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レンの熱

 


 隣が、熱い。


 レンが熱を出してうなされていた。レンの体が熱を放っていて、もう秋なのに暑くて起きてしまった。


 最近は軽い症状の時が多いから今回もすぐに引くはずだけど……。額に触れると、平熱より少し高いくらいに感じて、しっかりと布団をかけ直してあげた。






 台所からことことと、小さな音がする。鍋から湯気がもうもうと立ち上がって、苦い匂いが部屋全体に広がっている。


 母さんが木匙でゆっくり鍋の中を混ぜていた。クルミ色の髪が蒸気で少し湿っていつもより広がって見える。額に汗がにじんでいる。

 おはよう、と呼んでも、返事がない。もう一度。


「母さん!」


「ああ……テン! 驚かせるのはやめて!」


 やっと顔を上げてくれた。わたしは手伝おうかと声をかける。


「大丈夫。わたしがやるから、テンはご飯をたべちゃいなさい」


 隣で朝食の支度をしながら、母さんの手元を横目で見る。削った樹皮。乾かした葉。細かく砕いた実。ひとつひとつを、慣れた手つきで鍋に加えていく。


 解熱に発汗促進——そして咳を和らげるもの。図鑑でみた薬草のいくつかとよく似ている。

 ただ、今作っているこれは、母さんやバル婆がよく熱を出していたレン用に調整しているものみたいだ。わたしはできあがった鍋を脇に寄せる。


「母さん、おかゆここに置いておくから……レンと母さんの分ね」


「ありがとう」


 母さんはちらりとこちらを見て、すぐに鍋に戻る。


 久しぶりに朝食を一人で食べる。


 バル婆は畑。母さんはレンの看病。静かな食卓。誰とも話していないと、昨日の声が頭の中に戻ってくる。


 "この村に邪な気が入り込んでいる"


 "儀式を乱す者がいたために、病の気を封じることができなかった"


 邪なのは誰だ。……邪魔をしなかったせいで、シウや村がこんなに弱っているんじゃないのか。あの時無理やりにでも儀式をやめさせていたら——。


 おかゆをひと匙すくって、口に運ぶ。食べながらため息が出たのは、前の世界でも病院のベッドの上でしかなかった気がする。


 昨日の村人の視線が、まだ体に張り付いている。チラチラと向けられては逸らされる、あの目。


 ショウおばさんが、遠くからこちらを見ていた。近づいてくるわけでも、声をかけてくるわけでもない。頭を無理やり振った。


 ——考え込んでいる場合じゃない。


 おかゆの最後のひと匙を口に押し込んで、立ち上がる。お椀を片付けて、手を洗った。

 

 昨日の村のひとの視線を思い出して、わたしは戸口で立ち止まる。


「家を回るって決めたでしょ」


 わたしは自分の頬を軽くはたいて歩き出す。





 シウの家は、何度お願いしても駄目だった。扉越しに声をかけても、返事がない。だから諦めて、そのお隣から始めることにした。


「また来たのかい」


 いつも、また来たのかい、そう言って苦笑するおばさんの家。今日も言いながら出てきてくれる。換気と手洗いを続けてくれている数少ない家の一つだ。今日もお願いしようと口を開くと——帰っとくれ、と言われた。 思わず聞き返してしまう。


「……え」


「帰ってくれって言ったんだよ」


 扉が閉まった。しばらく、その扉の前に立ったまま動けなかった。


 気持ちを切り替えて、次の家。次も、その次も、あからさまに顔をしかめられた。玄関先まで話を聞いてくれていた人が、今日は出てもこない。しまいには足元に塩をまかれた。とっさには意味が分からなくて、閉められた扉と、まかれた塩を見つめてしまった。


 とぼとぼと引き上げる道で、肥料運びのおじさんと鉢合わせる。


「……干したジュージィ、もう食べた?」


 確か奥さんが干してくれてるって言っていた。それなのに、あいまいな顔でそそくさと行ってしまった。つい最近まで、まあ損はないか、と言って色々話を聞いてくれていた人だった。


