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村娘は生きる為に必死です。  作者: お魚お肉お野菜協会
第一章 村での暮らし
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知らない臓器

 


 薬師様はテンが寝ている布団の横に腰を下ろした。テンの腹の上に手をかざす。触れずに、ほんの少しだけ腹から手を浮かせている。


「……じっとしていろ」


 薬師様が低く言う。テンは黙って頷いた。レンも息を殺してそれを見守る。


 テンが動かないように意識を集中していると、じわりと何かがやってきた。


 冷たいわけでも、温かいわけでもない。何かが体の奥に入ってくるような。食べたり飲んだりしたものが喉を通るときのような、見えないものが体の中に侵入してくる感覚。


 内臓を、触られているみたいだった。痛くはないけど気持ち悪い。


 薬師様の目が、腹の一点を見ている。


「……痛むのは、このあたりで間違いないか」


 ぽつりと呟かれた言葉。薬師様の指先は、テンの腹の右下のあたりを指していた。さっき自分で特定した場所とほとんど同じところ。でも、薬師様の目が、その場所より少し下を見ている気がした。


「……うん」


「腫れている」


 薬師様はテンの腹から手を離して、考えるように太ももの上で指を組んだ。そしてテンの顔を見もせずに言った。


「お前はこの痛みを何だと思っている」


 その問いに、テンは一瞬病名を出すか迷った。目線を動かして部屋の中を見回す。助けてくれる人はこの人だけだ。


「……虫垂炎」


 テンが言った瞬間、薬師様の眉がわずかに動いた。


「……なぜ、そう思う」


「吐き気、発汗、局所の圧痛……あと、痛みが段々強くなっているから」


「……違う」


「え」


「虫垂ではない」


 薬師様は再びテンの腹の一点を指した。


「ここだ」


 そこは、先ほど薬師様が見ていた所。本来虫垂がある場所よりほんの少しだけ下。


「ここには、魔力を溜める場所がある」


 ――魔力を、溜める場所? そんな場所は、知らない。


「それ……なに」


「霊門だ」


「……れいもん」


「魔力を溜める臓器だ」


 テンは上手く言葉をのみこむことができなかった。


「お前のそれは、異常に膨れている。だから、周囲を圧迫して痛む。……放っておけば、どうなるか分かるか」


 テンは、素直に首を横に振った。薬師様が諦めたようにため息をついて言った。


「破裂する」


 破裂。その一言があちらの記憶と重なる。行き着く先は、やっぱり同じ。テンは天井の藁の一本を見つめて薬師様に聞いた。


「助かるの?」


 薬師様はテンを見て、それから考えるように腕を組んだ。


「処置次第だ」


「……どうしたらいいの?」


「霊門を、割る」


 薬師様はそう言ったあと、腰の袋の一つに手を入れた。


 小さな布と、銅色の細長い棒のようなものを取り出す。手の平より少し長いそれは、テンが見たことのない道具だった。


 それから小さく息を吐いて、手にした道具を、またゆっくりと袋の中へ戻していく。テンは、その手の動きを、ただ目で追った。


「……割らないの?」


 テンは、思わずそう口にしていた。


 薬師様は答えずに、ただもう一度テンの腹に手をかざす。何かが身内に侵入してくるあの感覚が、再びみぞおちのあたりに広がった。沈黙が続くほど、不安がふくらんでいく。薬師様の手は、痛む場所を通り越して、もっと奥を、もっと長く探っている、そんな気がした。


 やがて薬師様は腹から手を離し、静かに口を開いた。


「……急がなくてもいい。今すぐどうこうなるわけじゃない」


「それで、治るってこと?」


 要領を得ない答えにテンは噛みつく。薬師様はそれを無視して立ち上がって言った。


「……今日は、何も食べず寝てろ。数刻たてば普段通りになる。まあ……しばらくは、な」


 薬師様がテンに背を向ける。そのまま部屋を出ていくかと思ったが、独り言のように呟いた。


「……虫垂なんて言葉を、どこで覚えた」


 テンは答えなかった。


 薬師様の、冷たい氷のような目がテンに向けられた。あの目だ。しばらくの間、薬師様は何も言わずにじっとテンを見ていた。それから急に興味を失ったように視線を外し、まあいい、と言って、今度こそ本当に部屋を出ていく。


 足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなったところで、ようやくテンは息を吐いた。






「テン……大丈夫?」


 テンはぎこちなくレンに笑いかける。少しだけ考えてから答えた。


「……みたいだね」


 腹の痛みは変わらない。でも、それ以上に今の一連の流れの違和感のほうが大きかった。


「しばらくすれば元通りって言ってた、よね?」


 念を押すみたいに、レンが言った。


「……うん」


 テンはレンに頷いてから、つばを飲み込む。唇の片方を上げて笑ってみせた。


「もう食べすぎないようにしないとね」


 レンが少しだけ笑ってくれた。






 テンは痛む場所から手のひらを少し浮かせて、かざしてみる。


 ……自分に魔力を溜める臓器があるとは思ってもいなかった。


 魔法は、知っている。仕事として魔法を使う人もいるらしい。だけど、それは自分には一切関係のない世界だと思っていた。


 それに、どうして途中で気が変わったのか。


 痛みの波をやり過ごしながら、薬師様の”しばらくはな”という声を、頭の中で何度も繰り返した。



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