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作戦開始

 


 机の上に紙を広げて、わたしは言った。頭の中にあることを少しずつ言葉にしていく。


「まずシウのことから考えたいの。……かなり危険な状態だと思うから、すぐに動かないといけない」


 シウが発症してからどのくらい経つかを数える。一番はじめに違和感を訴えたのが夏の終わり、そして今は秋も終わりを迎えそうだ。わたしは家の外のシウの家がある方を見た。


 短期決戦が必要。


「……お母さんは、どう言えばいいと思います?」


 母さんが手を組んで、食卓に肘を載せながらバル婆に聞く。


「そうだね。まずレンが治ったことだろ。それから清安院の子たちも回復してきたこと。あとは……何をしたかを話すぐらいかね」


「……でもテンが言い出したって分かったら」


 母さんはちらっとわたしをみる。わたしはうなずいた。先日祈祷師に言われたことを考えているんだろう。


「母さんとバル婆が自分で試した、それか、薬師様が言ってた、って流してくれる? それと、口に当て布をすることも忘れずに。病人の近くに行くときは必ずね」


 母さんが頷く、わたしはレンに向く。


「僕は何をしたらいい?」


 レンが仲間外れになりたくない、と目で訴えてくる。ただ、病み上がりのレンに病人の近くには行かせたくない。沢山動く仕事も任せられない。


「レンには、薬師様に見せる報告書を作ってほしいの」


「ホウコクショ?」


 そうだ。あの時わたしの腹痛の記録を見て異常に反応したし、それが診察代に変わったくらいだから、今回の熱病を詳細に記録した内容なら、様子見しかできないと言われたところから何か変わるかもしれない。


 それに、今は相談役の家に逗留している。もしかすれば、かかる費用を相談役にも負担してもらえるかもしれない。村人がいなくなるのは相談役だって困るはずだ。


「昨日のレンの状態を、詳しく書いてほしいの。いつから始まって、どのくらいの症状で、何をしたか。いつも書いてくれてるみたいにね」


 レンが、分かった、と真剣な顔でうなずく。


「昨日のレンの様子を教えてやれるのは母さんかな」


 母さんが心配そうな顔をしながらもレンに詳細を話し始める。いつのことから、どの程度の症状で、どう対処したか。レンはそれを素早く書き留めていく。母さんの所感を余白に書き込むことも忘れない。


 わたしは二人の話を聞きながら、自分の頭でまとめていたことをゆっくりと文字に起こしていく。


 レンよりつたないけど、ゆっくりなら書けるようになってきたこちらの文字。


 レンとシウは発症してすぐに悪化したこと。わたしとロンはおそらく発症したけど軽症で済んだこと。そういえば、レンも最初に熱を出した際は軽症だった。


 清安院の子たちは——これはロンに聞かないと。それから、バル婆や母さん、シウの周りの家族がどうして発症していないのか。


 繋がりはあるのかないのか、全く分からない。でも、感じることを文字に起こしていく。そうしてあることに気づいてわたしは顔を上げる。


「レンの熱って、一日で終わったでしょ? それって、あんまり聞かない気がするんだけど」


「そうなのかな」


 レンが首を傾ける。あちらで知っている病気と照らし合わせてみても、一日で熱が出て一日で消える熱病なんて思い当たらない。こちらの世界の病気なのか、それとも何か別の理由があるのか。


 レンは黙って、考え込むように頬杖をついて記録を書いている。母さんとバル婆に聞いてみても、二人とも首を振った。






 そしてその日の夕方から、わたしたちは動き出した。


 わたしはロンに聞きたいことがあって、なるべく早く帰ると約束して清安院へ向かう。


「ロンはいる?」


 また門の前で遊んでいた、あの小さな子に話しかける。わたしにロンの居場所を教えてくれた子だ。


「中にいるよ」


 今回は森と言われなくてほっとした。中に入ろうとして、なんとなく、やめる。


「ロンを呼んでくれる?」


 ぱたぱたと軽い足音で中に入っていって、しばらくしてロンを引っ張ってきた。


「どうしたんだよ」


「お礼が言いたかったのと、聞きたいことがあって……」


「お礼?」


「昨日ね、うちに来てくれたでしょ。あの時、すごく大変だったんだけど、ロンが来てくれたからなんとかなったの。だから、そのお礼。……ありがとね」


 詳細は伏せて、伝えたいことだけ伝える。


「聞きたいことってのは?」


 少し照れているのか、ぶっきらぼうに返ってきた。わたしは、清安院で赤ん坊が亡くなったと聞いたこと、小さい子も風邪にかかってひどい状態だったというのは本当なのか、それからなぜ教えてくれなかったのかを聞いた。


