしてきた者ほど、一度うまみを知ると、足元を見たくなる。前世でも、嫌というほど見た。値の跳ねた銘柄に客が群がる、あの目だ。
「マルコ」
俺は、できるだけ穏やかに名を呼んだ。
「お前の言う通り、半分は効く。気づかない患者もいるだろう。でも、十人に一人は気づく。いや、気づくのは患者じゃない。ミレナさんだ」
マルコは口をつぐんだ。
「あの人は、自分の名にかけて薬草を認めている。外れを一本でも見つけたら、あの人はもう、誰の品にも保証を出せなくなる。『ミレナが認めた』という言葉が、ただの紙くずに変わるんだ。そうなったとき、銀貨で売れなくなるのは、お前だけじゃない。リーシャも、ペトルも、ここにいる全員だ」
マルコの肩から、少しずつ力が抜けていった。
「ひとつの籠が腐れば、全部の籠が疑われる。お前が今、二日を惜しんだぶんは、いつか、お前自身の値段から引かれるんだ」
俺は、抜き出された薬草をマルコの手に戻した。
「持って帰って本当に効く薬草と違いをよく観察するんだ。リーシャが言うなら本当だ。少しの違いを分かるようになれ」
マルコはしばらく薬草を見つめていた。それから、低く言った。
「……あんた、変な男だな。銭の話をしてるはずなのに、まるで説教だ」
「同じことなんだよ。信用は、いちばん高く売れる品なんだ。安く投げ売りすると、二度と仕入れられない」
◇
二日後、マルコは籠を抱えて戻ってきた。
リーシャが一本ずつ確かめ、今度は一つも抜かなかった。
「澄んでる。——ぜんぶ、いい声」
マルコは、ほっとしたような、それでいて何かを噛みしめるような顔をした。
その籠を返しかけて、リーシャはふと手を止めた。少し迷ってから、思い切ったように口を開く。
「マルコさん。……もっと効く株の、採り方。知りたいですか」
マルコが、面食らった顔をした。二日前まで外れ呼ばわりされていた娘に教わるとは、思ってもいなかったのだろう。
「東向きの斜面で、苔と一緒に生えてる株。あれは、苔と根で水を分け合っているから、同じ聖薬草でも効きが一段強いんです。ミレナさんの値で、もう二、三枚は変わります」
「……そんなの、どこにも書いてないぞ」
「書いてないです。葉が、教えてくれるだけ」
リーシャは、ほんの少しだけ、得意そうだった。
マルコは、薬草とリーシャを長いこと見比べていた。それから、ぶっきらぼうに頭を下げた。
「……今度、その斜面、連れてってくれ」
二年前まで、誰にも口をきいてもらえなかった娘が、年上の男に頼られている。
そのやり取りを、俺は黙って見ていた。質を見張る娘が、采る腕まで上げてやる。叩くだけの掟とは、逆の回り方だ。
その日の薬草はリーシャがあらため、ミレナの手を通り、診療所の名がついて、銀貨に変わった。マルコが今まで密売で受け取っていた額の、何倍も。
その夜、ギルドの隅で、ヨナスがぼそりと言った。
「あいつ、ちょろまかそうとしただろう」
「気づいてましたか」
「あんたが気づかせた。殴って終わりにしなかったな。組合なら、ああいうのは見せしめに半殺しだ。それで掟が回る」
ヨナスは麦の酒を一口あおった。
「あんたのやり方は、面倒くさい。けど、たぶん、長持ちする」
俺は、頭の中でまた数式を組み直していた。
——採る者がいる。あらためる者がいる。名を貸す者がいる。その三つが互いの信用で繋がって、初めて一本の薬草が正しい値で売れる。誰か一人が手を抜けば、全部が崩れる。だから皆で、皆の信用を見張る。前世なら格付けや監査が担っていた役回りを、今はリーシャの耳と、俺の口が肩代わりしている。
細い管は、少しずつ太くなっていた。