 お昼ごろ家に戻って、バル婆にそのことを話す。バル婆は縫物の手を止めて言った。


「わかってただろう……余計なことだって言ったはずだよ」


 言い返せなかった。


 そのまま家に居づらくなって、また外に出る。行くあてもない。ただ、歩いてるだけで村人の視線を感じるような気がする。なるべく人の少ない道を選んでうつむいたままぶらぶら歩いていたら、気づくと見慣れない景色にたどり着いた。


 清安院。


 三十分も、道も見ずに歩いて来てしまったらしい。清安院、という、名前だけは一人前に立派だけど、古びた民家を無理やり大きくしたような建物。


 壁のところどころが剥がれていて、屋根の端が苔で緑になっている。


 村はずれにあるこの建物から、このままうちに戻るのももったいない気がした。ロンに声をかけていくことにする。建物の外で走り回っている子を捕まえた。レンと同じか少し小さいくらいの男の子だ。


「ロンはいる?」


「知らねえ!」


 元気よく答えて、そのまま走っていってしまった。聞く子を間違えたらしい。


「……ロン兄を探してるの?」


 振り向くと、さっきの子よりうんと小さい子が立っていた。じっとこちらを見上げている。


「そうなの。どこに行ったか分かる?」


「森に行くって今出てったよ」


 入れ違いか。まだ昼だから追いかけることもできるけど、どうしようか。小さい子の頭を一度なでて、ありがと、と言ってから清安院を後にした。


 歩きながら、考える。


 そういえば、院の子たちは風邪をひいていないのかな。さっきの二人も、外で元気よく走り回っていた。清潔とは言い難い建物なのに。


 ……村から離れているから?


 遠回りの道を選びながらまた帰る。人の少ない道。視線が来なさそうな道。夕方に差し掛かった頃、ようやく家が見えてきた。






 居間にはバル婆も母さんもいない。手を洗って、レンの様子を見に行く。


 寝室の扉に手をかけて、扉を開ける。その途端、ブワッと熱気が顔に当たった。


「ただいま――」


「レンがこんなときに、一体どこに行ってたの?」


 母さんの視線が飛んでくる。半渇きの布をぐいと押しつけられた。怒っている。


「ほんとに。……母さんは薬を煎じてくるから、おとなしくレンを見ててちょうだい」


 そのまま台所へ行ってしまった。あっけにとられたまま、わたしは部屋を見回す。


 窓は全部閉まっているし、火鉢には炭がたっぷりある。レンのすぐそばに置かれている。そして半渇きの布——健常者でもこの環境に長時間いたら病気になりそうなほど異常に乾燥していて暑い。


 ……信じられない。


 まず窓を全開にした。外の空気が一気に流れ込んでくる。それから火鉢を部屋の端へ動かす。


「レン」


 声をかけながら近づく。布団の中でレンが浅い呼吸をしている。喉がヒューヒューと鳴っているけど、眠っているように見える。


 額に手を当てると怖いくらいに熱い。まずい。思ったよりずっと大変な状況かもしれない。窓を開けたままにして、すぐに台所に行く。


「テン! レンを見ててって言ったじゃないの!」


「布が乾いていたから濡らしにきたの」


 なるべく静かに伝える。母さんを今刺激しても何もいいことはないから。布を水に浸して素早く絞りながら、湯呑に水をくむ。それだけ済ませてすぐにレンのもとに戻った。


 寝室に戻ると、すぐに近くに腰かけて呼吸から確かめる。浅くないか。吸うとき、喉が鳴っていないか。胸と肋骨の動きが大きすぎないか。——ヒューヒューという音が続いているのが気になる。


 レン、と声をかけると目が薄く開いた。意識は、ある。


 手足の先を触れる。皮膚をつまんで、離す。戻りが遅い。指が震えて指先に力が入る。


 脱水症状……。


 水を匙ですくって、少しずつ口元に運んであげる。一気に飲ませたらダメ。少量ずつ。吐いても少し待ってからまた飲ませる。呼びかけるたびに目が開くから、意識は保てている。


