表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

説得

 戸が開く音と同時に、ばたばたと足音が近づいてくる。先に飛び込んできたのはバル婆で、その後ろからレンが不安そうに覗き込んでいた。……あの様子、全部話されちゃったかな。さっきの自分の言動を思い出して、思わず苦笑が漏れる。


「さっきから様子がおかしいって聞いたよ。まだ辛いのかい?」そう言いながら、迷いなく腹に手を伸ばしてくる。――だめ。


「……触らないで!」思ったより強い声が出た。自分でも一瞬息をのむ。バル婆の手がぴたりと止まる。


「……なんだい、そんなに痛いのかい?」眉をひそめる顔は怒りじゃない。完全に心配だ。


 でも、引けない。「……そこ、押されると……痛いの」言葉を選びながら続ける。最初で、決まる。


「温めるのも、だめ」


「はあ?」今度ははっきりと怪訝な声がわたしに向かってくる。「腹が冷えてるかもだろう?いつもみたいに温めて寝てれば……」


「違うの」かぶせて言う。言葉を続けようとするたびに喉が焼けるように緊張する。でも止めない。「温めたら……もっとひどくなるの」


 部屋の空気がぴたりと止まる。


 レンが不安そうに、わたしとバル婆を交互に見ている。バル婆は唇をかんで腕を組んだ。「……テン」


「誰にそんなこと聞いたんだい?」


 答えられない。質問だけど、質問じゃない。誰にそんなことを教わったのか、探ってる目だった。でも、それに答えてる時間はない。元いた世界の自分のことを話して、信じてもらえると思えない。変に思われるだけだ。


「……あのね」視線を逸らさずに言う。「ここ……押して」


 震える手で、自分の腹の一点を指す。「強くじゃなくていいの。ゆっくり」バル婆は少しだけ黙って、それから布団の横に座った。


「……ここかい」脇腹のあたりを押される。


「……もう少し下」指がずれる。


 分かっていたけど「っ……!」息が詰まる。体が勝手に跳ねた。さっきと同じ場所。鋭い痛み。


 バル婆の目が、変わる。「……そこだけかい」「……うん、いまのところは」短く答えるのがやっとだ。


 バル婆はもう一度、軽く周りを押す。もっと優しく。その差を、確かめるみたいに。そして、手を離した。「……ただの腹痛じゃないね」ぽつりと、そう言った。


 「……これね、放っておくと……どんどん悪くなるの」


「もっと痛くなるし、熱も出るはず……」バル婆とレンが、さらに心配そうな顔でわたしを見る。呼吸が乱れる。


 それでも続ける。「そのあと……今日か明日中に腹の中で破ける」レンが息を呑む音がした。


 バル婆は黙っている。その沈黙が、怖い。


 耐えきれずに言葉を重ねる。「……破けたら、終わり」静かに言い切る。「助からない」


 しん、と部屋が静まる。外の風の音と、わたしたち三人の息づかいだけが聞こえる。


 バル婆は、目を大きく開いて何度かまばたきした。息を吸って、ゆっくり吐く。それから唇をぎゅっと結んで、じっとわたしを見る。


 さっきまでとは違う目で。「……テン」低く、落ち着いた声。


 わたしは頷く。「……うん、助からないの」もう一度、はっきりと言った。




「……助かるには?」即答だった。……信じてくれたの?本当に?


 バル婆はすぐに布団から腰を上げて、エプロン代わりの布を手早くたたみ、ベルト代わりの紐に引っかけて動きやすい格好になった。「……今日か、明日中に……!」その場で一歩踏み外しそうになるけど踏みとどまる。「まったく……時間がないじゃないか……!」乱れた息のまま、わたしを見る。


「で、どうする。次は」怒鳴るみたいに言ってから、すぐに問い直してくる。そのまま続けられる。


「薬か……腹を開くか……どっちか」伝わるかわからないから、できるだけ噛み砕いて言う。「このままだと……間に合わない」


 バル婆は目をぎゅっと閉じて頭をかきむしった。白髪がぼさぼさになる。今のこの数分で、一気に老けこんだみたいに見えた。

「ごめんなさい」思わず口から出た。

 バル婆がぎゅっとわたしの頭を抱きしめた。それだけだった。すぐに離して、レンに向き直る。


「レン」振り返って声をかける。「う、うん!」状況は全部わかっていないはずなのに、その顔だけは妙に真剣だ。


「あたしはこれから薬師様と相談役のところに行ってくる。そのあと父さんと母さんの仕事場にも行ってくるからね。すぐに薬師様が来るはずだ。レンはお茶とお菓子を用意して待ってるんだよ?」そう言いながら、バル婆は貯蔵庫から必要なものを手早く取り出していく。「うん!」レンが勢いよく駆け出す。


「走らない!間に合えばいいんだよ。じゃあ、すぐ戻るからね!」背中に声を投げて、バル婆は部屋をあとにする。


 その背中を見送る。ふいに足を止めて、振り返る。「……あんた、あとで全部聞くからね」低く言う。……あとで、どう説明しようか。


 扉が閉まる直前、振り返らないまま言う。


「勝手に死ぬんじゃないよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