霊門のこと
朝食をとりながら、バル婆にどう切り出すかをレンと相談していた。バル婆は朝の畑仕事に出ている。帰ってくるのは昼頃だからそれまでに、どう話すか決めておきたかった。レンがおかゆを食べながら聞いてくる。
「なんて言うの?」
「できるだけ普通のことみたいに話す」
薬師様は処置をしなかった。少なくとも今すぐどうにかなるわけじゃない。そこは強調しておきたい。心配させたくないから。
でも、再発の可能性があること。霊門に魔力が溜まっていること。それは伝えないといけない。
「霊門について、バル婆は知ってると思う?」
レンが首をかしげる。食卓を挟みながら、バル婆に伝えることをふたりで一通り確認した。
バル婆が帰ってきた。お湯を沸かして、湯呑に注ぐ。レンと目を合わせて、小さく頷く。三人で向かい合って座った。
霊門という器官に魔力が溜まっていて、腹痛が再発する可能性があること。薬師様から言われたこと。あの後に違和感が二回あったこと。順番に話す。
バル婆は最初お湯をゆっくりすすりながら聞いていた。でも段々と眉間にしわが寄って行って、話し終えるころには腕を組んでわたしを睨んでいた。
「おしまいかい」
頷くと、次の瞬間、ほっぺを思いっきり引っ張られた。
「いたっ」
「黙ってたんだね」
バル婆の声はすごく怒ってるわけじゃない、と思う。引っ張られた頬をそっとなでる。ほっぺたをさすりながら謝って、ついでに聞くことにした。
「バル婆……霊門って知ってる?」
「名前くらいはね」
「みんなあるの?」
「そうみたいだね。魔法が使えるかどうかは別として、みんなあるらしい」
「霊門の病気になる人って、聞いたことある?」
「年寄りにはたまにいるさ……助からないことが多いがね」
バル婆はそう言って、湯呑を置いた。
「……本当に、今は痛くないのかい」
「うん。違和感は少しあるけど。だから、薬師様と、もう一度話したいと思ってる……治療法があるなら聞いてみたいの」
バル婆はお湯をひとすすりした。しばらく黙って腕を組んで、一度頷く。
「なら……あたしも行くよ」
「ぼくは?」
「お留守番」
レンは少しだけ唇を尖らせて、じっとわたしを見ていたけど、わたしもバル婆も首を縦に振らなかったのを見て、しぶしぶ頷いた。わたしはレンからバル婆に目をうつして聞く。
「……わたしみたいな子どもがなるのは、珍しい?」
「聞いたことがないね」
翌朝、持っている中で比較的ましな服を着た。自家製の洗浄液で洗ったやつだ。バル婆と二人で、村を出る。
薬師様の家は、村からしばらく歩いた森の中にある。朝の森は涼しい。
「バル婆、霊門の病気になった人で……治った人のことは聞いたことある?」
「さあね。詳しくは知らないよ。腹が痛いとかそういう話は聞いたけど、あたしたちみたいな年寄りだと……よくある話さ」
それだけ言って、バル婆はさっさと前を向いた。わたしはそれ以上聞けなかった。
森の奥に、小屋が見えてくる。小屋の前に立って、鼻がひくひくと動いた。
——臭い。
薬草の匂いと、何か発酵したような匂いと、土の匂いが混ざっている。戸は開いていた。中を覗くと、本棚に本が、薬棚に薬草や液体の瓶が、床には書類や道具が所狭しと置かれている。そしてずいぶん掃除されていないような埃とカビの臭いがした。
戸を何度か叩いた。開いているのに人の気配がない、声をかけても返事がなくて、しばらく繰り返し叩いていたら、奥から白い髭の老人が現れる。わたしは丁寧にお辞儀をして中に入った。
「……何しに来た」
薬師様は、沢山積まれていた書類を脇によけた椅子に座る。振り向くと、バル婆は入り口近くに立ったまま、わたしたちを見ている。私は立ったまま正面の老人に伝えた。
「霊門のことを聞きに来たの」
順番に話す。あの後、二回違和感があったこと。レンに記録をつけてもらっていること。治療法を知りたいこと。それを、薬師様はふんぞり返って聞いていた。わたしが話し終えると、腕を組んで言った。
「……記録だと」
「うん。いつ来たか、どのくらい続いたか、何をしていた時に起こったかを書いてもらっていて……」
薬師様は、ほう、と言った。
「子どもが考えることじゃないな」
「必要かな、と思って」
薬師様はしばらくわたしを見てから、口を開いた。
「治療法はある」
「……どんな方法なの?」
「霊門を割る。前に言った通りだ」
「危険じゃないの?」
「霊門を割る際に、溜まった魔力が暴走することがある。そうなれば助からない」
——助からない。なんでもないことのように薬師様は言う。バル婆が入り口でわずかに動く気配がした。
「どのくらいの人が助かるの」
「お前のような子どもを診たことがない。分からん」
「じゃあ老人なら」
「半分以下といったところだな」
「費用は?」
「お前の家が払えるものじゃない」
「……聞いておきたいの」
「今回と、前回の謝礼で銀片10枚。これは情報料だ」
わたしの眉がぴくりと動く。随分とる。
「分割に、してもらえるのよね」
「仕方ないだろう……利子はいただく」
「実際の治療費は……」
「金札3枚以上だ。少ないくらいだがな」
わたしは口をポカンと開けて薬師様を見る。薬師様はやっぱり無表情にわたしを見返した。家が一軒建つどころではない金額に、頭が一瞬白くなる。
「……でも、今すぐじゃなくていいってこと、よね」
「まあ、そうだな」
薬師様はあごひげをなでながら言った。
「……お前が言っていた記録とやらを次に来るときに見せろ」
——記録に、興味をもってもらえたのだろうか。
「季節がひとつ巡る頃にまた来い。もしくは、違和感が強くなったとき」
わたしは、うん、と頷きながら聞いた。
「……わたしみたいな子どもが、霊門の病気になるのはどうしてなの」
薬師様は立ち上がった。そして、馬鹿にしたような表情で言った。
「それが分かれば、わしも苦労しない……もう帰ってくれ」
わたしは立ち上がって、お辞儀をした。バル婆が先に外に出る。戸を出る直前、薬師様の声がした。
「記録は続けろ。いつ、どのくらい、何をしていたとき、食べたものも——忘れずに書け」
森を歩きながら、バル婆が口を開く。
「銀片10枚、ね」
「うちにあるかな」
「すぐには無理だろうね」
「だよね」
金札3枚なんていう大金を用意することはもちろんできない。銀片だってみたこともないのだ。
「今は考えても仕方ないだろ。帰って、一緒に考えよう」
黙って頷く。来たときより日が高くなって、森の中は涼しくなくなっていた。
「バル婆」
「なんだい」
「助かると思う?」
「さてね……お前はどう思ってるんだい」
「……諦めたくない」
バル婆はそれ以上何も言わなかったけど、隣を一緒に歩いていた。
読んでくださりありがとうございます。
今回から通貨が出てきたので、設定をお伝えします。
この世界の通貨は小さい順に、朱文→銀片(ぎんぺん、朱文百枚)→金札(きんさつ、銀片百枚)です。
貧しい平民のひと月の稼ぎが銀片10〜20枚(現代日本円で10〜20万円ほどのイメージ)、金札1枚が100万円くらいです。今後の展開で調整があるかもしれませんが、参考にしていただければ幸いです。




