はったり
「うーん、いい匂いね」
母さんが伸びをしながら寝室から出てくる。
「いい匂い……なに、これ」
レンも少しあとに起きてきた。寝ぼけた顔が二人ともそっくりだ。
「顔洗ってきて」
炊き込みご飯を食卓に並べながら言うと、レンは、分かった、と言って水場へ向かった。裏庭でとれた香草と干し肉、それと松香芝の出汁でお米を浸して、炊いたものだ。バル婆が丁寧にとった出汁はわたしが作るよりおいしい匂いがした。
こちらではかさましできるおかゆや麺が主食だからちょっとした贅沢だ。
今日はみんな昨日に引き続きシウのために動いてもらうのだから、美味しいもので力をつけてほしい。あと、わたしが純粋に、すこし、かために炊いたお米を食べたいのだ。
汁ものとサラダもどきを手早く作って食卓に並べていく。
しっかりかために炊いたご飯には、母さんがあまりいい顔をしなかったけど、食べた瞬間に目を見開いてゆっくりかみしめている。レンはほっぺをおさえて目を閉じて笑っている。畑に行っているバル婆の分もちゃんとお鍋に残しているから、あとで感想を聞かないと。
「母さん……昨日の結果がどうなったか確認してほしいの。昨日の今日だから何も変わってないかもしれないけど、もし効果が出てたらそれも噂にしてくれると助かる」
「分かったわ。バル婆にも伝えておくわね?」
「お願い。わたしは今日、薬師様のところに行ってみる。レンは……」
「僕もいくよ」
そういわれると思った。レンはできればうちに居てほしいけど、書いたものを読んでもらうには居てくれた方が心強い。
「じゃあ、一緒に行こう」
朝食を食べ終えたわたしたちはそれぞれの準備をする。
母さんは洗い場で噂を広めるため、いつもより沢山の布をかごに入れて持っていく。わたしとレンは、熱病についてまとめた紙を再確認する。確認していると、レンが小声で聞いてくる。わたしも母さんに聞こえないようにもっと小声で返す。
「そういえば、最近はお腹の調子は大丈夫なの?」
「うん……昨日気づいたんだけど、最近なんともないんだよね」
いいか悪いかは分からないけど。事実だけ伝えるとレンは、良かったね、と言ってくれた。
わたしたちは相談役のバーさんの家を訪ねた。
村の中心にあるその家は、村長の家よりも立派だった。レンもそわそわしているし、わたしも持っている中ではマシな服で来たけど、落ち着かない。
戸を叩いてしばらく前で待っていると、少しだけ戸が開いて中からバーさんが顔を出す。バーさんはわたしたちを見て、危険人物でも見るみたいな顔になる。祈祷師の件はここまで伝わっているらしい。
「何しに来た?」
あからさまに嫌そうな声で言われる。わたしは感情を押し殺してにこやかに返す。
「薬師様に用が――」
「薬師様は忙しいんだ。帰れ」
みなまで言わせず帰れと言われてしまった。わたしたちは動かない。こうなることは二人で既に予想済みだ。
「これを薬師様に渡して」
二枚の紙を差し出す。びっしりと細かい文字が書かれたものを見て、相談役は目を細めてレンを見た。
「これは?」
確か、相談役もレンに代筆と代読を頼んで。うちに来ていたのを覚えている。
「……前に薬師様に頼まれていた代筆だよ」
レンが答える。わたしはこぶしをぎゅっと握って相談役の顔色を読み取ろうとする。
相談役はしばらく紙に目を落として、渡しておく、と言って扉を閉めた。すぐにでも薬師様を呼んでもらいたかったけど、お願いしても無理なことはその態度で分かった。
レンと手をつないでとぼとぼと帰ろうとしたら、薬師様が相談役の家から百歳超えとは思えない速さで追いかけてきた。思ったより早く渡してくれたらしい。少しだけ相談役に感謝した。薬師様はぜいぜいしながらわたしたちに声をかける。
「お前たち、これは何だ」
また質問責めにするつもりだろうか。今日はバル婆もいなければ、室内でもないから長時間の質問は勘弁してほしい。
「熱病の記録」
「それは、見れば分かる。なぜわたしにこれを届けた。代筆など頼んでいない」
事前にレンと何を伝えるかは考えていたつもりだけど、いざ本人を目の前にすると一筋縄ではいかない気がしてくる。なんと言えば協力させられるだろう。
「……熱病の治療法を見つけたの」
はったりをかけることにした。
「なんだと」
「だから……見つけたの。熱病の、治療法を」
薬師様は、信じられないものを見るような顔でわたしとレンを見比べる。
「嘘を、つけ……」
かすれた声でそう言って、紙をじっと見始めた。先ほど渡したばかりだから、詳しく中を見ていないのだろう。わたしは畳みかける。
「嘘はついてないわ」




