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疑念

 


 暗いところにいた。


 でも次の瞬間白い天井が見えて。わたしは穴を数えている。一つ、二つ……数えているうちに、それが藁と梁に変わる。


 誰かの手首を握って脈を探している。見つからない。もっと奥かもしれない。細くなった指。うん、と動いた口。


 緑がかった、あたたかい光が見えた気がした。森の中から太陽を見上げたときの——でも、それも、遠くなっていく。


 手が、焼けるように熱い。なんで。


 両手が重い。


 まぶたを上げるのも面倒な気がする。目を無理やり開けると、木の梁に藁がのっているのがかすかに見えた。寝室の天井だ。薄暗い。


 体を起こそうとして、鋭い痛みが走って手が崩れる。慌てて手を敷き布団から離した。布団から出すときも痛かったけど、なんとか慎重に引っ張り出した。


 見ると両手とも、指の先まで包帯が巻かれている。——なんで。


 ぎゅっとこぶしをにぎりかけて悲鳴をあげた。


「テン!」


 レンの声が聞こえて、扉のほうに首を傾ける。なんだか全身がギシギシ言ってうまくうごかない。……母さん、バル婆、あと、どうしてか父さんもいた。


 レンがわたしが寝てる布団に突っ伏してきた。痛いし重かったけど近くに来て気づいた、レンが泣いていた。力がでなくて引き離すことができなかったからそのままにした。


 母さんはわたしの頭をなでながら何も言わずに口を震わせていた。二人の顔をみたらわたしは強く目がしみて、涙が頬を伝うのが分かった。ぬぐいたいのに手が痛くてぬぐえない。ひとしきり泣いたあと、バル婆が口を開いた。


「熱病だったんだ」


 バル婆がわたしに湯呑を渡そうとする。包帯が巻かれた手を一瞬みてから、布団に腰かけてわたしの口元に湯呑を持ってきて言った。


「あの日は、特に寒かっただろ。……シウや、ハンの他にも熱病で倒れた人が沢山いた」


 わたしは湯呑のお湯を飲まされながら話を聞く。久しぶりに口にものが入った気がした。


「ハンは、助かった。お前の薬のおかげだろう」


 バル婆はぽつり、ぽつりと話してくれた。ハンさんが助かったこと、他の熱病の人も無事だったこと。


「シウは、朝はなんともなかったけど、昼にまた熱を出して――夜になってひどくなったらしい」


 わたしは、またこぶしに力がはいって顔をしかめた。


 なんで――熱を出す兆候をわたしは気づけなかったんだろう。バル婆はだまって唇を嚙んでいる。わたしは掠れた声を絞り出す。


「どうして……おばさんとジウは知らせてくれなかったの?……なんで、おじさんは言ってくれなかったの?」


 母さんも父さんも誰も教えてくれない。レンが小さく言った。


「ジウが、言ってた。シウがお願いしたんだって。テンが頑張ってるから、黙ってて、って。だから……テンは悪くない」


 なに――それ。さっき流しつくしたと思ったものがまた頬をつたって流れていく。なんで?昼の段階で言ってくれてたら。そうしたら――。


 バル婆は自分のそででわたしの涙をぬぐいながら言った。


「お前が、つくった薬は全部使わせてもらったからね。薬師様が、熱病がひどかった人に与えたんだよ。――お前の薬を元にして、薬を作ってくださったんだ」


 わたしは、自分のこめかみがぴくりと動いたのが分かった。


「お金は?……銀片10枚を、みんなからとったの?」


「お前の薬を元に作るから、金は必要ないって言ってくださったんだよ」


 わたしは天井を見上げた。母さんがわたしの頭をなでながら言った。


「本当にみんな、ありがとうって、テンに感謝してたわ」


 みんな?


「――そう」


 この気持ちは、誰にも知られたくない。もう一人にしてほしかった。






 みんな寝室を出て行く。レンだけはいようとしたけど、バル婆が、休ませてやりな、と言ってやっと出て行った。戸を閉める前にレンが言った。


「お腹減ってるでしょ?ご飯ができたらくるからね」


 わたしは返事をしなかった。確かにお腹がすごく減っている気がする。なのに何も食べられる気がしないのだ。


 戸を閉めてもらったから寝室はさらに薄暗い。眉間に力が入るのが分かった。暗くて何もない一点を見つめる。


 ――あの時だけ……銀片10枚も取ったのはなんで。


  わたしの薬で良かったなら、最初から村のために作ればよかったじゃない。早く動いていたら、こんなに村中に熱病が蔓延することなんかなかっただろう。


 ――そうしたらシウは。


 そもそも、結局治療を施すなら様子見なんかしないでひどくなる前に施すべきだったのではないの。


 ――そうしたら。


 どの問いも、結局は同じところに戻ってくる。


 ——シウが、逝ってしまった。


 そして、シウのために何もできなかったのは、わたしも同じ。






 戸が開いて、居間の明かりと、おかゆの匂いが入ってくる。レンが半分だけ扉から顔を出して聞いてきた。


「ご飯、食べられる?……今日はバル婆の山菜がゆだけど」


 バル婆の山菜がゆ。一番すきなご飯。食べられる気がしなかった。でも、せっかく作ってくれた。わたしは起き上がろうとした。


 体が、動かなかった。


 手が痛いからと肘を使って起き上がろうとして、初めて気づいた。わたしは布団に縛り付けられていた。



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