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先生、その質問は診察に必要ですか?vol1

 


 いつもより早く目が覚めた。


 二度寝する気も起きなくて、目だけ開けて天井が明るくなるのを見つめる。ふと隣を見ると、レンとばっちり目が合った。「早く起きちゃったね」「うん」


 バル婆は今日、診察についてきてくれる。畑には行かない。みんなで朝食を食べられるから、少し早起きして作り始めることにした。


 台所に立ちながら、最近の朝食の形を思う。こちらの世界はもともとおかずと主食だけの一汁一菜だった。でもレンの食事を整えていくうちに、自然とご飯に汁物一品、主菜一品に副菜二品を添える形になっていた。炭水化物、タンパク質、ビタミン——バランスよく摂れる。毎食というわけじゃないけど、昼や夜にみんなで食べるときはこの形が増えてきた。


 鍋に火をかける。今日は診察がある。


 時間があるから、副菜を増やすことにしよう。


 納豆——涼しくなってきたから、そろそろ作れなくなるだろうな。庭でとれたヨモギに似た香草と、野蒜に似た野菜をゆでて塩もみして、オリブ油をかける。簡単なサラダもどきだ。汁物とご飯は食べる少し前に火をかければいい。


「全部終わっちゃったね」レンが手を拭きながら言う。早起きした上に手伝ってもらったから、あっという間に支度が終わってしまった。朝ごはんまでまだ時間がある。


「魚、捕まえに行ってみる?」


 レンはずっと体が弱かったから、一緒に外で遊んだことがあまりない。この間ジウと川に行くと聞いたとき、少し驚いたくらいだ。捕れなくても構わない。軽い気持ちで誘ってみた。


「うーん」レンは少し困った顔になる。「どうしたの」


「今から川に行って、しばらく動いたら、たぶん森には行けると思うけど……帰りはバル婆のおんぶにお世話になりそうだから、やめておく」


 今日の先のことまで、ちゃんと考えている。もし自分がレンの立場で誘われたら、魚が捕れたらおかずが増えるとしか考えなかっただろう。「……そうだよね」


 レンの方が大人だな、と思った。


「そうしたら、持っていく紙をもう一回見直そうか」「それがいいと思う」今度はレンもすんなり頷いた。


 二人で並んで、発病からの記録と臨床試験ノートを広げる。昨日も確認したけど、もう一度。間違いがないか、順番が分かりやすいか、ゆっくり見ていく。


「あれ……あのくさい薬の材料と作り方をまとめた紙がない!」レンが慌てて棚に戻ろうとする。「いいの!」


 引き止めて、笑って言う。我ながら底意地の悪い笑顔になっていると思う。


「いいの?」「うん、持って行かないことにした」


 しっかり考えて出した結論だ。


 手術はまだ先だろう。今の時点で材料と作り方を全部渡してしまったら、実際の手術のときにさらに要求されるかもしれない。最悪、情報だけ取られて手術をしてもらえない、ということもある。と思う。


 だから決めた。丸薬は今回は参考として見せるだけ。臨床結果のノートは渡す——あちらの世界のカルテを思い出しながら書いたから、情報として理解はできるはずだ。材料と作り方と、一番大事な部分は今回は持って行かない。実際に手術をするとき、その代金として渡す。


 もし今回の交渉が失敗しても、バル婆の銀片十枚がある。相談料だけは払える。ただ、なるべく手を付けたくない。


「手術のときに代金として渡すつもりだから、今回は持って行かないって決めたの」


 レンは目を丸くしていたけど、すぐに「そうしたほうがいいのかもね」と頷いた。正露丸を作るとき、しっかり伝えておいたことを思い出してくれたらしい。


 ——これは誰にも言ったらだめ。作り方もその他の記録も、漏らしたら私が助からないかもしれない。


 少し脅すような言い方で、いい気分ではなかった。でも理由はもう一つある。知らない薬を外に広めて、もし誰かに健康被害が出たとき、レンが責任を感じるだろう。それを避けたかった。


「二人とも、朝ごはんにするよ。もうシウが来てるから早く来な」


 書類の確認に、思ったより時間を使っていたらしい。持っていくものを丁寧に袋に詰めて、食卓に向かう。


「おはようシウ」


 シウはすでに腕をついて、副菜として並べておいたサラダもどきをつまんでいた。バル婆が食べていいと言ったんだろう。この世界では野菜に油をかけることは一般的じゃないから、手を出すのを躊躇しそうなものだけど。


「ただの野菜よりおいしいねえ」言いながら、どんどん葉っぱを減らしていく。「野菜をゆでて塩もみして、オリブ油をかけてみたの。おいしいでしょ?」


「今日はバル婆も一緒なんだね」バル婆は手早くご飯と汁物を食卓に置きながら、自分用のシンズをすりつぶしている。「そうだよ、寒くなってきたから薬師様のところで腰の薬をもらってくるのさ」


 シウと両親にはまだ霊門の病気のことを伝えていない。親友だから、一度話したら全部話してしまいそうで。それに、心配させたくない。父さんと母さんにはお金の話が出た時点で言わなければと思っていたけど、ただでさえ出稼ぎで必死に働いているのに、とても話せなかった。バル婆も渋々同意してくれた。


 バル婆がどうして銀片十枚も用意できたのかは疑問だけど、この世界でも老後のための蓄えは必要なんだろうな、と思って深くは聞かなかった。


「そうだったんだ、テンも一緒に行くの?」「うん、レンも最近元気になってきたから散歩がてら一緒に」シウは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐににっこり微笑んで「気を付けて行ってくるんだよ」とレンの頭をなでた。レンはすごく気まずそうな顔をしながら頷いた。