「一人ちびが死んだよ。体が弱くてさ。前からよく熱を出してた。お前んとこのレンみたいに。他のちびも病気になったけど、でもそれをお前に言ってもなんにもならねえだろ?」


 気まずそうにわたしを見る。だから言わなかった。


「でももっと早くお前に言ってたら、死なずに済んだかもしれないってのは内緒な。ちびに申し訳ないからさ」


「そっか」


 ロンの顔を見る。わたしがもっと早く村の深刻さに気づいていたら——そこまで考えて、ロンだって同じ気持ちのはずなのに、責める言葉ひとつよこさない。


「そんだけ?」


 黙りこんだわたしに、ロンが聞いてくる。


 それだけじゃなかった。シウのこと、家族と話したこと、今日から動き出すこと。ロンにしてほしいこと。全部伝える。ロンは真剣な顔で黙って聞いている。


「ちびっ子の世話もあると思うから、できるときだけでいいの」


「わかった。やってやるから村に行ったときはお礼として食いもんを用意しておけよ?」


 またお礼を言った。食べ物でいいならたっぷり用意するよ、と請け負う。


「言葉はいらないから今度からは食べ物を持ってこいよな!」


 ぶっきらぼうに言われた。そして、真剣な顔に再びなって言った。


「シウは、よくなるよな?」


「当たり前でしょ?」


 約束の意味を込めて左手を差し出す。わたしは絶対に治すと決めている。ロンも黙って左手を重ねる。


 清安院を後にすると、小さな子が、何の約束したの?、と追いかけてきた。






 家に帰ると外からいい匂いがした。今日は松香芝がメインみたい。クスっと笑って靴の泥を払い、ただいまを言いながら中に入る。前までは考えられなかった食材の顔ぶれだ。


 手を洗って鍋を覗くと、わたしが教えた出汁の取り方でとった松香芝の出汁と、出汁を取り終えた松香芝で作ったおかゆ。


 松香芝……父さんも食べたいだろうな。


「テン!早く来て!」


 前まではくさいと文句を言っていたレンが、今は待ちきれない顔で手を振っている。母さんも急かす。


「あんたが遅いから先に食べちゃおうかと思ったわよ」


 謝ってすぐに食卓に移動して、みんなでおかゆを食べる。


「出汁は何に使うの」


「お前に聞こうと思ってたんだよ。……何がいいと思う」


 こちらの出汁はなんというか、全部濃い。魚や肉の濃い出汁と違って、キノコの薄い出汁なら色々使えるかもしれない。考えておく、と言って、今日の出来事をみんなと話し合う。


「お母さんと大体の家を回り終えたわ」


 小さい村だから二時間もあれば全部回れるだろう。でも母さんの少し渋い表情に、どういう反応だったかなんとなく想像ができた。


 レンも報告書を持ってきて見せてくれる。おかゆで汚さないように気を付けながらゆっくり読む。


「ここの、……いつもと違うっていうのは、どういうこと?」


 レンの所見に、いつもの熱と違う、とあった。


「言葉にはしにくいんだけど。……いつもは熱が出るときって、なにかわかるんだよね。あ、熱が出るな、って」


 熱をしょっちゅう出している人間じゃないと気づかない点かもしれない。


「えっと、寒くてブルってしたり、体がだるかったり、喉がつらかったりとか。いつもはそういうのが先にあるの。でも、今回の熱は急に来て、急に消えた。……そんな感じかな」


 わたしが昼に感じた違和感と、同じことにレンも注目したみたいだ。やっぱり一日で終わる、というのはあまりないみたい。


「薬師様に聞いてみる?」


 レンが言って、それがいい、ということになった。


 そういえば、薬師様から季節が巡る前に来いと言われていたけど、前回の診察以降、お腹の違和感がない。


 良いことなのだろうが、なんとなく不安になる。霊門があると言われた場所をなでてみたけど、そこに何かがある気配は、何も感じられなかった



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