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熱病

 


 父さんと母さんの寝室で、わたしは目が覚めた。夜明けまでバル婆と母さんと共にレンの看病をしていたことまでは覚えている。明け方にレンの熱が引いて、そのあとの記憶があいまいだ。


 わたしたちの寝室に戻ると、レンは静かに寝息をたてて眠っている。窓も少し開いていて、火鉢の上には鍋が乗っているから空気も乾燥していない。


 近くに行って寝息に耳を近づける。穏やかな呼吸音を聞いてほっとした。


「もう起きるのかい?……今日はゆっくりしてな」


 居間に戻ってお湯を飲もうとすると、バル婆が珍しく優しい言葉をかけてくる。


 でも、今日はやることがある。

 昨日やっと見えてきたことをシウの家族に伝えないとならないのだ。伝わるまで言葉をかけるつもりだ。

 それには、意識を変えてくれた母さんの言葉があると助かる。そう思って母さんを探すけど見当たらない。バル婆に居場所を聞くと、ショウのところだろう、と言われた。


 おばさんのところ。

 バル婆に、何か食べていきな、と言われた。けれど、いいの、と言って家を出る。早くシウに知らせたい。美味しいご飯を食べるためには、まず心配事をひとつ取り除かないと。そしたら戻ってきて、昨日の夜と今朝と今日の昼の三食分をまとめた大量の山菜がゆをバル婆に作ってもらうんだ。






 わたしはシウの家に向かう。ノックをしかけて、こぶしがドアの寸前で止まる。


 母さんとショウおばさんの声が聞こえる。


 言い合っている?耳を澄ませるとすぐに声が止んで、ドアが開く。わっと言って、シウの家の玄関に転がってしまった。母さんはわたしを見て目を丸くした。でもすぐに視線をおばさんに向けてするどく言い放つ。


「よく考えて……後悔するわよ!」


 母さんは何も反応のないショウおばさんを、悔しそうに睨んでいたけど、わたしを立たせて、帰るわよ、と言って引きずっていく。


「わたし、おばさんに話が――」


「分かってる。でも今はダメ。帰ってから話すわ」


 とりあえずうなずいて、またうちに戻ることにした。






 うちに帰るなり、母さんが言った。


「ショウに……レンが熱病になったけど回復したことを伝えたの。テンに言われた色んなことと一緒にね。……ダメだった。もう、半狂乱になってて、聞く耳をもってもらえなかったわ」


 熱病。


 風邪、と言っていたときとは違う重さが、その言葉にはある。——熱が人を殺す病だ。


 さっきのショウおばさんの顔を思い出す。かなり痩せていて、病人みたいだった。昨日の母さんの状態がしばらく続いていると思えば、シウも心配だが、その周りの人間の消耗もただごとじゃない。


「シウの様子はどうだった?」


 母さんは何か言いかけて、首を振った。


「会わせてもらえなかった」


 そんな……。


 早ければ早いほどいいのに、それを拒否されたら、どうしたらいいのか。もっと早く気づいて動いていたら。やっと治す方法を見つけたと思ったのに。


 黙ったまま母さんと向かい合っているところに、レンとバル婆が来た。お昼の時間らしい。母さんが顔を上げて、貼り付けたような笑顔を作る。


「……レンはもう大丈夫ね?」


 うん、と言ってレンは食卓につく。バル婆はおかゆの準備を始めている。手伝うと言って、台所でバル婆の隣に立ち、わたしは食材を切り始める。おかゆを一緒に作りながら、バル婆が言う。


「……シウは、よくないみたいだね」


「さっき、母さんがショウおばさんに、レンが治ったことと、わたしのやり方で治ったことを伝えてくれたんだけど。……聞いてもらえなかったみたい」


 どうしたらシウがよくなるか、ぐるぐると考える。体力はかなり落ちているはずで、早く動かないといけない。でも結局、壁は同じところにある。ショウおばさんの許可が必要なのだ。どんなに確かな方法を持っていても、親が首を縦に振らなければ何もできない。無理やり連れ出すことなんてできるはずがないし、そもそもどうやって運ぶかも思いつかない。