 バル婆がシンズをすり終えて、みんなで食卓を囲む。


 納豆タイムだ。


 箸で混ぜながら、シウにそろそろ納豆が作れなくなることを伝えた。「えぇ」言葉にならないような声を出される。慌てて続ける。「暑い時期にしか作れないから、また夏になったら毎日作ってあげる」「約束だよ!」


 シウがふくれっ面をしながら左の手のひらを差し出してきた。この世界での指切りだ。互いの左手を重ね合わせて、守ることを誓う。「絶対守ってね!」必死な感じが面白くて笑いながら左手を出して重ねた。


 ついでにバル婆とレンにも同じく約束させられてしまった。


 納豆がこんなに人気になるとはねえ。




 食事を終えて、シウとさよならした。


 見送りながらバル婆が「あったかくして寝るんだよ」とシウに言った。食事中に少しせき込んでいたのが気になったのだろう。薬もろくにないこの世界では、風邪一つとっても油断できない。寒くなってきたから気をつけないと、と考えていたら「あんたたちもだよ」とバル婆に釘を刺された。


 レンは軽い風邪から肺炎のようなひどい症状につながることが今まであった。特に注意が必要なのだ。


「さてと……お前たちは薬師様のとこに行く準備はできたかい?」バル婆が荷物をまとめながらこちらを見る。頷く。「渡した銀片は持ったかい?」銀色の塊が入った袋を揺らすと、チャリンチャリンと音がした。「レンは……どうしてもいくのかい?」


「いく!良いってテンも言ってた」バル婆に軽くにらまれてため息をつかれた。断れなかったんだよー、とすっと目をそらす。


「体調が悪くなったら、すぐ言うこと。いいね?」


 レンはにこにこしながら「分かった!」と言った。




 道中、バル婆にお金の算段があることを伝えた。「二人でこそこそ何かしてると思っていたよ」やっぱりばれていた。「子供は金の心配はしなくていい、って言ってやりたいところだけど、うちは貧乏だからね……やるだけやってみたらいいよ」


 バル婆って不思議だ。子供だからって流したり、真剣に取り合わなかったりすることが、ほとんどない。私の夢の話しかり、納豆しかり、今回しかり。諦めの境地もあるかもしれないけれど、否定しないでいてくれる。


 そんなことを考えながら、レンの歩幅に合わせてゆっくり歩く。


 レンは森の奥を見るのが初めてらしく、所々で立ち止まっては見たことない木や草を指さしている。バル婆が並んで歩きながら、一つひとつ答えていた。


 レンは読み書きはよくできる。でも私たちが小さい時から当たり前に学んできたこと——森の中で食べていい木の実はどれか、触ってはならない草はどれか、ぬかるみに足を取られないようにするにはどうするか——そういう知識が全くないことに気づいた。


 少しだけ、胸の奥がきゅっとなった。




 薬師様の小屋にたどり着いた。


 前回は扉が開いていたけど、今回は閉まっていた。バル婆が軽くたたいて呼びかけると、すぐに中から「入れ」と返事があった。


 レンはそれほど疲れていないようだったけど、森の中で見せていた笑顔が消えている。緊張しているらしい。笑いかけると、少しだけ笑顔が戻った。


 扉を開けると、前回よりずいぶん整理されていた。いや、ものがごっそりなくなっている。薬棚に薬草や液体の瓶が所狭しと並んでいるのは相変わらずで、薬草と発酵したような匂いと土の匂いが混ざっているのも変わらない。でも床にあった書類や道具、本棚の本が、どこかに消えていた。白い髭の老人は妙に姿勢よくその部屋の中にある椅子に座っている。片付けられちゃったのかな。


 字を覚えてから少し……いや、かなり興味があったのに。残念だ。


「こんにちは」前回と同じように丁寧なお辞儀をする。私学で最初に教わる礼儀だ。レンは私学に行っていないから、読み書きはできるし情報として礼儀も知っているけど、実際にする機会がない。隣で一緒にするのが、少しぎこちない。


「座れ」椅子は三つしかない。「お前たちが座りな」バル婆は入り口に立って壁に体重をかけた。レンのために椅子を引いて、座らせる。薬師様と向き合う。落ち着かなくて、机の装飾をじっと見ているふりをした。妙に豪華だ。


「それで?」それで、とは。「……腹の具合はどうなった?」最初からそう聞いてよ。あちらの世界でもたまにいた、高圧的な問診をする医師を思い出す。「そんなに痛むことはなかったけど、変な感じ」


「変な感じとは?」「お腹の中がぞわぞわして寝れないとか、そんな感じ」痛みが強くなかった分、具体的に伝えるのが難しい。


「テン」レンが膝の上の袋を指さす。「紙、紙!」ああ、忘れていた。「このあいだ言われた記録を書いたの……レンが」袋から紙を取り出して差し出す。枚数は二枚だけど、レンが所見なんかも書き込んでいるから表裏びっしり埋まっている。


 薬師様はレンを奇妙な顔で見てから、紙を受け取った。


圧迫面接ならぬ薬師様の圧迫診察の始まりです。少し長くなりそうだったので次につなげます。

また、ブックマーク?してくださった方がいるようでとてもうれしいです。ありがとうございます!

引き続き書いていければと思います。


また、私学というのは、この世界でいう初等教育機関のようなところをイメージしています。近くの村から集まった子供たちを学のある大人が見守る中で遊びや生活の場を提供する施設です。で礼儀作法や基本文字なんかを教えます。

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