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朱文三十六枚

 お金を稼ぐ方法を、指折り数えてみた。


 労働。出稼ぎみたいに農作業を手伝う。今の時期なら穀物の収穫や野菜の管理があると思う。でも——11歳の子どもを雇ってくれるまともな勤め先があるとはとても思えない。却下。

 つぎに商業。なにか売り物があれば話は別だけど、元手がない。行商も同じだね。却下。

 次は学問。勉強して試験に合格して役人になる。これは時間がかかりすぎるしそもそも合格できるか分からない。そして霊門が破裂、というタイムリミットに間に合うかどうかも分からない。却下。


「……全部だめだ」声に出した瞬間、余計に疲れた。やるべきことは分かっている。薬師様への謝礼、銀片十枚。両親の半月分の稼ぎ。それに近い金額を、11歳の子どもが工面しなければならない。

 考えていても埒が明かないから。とりあえず、外に出た。


 「テン、どこ行くの?」振り向くと、シウが立っていた。「どこでもない」「そっか」それだけ言って、隣に並んで歩き始めた。


 並んで歩きながら、ふと聞いてみた。「ねえ、お金を稼ぐにはどうしたらいいと思う?」


 シウが首をかしげる。「お金?」「うん」「何に使うの」「えーと……いろいろ」「いろいろって何」「大人の事情」「わたしたちまだ子どもじゃん」


 それはそうなんだけど。


「シウはお金が欲しいって思ったことない?」「別に。欲しいものないし」「お菓子とか」「村に売ってないし」「娯楽とか」「何それ」


 ……そうだよね。この村に生まれてこの村で育ったシウには、お金の必要性自体がほとんどない。当たり前だ。


「でも」シウが続ける。「めんどくさい仕事を代わりにやったら、お小遣いもらったことはある」「めんどくさい仕事?」「うん。誰もやりたがらないやつ」


 めんどくさい。その言葉が、頭の中に引っかかった。


「誰もやりたがらない仕事、他にも知ってる?」「農家のおじさんが、今の時期に人手が足りないって言ってたかな」「どんな仕事?」「さあ。聞いてみたら?」


 農家のおじさんに聞いたら、即答だった。「あるにはあるけどな。給料は安いし、汚いぞ」「やります」


 聞いてから、とても後悔した。とても。

 糞小屋から畑まで、桶を担いで肥料という名前の排泄物と生ごみを運ぶ仕事だった。

 ——あの糞小屋から。桶で。担いで。思わず白目をむきかける。でも、

「……やります」言ってしまったからには仕方ない。


 朝から晩まで働いた。

 臭い。重い。遠い。この三拍子が揃った仕事を、黙々とこなす。途中、畑までの道すがらシウが通りかかって「テン何してるの」と目を丸くしていたけど、説明する元気もなかった。


 お願いされた畑の分だけ終えて、その日で辞めた。おじさんには粘られたけどとても、続けられない。労働に対して対価が低すぎる。

「お疲れさん」おじさんから手渡されたのは、朱文二枚だった。

 ……朱文、二枚。

 朝から晩まで働いて、たったの朱文二枚。銀片十枚まで、まだ九百九十八朱文ある。このペースで働いたら、一年半かかる計算だ。


「……無理だよ」

 帰り道、夕日を背に呟いた。体が重い。臭いが取れない気がする。川で念入りに洗ってきたのに。


 夜、布団に入っても頭が止まらなかった。

 朱文二枚を手の中で転がす。小さくて、軽い。これだけのために、一日使った。


 他に方法はないか。前の世界の記憶を手繰る。医学書の知識。衛生改善。薬草。料理。でも——それがお金になるのか。この村で、誰がお金を払うのか。




「……姉さん、起きてる?」

 暗闇の中で、レンの声がした。「……起きてる」「眠れないの?」「考え事してた」

 沈黙。レンが起き上がる気配がした。布団の下からごそごそと何かを探している音がする。


「これ」

 暗闇の中、袋が差し出された。受け取ると、少し重みがある。「なに?」「開けてみて」


 袋の口を開ける。指先に、硬い感触が当たる。朱文だ。それも、一枚や二枚じゃない。「……レン、これ」「数えてみて」


 暗闇の中で、一枚ずつ数える。十枚。二十枚。三十枚。「……三十六枚」「うん」


 三十六枚。朱文三十六枚は決して少なくない。「どうしたの、これ」「代筆と代読で稼いだ」「全部?」「全部」


 村には私を含めて文字をまともに読み書きできる人が少ない。両親やバル婆がレン頼み事をするのを見たことがあるし、小遣いを渡して頼み事をしてくる村の大人がいるのは知っていた。でも、こんなに貯めていたとは思っていなかった。


「……受け取れないよ」「なんで?」「レンが稼いだお金だから」「あげるって言ってるんだよ」「でも」


「姉さん」袋をわたしに押し付けてくる。「元気にしてくれたお礼」


 暗闇の中で、言葉が出てこない。一ヶ月前のことを思い出す。食事を変えて、少しずつ体調が良くなっていったレン。おかゆをおかわりした日のこと。


「……ありがとう」やっと、それだけ言えた。「うん」


 朱文三十六枚を、手の中で握る。まだまだ足りない。全然足りない。でも——。

目を閉じる。体の疲れが、一気に遠くなった気がした。


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