 ……ロンだったら運び出すのを手伝ってくれるかな。おかゆを食卓に持っていきながら、バル婆がぽつりと言った。


「良くなってくれると良いけどね……」


 わたしはみんなに意見を聞くことにした。


「……ねえ、もしレンがあのまま回復しないで、大変なことになっていたとして。……誰か助けてくれる人がレンを治そうって言ってきたら、みんなはどう思う?」


 レンと母さんが嫌そうな顔でわたしを睨む。


「わたしなら、絶対に治るって保証がない限り頼まないわね」


「僕も、知らない人にはお願いしたくないかなあ」


 レンも自分に置き換えて考えたことを教えてくれる。


「バル婆はどう思う?」


「……ショウは納得しないだろうね」


 聞いた意図を察されて、やっぱりそうだよね、とうなずいた。


「母さん……」


「なに?」


「どうして昨日、急にわたしの言うことを……信じてくれる気になったの」


 母さんはおかゆに少しだけシンズをかけて、考え込むように上を見る。


「清安院でね……赤ん坊が亡くなったの。――ロンから聞いたでしょ?」


 首を振った。知らない。


「あそこは良い環境とは言えないでしょ?だから、今回の熱病が流行ったとき、真っ先にだめになるって、実は思ってた。子供が亡くなったって聞いたとき……こんなこと言ったらダメなんだけど、少しだけ、やっぱりって思ったの」


 母さんはおかゆを混ぜながら続ける。


「ロンもそうだったと思うんだけど、小さい子がみんなひどい風邪になったって聞いたわ。村のはずれだから、薬師様も祈祷師様も行くことはないでしょ?だから……ひどいことになってるんじゃないかって思ってた」


 わたしは全然知らなかった。なんでロンは全然教えてくれなかったんだろう。母さんが噂で知っただけなのか、ロンが言い忘れただけなのかがわからない。


「心配だったのよ、本当に。ただ、わたしたちに何かできることは多くないでしょ。自分たちで手一杯だし、治ったって人もあまり聞かないから……かわいそうだと思うことしかできなかった」


 母さんはおかゆを混ぜる手を止めて、わたしを見た。


「……だから、ロンが昨日来たことにもびっくりしたし、それをテンが助けたって聞いて本当に驚いたわ」


「……それで、わたしの言うことを聞いてくれたの?」


 母さんはずっと混ぜていたおかゆを口に運びながらうなずく。


「……だからね、わたしもそれをショウに伝えたの。でもショウは清安院の子たちが病気になったことも知らなかったって言ってたわ。テンの方法も伝えたんだけど、聞こえてないみたいだった」


 本当に、どうしたらいいんだろう。母さんとおばさんは仲が良かったと思っていたのに……。


「みんなはどうしたら、ショウおばさんが気持ちを変えてくれると思う?」


 みんな、黙ったままおかゆを食べ終わった。考え込んでしまったみたいで食べ終わってからも答えを教えてくれる人はいなかった。わたしはロンに、シウを運び出すのを手伝ってもらうことを真剣に考えだしていた。






 母さんが器を洗いながら言う。


「噂を……流すのはどう?」


「噂?」


「そう。例えばわたしみたいに、清安院の子が治ったって聞いて、その方法を試す人はいると思うの。何もできないんだったら試してみよう、ってね。ただ、ショウは最近洗い場にも来ないから……どれだけ効果があるか分からないけど」


 噂か。確かに、ニュースなんてないけど、近所の情報が伝わるのは異常に早い。つい一昨日、祈祷師から言われたことが元になって村から疫病神みたいに扱われたわたしが言うんだから間違いない。でも肝心のショウおばさんが耳にしてくれないとどうしようもない。


「どうやって流すの?」


「動いてみるしかないね……」


 バル婆が自分で肩を揉みながら言った。


「もし噂を流すんなら、レンと清安院の子たちが治っただけじゃ足りないだろ? 村にはたくさん病人がいるんだ。みんな治せばさすがにショウの耳にも入るだろう」


 みんなを治す……。塩をまかれたことが一瞬頭をよぎる。でも、わたしは二人を見て口を開いた。


「みんな、手伝ってくれる?」



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