 窓を全開にしてすこし経って、部屋がようやく人が住める温度に戻ってきた。全開だった窓を少しだけ閉めてほんの少し開けた状態にする。


 そこで、レンの着ているものと異常な布団の厚みに気がついた。


 真冬用の上着、重たい布団……。おそらく母さんたちのものまで重ねてある。


 こんなの熱がこもって呼吸が苦しくなるだけだ。


「レン、服、着替えさせるよ?」


 わたしは小さく言って、肩をポンと叩いた。レンはうすく目を開けたまま、かすかに頷いた。脱がせようとして、また気づく。


 上着と布団が、汗でびっしょりだ。


 このままにしておくと今度は冷える。暑すぎるのも駄目だが、冷えるのも当然駄目。……母さん、善意が全部裏返しになっちゃってる。


 レン自体は軽い。でもいかんせん自分の力が足りなくて、着替えさせるだけで一苦労だ。上着に腕を通そうとするたびにレンの体がぐらぐらする。こっちの肩を支えて、あっちの袖を引いて、なんとかやっていた、その途中。


 レンが吐いた。


 薬臭い。さっき飲ませた水も出てきてしまった。レンは、ごめんなさい、と弱々しい声で謝ってくる。


「大丈夫大丈夫」


 自分に言っているのか、レンに言っているのか分からないままわたしは返事をした。新しい服に着せ替える前だったのは不幸中の幸いだと思う。汚れた服のまま、先ほど濡らした布で丁寧に拭いてやる。それから夏用の服を着せる。布団も夏用に替えて、母さんたちの部屋から替えを持ってくる。汚れた寝具と秋の上着はひとまとめにして外に出す。


 台所を通るとき、朝と同じ薬の匂いがしていた。母さんは鍋の前にいる。わたしが外に出るのも気づいていない。


 小川は家からすぐだ。洗濯に使う平たい石を引き寄せて、念入りに洗い始める。消毒してから洗いたいが、そんなものはここにはない。だからできる限り念入りに洗う。


 秋が深まった夜の川は冷たい。手がすぐに痛くなるけどでもそんなことが気にならないくらい、手を動かした。早く終わらせて戻らなければと思うけど、手が震えてうまく行かない。






