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治療ミスの濡れ衣で王立竜舎を追放された竜医ですが、国境の竜騎士団長が「竜たちが君を離さない」と溺愛してきます  作者: P__4


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第四話 飛べない英雄

王都の報せは、着任から三月が過ぎた頃、まとめてやって来た。


一通目は、団の情報将校が回してくれた王都の新聞だった。


『英雄グレアム卿、秋の軍事査閲で立ち往生。愛竜ヴェスタ、御前で騎乗を拒否』


査閲の朝、陛下と諸侯が居並ぶ前で、ヴェスタはエセルバートを乗せることを完全に拒んだのだという。首を振り、翼を畳み、地に伏せて、梃子でも動かない。代わりの竜を、と彼は叫んだらしいが、王立竜舎の竜は一頭も、彼に背中を許さなかった。


三十七頭、全頭が、である。


「……竜の間で、申し送りがあったんでしょうね」


「だろうな」と情報将校は笑った。「竜は嘘をつかないが、忘れもしない」


新聞の続報によれば、エセルバートは「竜が臆病風に吹かれた」と釈明したらしい。これに、戦場を知る古参の騎士たちが一斉に色をなした。竜の名誉は、騎士の名誉より重い。それが分からない時点で、彼の騎士人生は、もう詰んでいた。


二通目は、もっと深刻な報せだった。ヴェスタの容態悪化。


あの後も飛ばされ続けた翼膜が、査閲前の調整訓練でついに裂けかけ、飛行不能。王立竜舎の新任竜医は「原因不明」を繰り返すだけ。ヴェスタは食欲を落とし、房の隅から動かなくなった――。


読みながら、手が震えた。間に合ううちに診たい。翼膜は、時間との勝負なのだ。


「団長。私は」


「行きたいのだろう。分かっている」


ライナス団長は、既に地図を広げていた。


「ただ、今のあなたが王都に入るには、名目が要る。追放処分は生きているからな。……で、都合よく名目が来た」


三通目。王宮の封蝋の書状を、団長は卓に置いた。


『王立竜舎における竜の集団異常および軍用竜の管理体制について、国境竜騎士団に調査協力を命ずる。併せて、貴団所属の竜医の派遣を求める』


査閲の醜聞は、もはや一騎士の恥では済まなくなっていた。軍用竜が飛ばないのは国防問題である。陛下の命で査問委員会が立ち、真相究明が始まった。そして「竜に一番詳しい部隊」として、国境の第一竜騎士団に白羽の矢が立ったのだ。


「派遣する竜医は、あなたを指名する。主任だからな。……それと、これは調査資料だ。読んでおいてくれ」


渡された束を読んで、私は息を呑んだ。団の情報将校が三月かけて集めた、王立竜舎の記録の写し。その中に、私の「治療記録」の捏造文書と、握り潰されたはずの本物の診断書の写しがあった。


「これ、どうやって」


「厩番の一人が、握り潰される前の原本を写して隠し持っていた。あなたに世話になった、足の悪い老竜の係だそうだ。『フェアバンクス先生が竜を傷つけるはずがない』と、うちの調査員に泣きながら渡してきたと」


ジェムじいさんだ。私が古傷の湿布を毎朝替えていた、あの脚の悪い老竜の。


「それからな、もう一つ。妙な話がある」


団長は、資料の最後の頁を叩いた。


「エセルバートの新しい婚約者……セリーヌ嬢の『竜を鎮める聖なる力』の件だ。調べたところ、彼女が竜舎を訪れる日は決まって、竜たちが妙に大人しい。で、その日は必ず、朝の飼葉に鎮静香が焚き込まれている。帳簿上、その香の出所は――あなたの調合室だ」


「……私の鎮静香。難産と外科処置の時だけ使う、あの」


「在庫記録が、あなたの追放後も減り続けている。誰かが横流しして、竜を薬で鈍らせて、『聖なる力で鎮めた』ことにしている。心当たりは」


ある。ありすぎる。調合室の合鍵は、竜舎長が持っていた。


「団長。あの香は、連用すれば竜の心肺に障ります。使用量を確かめないと」


「だから、あなたが行くんだ」


団長は頷いて、それから、少しだけ言いにくそうに続けた。


「本当は、行かせたくない気持ちも、ある。あなたを安い首にした連中の前に、あなたを立たせるのだからな。……だが、あなたはきっと、ヴェスタを見捨てられない。だから条件を一つだけ付けさせてくれ」


「条件、ですか」


「俺とバロンも行く。護衛だ。査問委員会がなんと言おうと、これは譲らん。あなたの『飛ばせません』を二度と握り潰させないと言ったが、あれには続きがある。あなた自身のことも、二度と、誰にも握り潰させない」


まっすぐな目だった。まっすぐすぎて、返事の代わりに、頷くだけで精一杯だった。


出立の前夜、私は診療棟で、ヴェスタのための薬と道具を荷造りした。翼膜の縫合糸、炎症止めの軟膏、肺の濁りを流す薬草。鞄は往路から、帰りの倍の重さになった。助手の少年が「先生、持ちすぎです」と呆れたが、足りないよりいい。三月分の「間に合わなかったら」を、全部詰めた。


出立の朝、バロンは自分から進み出て、私に背中を差し出した。竜が治療師を乗せるのは、最上級の信頼の証である。


鞍上から見下ろすと、団の竜たちが見送りに斜面へ出てきていた。百二十頭の視線を背に受けて、老竜はゆっくりと翼を広げる。


――行っておいで。うちの子を、頼む。


流れ込んできた声に、うちの子?と聞き返す間もなく、バロンは王都へ向けて飛び立った。あとで分かったことだが、老竜たちの間では、ヴェスタはバロンの遠い姪にあたるらしい。竜の世間も、存外狭い。

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