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シウのお墓

 



 その日の夜、わたしは熱を出した。


 土砂降りの中で長く雨に打たれたことが直接の原因だったかもしれない。それか、手の火傷が悪化して熱を持ったのかもしれない。もしくは、どれでもないのかもしれなかった。ただ、シウが死んだのが自分のせいだと知ってしまった。そのことが熱よりもわたしを苦しめた。






 空が明るくなりだしてからやっと眠って、すぐに悪夢で目が覚める。レンは隣で眠っている。反対側を向いていて顔は見えない。わたしは静かに布団を抜け出して、服を着た。手はまだ痛んだけど、何とか1人で着替えてから、シウのお墓に行くことを決める。念のため散歩に行くことを書き置きにして寝室に残した。






 村の墓は、清安院の隣にある。


 墓に着くまでに、早起きの村の人に声をかけられた。薬のこと、予防のこと、何人かにお礼を言われる。わたしはなにも、返事ができなかった。


 ——そもそも、わたしがいなければ、あなたたちは何ともなかったんです。わたしのせいなんです。そう、言いたくなる。でも、それを言う勇気はない。だから、黙って深くお辞儀をして、その場を離れた。






 墓に着くと、朝早かったからか誰もいない。うちの墓の目の前まで行って、右隣を見る。そこには新しい、小さな棺が入っているはずだった。


 雨は上がったけど、土はまだ湿っている。シウの墓の前に立つと、足元の土に、自分の影が落ちた。墓の前の土が柔らかくて、ベチャという音がした。わたしはそこに小声で、話しかける。


「また来る、って言ったよね? ……来たよ」


 最後に会った朝に交わした言葉。シウが、うん、と言ったことだけ覚えている。


 膝をつくと、湿った土が着物に染みていく。わたしは目を閉じて言った。


「ごめん」


 言った途端に声が掠れる。頬を熱いものが伝って、一度こぼれると止まらなかった。


「シウが死んじゃったのは、わたしのせいなんだって」


 誰にも言えないことを墓に向かって言う。母さんにも、レンにも、おばさんにも一生言えない。本当はシウにも言う資格はない。でも言わずにはいられなかった。


「シウじゃなくて、わたしが死ぬはずだったんだって」


 言葉を続けられなくなって、嗚咽しながら地面に手をつく。包帯の上から、土の冷たさが滲んでくる。ごめんね、と何度も謝る。わたしのせいだ、と何度も言う。


 ——でも、シウのお墓は、何も言わない。


 怒ることも、わたしを責めることもない。頬を伝っていたものが、止まった。


「ごめんなさい」


 何をしても、永遠に許されることはない。






 家に帰ると、まだレンは起きていなかったので、そのまま書き置きを捨てた。


 その日の夜に眠れずにいると、レンが急に、あのね、と話しかけてきた。前日の気まずさが残っていたから、わたしはぶっきらぼうに、なに、と返事をした。


「手を貸して」


 わたしは無言で右手を差し出す。レンが、包帯の上に何かを置いた。

 わたしは気まずさなんて忘れた。


「これ」


「薬師様が、落としていったの。拾ったんだ。戻ってきたら返そうと思ってたけど、戻ってこなかったでしょ」


 二匹の、黒い虫。足をジタバタさせている。ビー玉くらいの大きさで、ころころして、ぬばたまみたいに黒い。必死に回ろうとするのに、ひっくり返ったまま、足を動かすばかりだ。呆れて、息が漏れた。


「なんていうか。うかつな人だよね」


「それより、この虫のこと、バル婆が知ってたんだよ」


 え、と言って、ぬばたまの虫を見ながら、レンの話を聞く。


「契蟲って、本当はケイコじゃなくて、ケッコって呼ばれてたんだって」


「ケッコ?」


「うん。結婚の結で、結蟲。大昔は、結婚の誓いとか、大事な誓いを結ぶときに、結蟲を食べたんだって。だけど、だんだん数が減って、バル婆が結婚する時には、もういなかったって。だから今日見て、驚いたって。バル婆もはじめて見るから、絶対じゃないけど、多分そうだろうって」


「そう、だったんだ」


「それでね、バル婆に、縛りをなくす方法があるか聞いたら、あるだろう、って。でも、どうするかは分からないって」


 縛りを解く方法は、ある。でも、解いたところで、薬師様と話したことは、誰かに話せる話じゃない。すぐに、そう気づいた。


 ——でも。いつか、この縛りを解きたいと思う日が来るかもしれない。永遠に来ないかもしれないけど、この虫が、そのときまで生きていてくれたら。


 覚えておこう、そう思った。


「バル婆、他には何か言ってた?」


「ううん。それだけ。ただ、この結蟲がもし薬師様に見つからなかったら、テンが持って行った方がいいかもしれないって」


 持って行った方が、と言うレンの声が、震えていた。わたしも返す声が震える。


「じゃあ、バル婆には内緒で、レンとわたし。……一人一匹ずつ、飼おうか」


 離れていても、寂しくないように。


 レンは、しばらく結蟲を見つめて、一匹だけ、自分の右手に載せた。それから、相変わらず反対を向いて足をジタバタさせる虫を見ながら、左手を出す。


「分かった。大事にする」


「うん」


 わたしも左手を重ねた。気休めでしかないかもしれない。すぐに死んでしまう虫かもしれない。でも、その気休めはわたしたちに必要だった。






 朝ごはんの席で、昨日と同じ相談が、わたしを抜きにして繰り返される。なぜ、わたしが行かなければならないのか。わたしは首を振って、答えられないことだけを伝える。ここで答えて、みんなの前で縛りを破って死ぬのだけは、嫌だった。


 ただ、中央に本当に行くのか、という問いにだけは、首を縦に振った。契約違反になるか少しだけ不安だったけど——大丈夫、だった。出発の荷物を準備するために、寝室に行く。レンも、ついてきて聞かれた。


「いつ行くの」


 首を、横に振った。この答えも契約に入っているのか分からなかったし、三、四日後というのが、実際にいつなのかも分からなかった。レンは、わたしの首振りを、答えられない、と受け取ったみたいだった。


 荷物を詰めながら、辟穢焦露のレシピ、漢方薬のレシピ、それから、納豆のレシピを手に取る。漢方薬は、まだ確かめられていないことが多すぎる。だから、袋を紐で縛っただけの荷物に、一緒に詰めた。納豆のレシピは、レンに渡す。


「来年の夏に、また作って食べて」


 レンは歪んだ笑顔で、その頃にはわたしが帰ってくるから、って言ってすぐにレシピを棚にしまった。わたしも視界が歪みながら、なんとか笑顔をつくる。


 辟穢焦露は、炭焼きのおじさんがいないとだから、すぐには作れない。でもレシピがあれば、いざという時に役に立つかもしれない。だから、ついでに渡した。金札3枚以上の価値があるから、本当にいざと言う時の為だとしっかり伝える。


 バル婆には、醤油の天地返しを、やっと伝えられた。自分でやりな、と言われたけど、昼食を作るバル婆の後ろから、無理やり伝えた。納豆にかけて食べてね、と言ったらバル婆の肩が震えた。


 父さんと母さんは、わたしを見ると悔しそうに顔を歪めるばかりだった。



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