 家の方からすごい音がした。今まで聞いたことのない音だった。喉が潰れるような、悲鳴。


 洗いかけの寝具を、また川から引き上げて、石の上に置く。そのまま走った。近所の人が数人、家の前に集まっているのが見える。その間をすり抜けて、家に飛び込んだ。


「母さん!」


 寝室に入った途端、母さんが床に座り込んで泣いていた。


 レンは——と駆け寄ろうとした瞬間、母さんの目がわたしを捉えた。わたしを見るなり、ぶつような仕草をする。でもすぐに、悔しそうに拳を握った。


「テン……なんでこんなことをしたの! 母さんがせっかく部屋を暖めて……しっかり服を着せて……薬を飲ませたのに! なんで、邪魔ばっかりするの!」


「母さん、あのね」


「テン! 口ごたえはやめて。どうしてこんなことをしたのか聞いているのよ!」


 言葉が詰まる。こんなこと、というのがなんなのか、分からない。


 レンが苦しそうだったから着替えさせて、部屋を換気した。汗を吸った布団と服が冷えたら逆効果になると思って、夏用のものでも二重にして温かくしたつもりだった。


「朝も、さっきも言ったでしょ? レンは熱を出しているの、熱を下げるために薬を飲ませて部屋の温度を上げたのに、なんで窓を開けたりしたの!?」


 母さんは言いながら、少し開けておいた窓と、寝室の扉をまた完全に閉めた。


 わたしは目をぎゅっと閉じた。常識が……違いすぎる。


「レンは熱を下げるために頑張っているし、母さんも必死よ。バル婆も薬師様に薬をもらいに行ったわ。それなのにあんただけどうして邪魔をするの!」


 喉が詰まって、声が出なかった。邪魔したかったわけじゃない。わたしも必死だった。


「それに、夕方にそんなに服を濡らして。……あんたまで風邪をひいたら母さんはどうしたらいいの!」


 川でレンの汚したものを洗っていたとは、言い出せなかった。今は母さんを落ち着かせることが先だ。


 レンがまた喉を鳴らす。細い肩がびくびくと揺れて、そのたびに掠れた音がする。


「大丈夫、大丈夫だからね」


 掠れた声で何度も言いながら、母さんはレンの胸をさする。それから煎じた薬を飲ませようとする。


「母さん……薬よりも、水の方が――」


「レンは薬を飲んで熱を下げる必要があるの! 薬をしっかり飲んで、そのあと汗をかくの。その前に水を飲ませたら薬の効果が薄くなるでしょ」


 諭すように母さんはわたしに言った。


「でも――」


「母さんも、バル婆も、今までそうやってレンを見てきたの。テン……急にお姉ちゃんの責任を持つようになったのは良いけど、今はやめて」


 高温にして発汗を促す。体温が一時的に下がる。それは分かるけど——発汗で下がった体温は、風邪に体が打ち勝ったわけじゃない。


 今のレンは体温が異常に高くて、脱水を起こしている。水を飲ませて回復させなければならないのに、母さんの常識とわたしの常識がかみ合わない。


 必死になんて伝えようか考えていたら、母さんが言った。


「だめだったじゃないの……あんたが見てたシウは……」


「シウ――?」


「テンはこそこそやってたみたいだけどシウの風邪は治せなかったでしょ。だから今度は母さんが頑張るわ」


 ――足の先から力が抜けた。そして喉がぎゅっと閉じられる。


 ……シウの家でも、この状態だったのではないか?


 毎日薬を飲まされて、無理やり発汗させられる。体力が低下して、衰弱する。それでもやめない。だからどんどん悪くなっていった?


 ずっと近くにいた。レンが何度も熱を出すのを見ていた。シウのことだって、とっくに気づけたはずだった。なのに——わたしはなにも見えていなかった。やっと気づいた自分に呆れながら、精一杯落ち着いて母さんに伝える。






「母さん……暑すぎると逆に体が疲れちゃって、風邪にはよくないんだって――」


「馬鹿なこと言わないで」


「汗が出たらちゃんと水を飲ませてあげないと――」


「テン……もうやめて」


「母さん――」


「お願いだから! もうなにも言わないで!」

 レンの額の汗を自分の袖でぬぐいながら、母さんが絶叫した。






 椅子と扉につかまりながら、外に出た。何かにつかまっていないと足元から崩れそうだったから。


 洗濯をしたままだったのを忘れていた。近所の人に何か言われたけど、首を振って小川に戻る。


 布団と服を乾かさないと。


 水滴が目からこぼれて、小川に混じっていった。強く布を絞っているとき、テン、と後ろから名前を呼ばれた。


「こんな時間になんで洗濯?」


 暗い緑の髪が夕暮れの中でぼんやりしている。ロンが後ろに立っていた。

 わたしは急いで目をぬぐって、同じ質問を返した。


「ロンこそどうしたの、こんな時間に」


「さっき森から帰ったら、お前が清安院に来ておれを探してたってチビに言われたから来たんだけど……」


 忘れていた。


「散歩のついでに寄っただけで、用はなかったんだ……ごめん」


「なんだそれ」


 ロンはあまりがっかりした様子もなく、じゃあな、とだけ言って背を向けた。わたしはその後ろ姿に声をかける。


「あのね……レンが熱を出したんだけど、母さんが薬草を煎じたの。……清安院の子で風邪になっている子がいたら、少し持っていく?」


「……助かる、ありがとう」


 お礼を言いたいのはこっちだった。ロンと一緒に家に戻って、母さんに声をかける。


「清安院でも風邪の子がいるみたいで……薬を少しわけてもいい?」


 母さんはさっきより少しだけ落ち着いたみたいで、何度か頷いた。話しかけた瞬間、袖で目をぬぐっているのが見えた。薬草の材料は森から採ってきたものだから、惜しむようなものじゃない。


「ロン……ご飯まだでしょ? 冷めちゃってるけどおかゆがあるの。テンが温めるから食べていくといいわ」


 母さんが鼻をすすりながら、ロンに夕飯をすすめた。


「いただきます!」


 母さんは——食べないでずっと看病をしていたんだと、気づいた。言わなきゃ……。


「母さん――」


「食欲がなかったの」


 謝ろうとしたら、母さんに言葉を遮られて、そのままレンのところに行ってしまった。寝室の扉が閉まった後、ロンが小声で話しかけてきた。


「おばさんと喧嘩した?」


「……うん。ちょっとね」


 母さんになんて言えば伝わるだろう。あちらの世界のことを話してもいいけど、バル婆と母さんは違う。ロンがおかゆを食べるのを見ながら、全然別の事を考えていたらロンが口を開いた。


「そういえば、院のチビ達」


「うん……」


「……熱出して看病してたんだけど、やっとなおった。お前が教えてくれたとおり、水をしっかり飲ませて、冷えないようにして、で、窓を少し開けてって、やってたらいつのまにか治ってた」


 そういえば、ロンが風邪を引いたときに対処を教えたのだった。院の小さい子たちにもうつっていたのか。


「そう、だったんだ……もしまた熱が出たり、風邪の症状が出たら教えて。なるべく手伝うから」


「変なの」


 なんだろう。変なことを言ったつもりは特にないけど。 ロンがわたしの顔をまじまじと見る。おかゆを食べるのを見ながら、どうやって母さんに伝えるか考えていたら、ロンはすぐに食べ終わってそのままさよならを言ってしまった。わたしはロンが帰ったことを母さんに伝えに行く。


「母さん……ロンが帰ったよ。薬草ありがとうだって」


 本当に伝えたい言葉じゃなかった。母さんは、そう、とだけ言ってしばらく布を握りしめていた。わたしはなんとなくその場を動けなくて母さんを見つめていた。母さんが口を開く。


「……さっき、聞こえたわ。……清安院の子たち、よくなったのね」


 聞こえていたんだ、とわたしはうなずく。母さんはじっとして、布を握りしめたままやっぱり動かない。






 しばらく、見つめ合って母さんが言った。震えた声は小さかったけどよく聞こえた。


「……試してみる? ……テンのやり方」






「まずは、なるべく薬じゃなくて水を飲ませて」


「温度は?」


「湯冷ましがあればいいと思う」


「わかったわ」


「あと、部屋は閉め切らないで。暖かいことは大事だけど、少し窓かドアを開けて空気を巡らせるの」


 眉間にしわをよせながら少し時間をおいて母さんがうなずいてくれる。


「そういえば、バル婆はいつ薬師様のところに行ったの?」


「しばらく前だわ。今は村に逗留してるからすぐ来てくれると思ったんだけど、他の家も回っているから……」


 他の家。……お金のある家だろう。そう言いそうになってやめた。


「まずレンに少しずつでいいからすぐにお湯か湯冷しを飲ませて」


 母さんがすぐに窓を少し開けながら、わかった、と返事をして台所にいった。






 そこからは二人とも必死だった。


 レンに、少し飲ませては吐く。飲ませては咳き込む。衰弱した弟はなかなか水を受け付けなかった。

 それを繰り返しながら、少しずつ飲めるようになっていく。服は替えがないと思っていたら、母さんがすぐに近所に借りに行った。


 何度も汗を吸った服を取り替えて、水を飲ませて——脱水からなんとか抜け出したのは深夜を回った頃だった。






 母さんと交代しながら看病しているところに、バル婆が帰ってきた。しかめっ面だ。


「まだ起きてたのかい……」


「レンの薬はもらえた?」


 わたしは答えを分かっていたけど一応聞いた。バル婆が首を振る。


「薬は用意できないらしい……様子見だとさ」


 また、様子見……。何のための薬師様なのだろう。


「お母さん……ありがとうございました。こんなに遅くまで」


 母さんがバル婆にお湯を渡した。バル婆はお湯を受け取って寝室に目を向ける。


「レンは?」


「やっと、熱が落ち着いてきました」


 母さんはそのあと何も言わなかったけど、わたしの頭をぐしゃっとなでた。


 その後は、明るくなるまでバル婆と母さんと交代でレンを看病した。



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