第七話 第三隊
第三隊の兵舎は、城砦の北側にあった。
二十人ほどが雑魚寝する大部屋に通されて、隅の寝台を割り当てられる。荷物を置きながら、さりげなく周囲を見渡した。食えなくて来た者、罪を帳消しにするために来た者、本当に戦いたくて来た者。さまざまな顔ぶれだ。
「おー、さっきの坊主もここか!」
隣の寝台から声がした。阿寛だった。どうやら同じ隊らしい。
「また会った」
「縁があるな!俺の隣だから、よろしく」
「…よろしく」
「俺のことは阿寛兄って呼べよ。年上だし」
「…何歳?」
「十九」
「…同い年か」
「は?」
阿寛が素っ頓狂な声を上げた。
「お前何歳だよ。どう見ても十三くらいだろ」
「あ。…じゅ、十六」
「じゃあ十六だろ!なんで同い年になるんだ」
「…言い間違えた」
「言い間違えるか、普通?」
気を抜いてしまった。白霜が気まずそうに視線を外すと、阿寛は「まあいいや」とあっさり引いた。細かいことを気にしない男らしい。
「で、やっぱり俺が年上だからな。阿寛兄って呼べよ」
「…考えておく」
「お前、可愛げねぇな!」
騒がしい隣人に、白霜は隠れてため息をつく。その時、阿寛が荷物をごそごそと漁り始めた。
「そうだ、坊主。甘いものとか好きか?街にいた時に蜜餅買ったんだけど、余ってて」
白霜の目が、きらりと光る。
「…いただいても?」
「いいけど」
阿寛はにやりと笑った。
「阿寛兄って呼んだらな」
甘いものの前では人は素直になる。白霜も例外ではなかった。
「阿寛兄!」
「はや!?」
阿寛が噴き出した。
「さっきまで考えておくって言ってたのに!」
「蜜餅が先」
「清々しいほど正直だな坊主!」
差し出された蜜餅をさっさと受け取り、一口食べる。じわりと広がる甘さが、疲れた体に染み渡った。
「坊主、今めちゃくちゃいい顔したぞ」
「してない」
「したって!さっきまでと全然違う!」
「気のせい」
「気のせいじゃないって。甘いもの好きなのか?」
「…別に」
「絶対好きじゃん」
白霜は黙って蜜餅の続きを食べた。その横で、阿寛がげらげら笑っている。
その夜、兵舎に灯りが落ちた後も、阿寛はしばらくぶつぶつ言っていた。
「兄って呼ぶのに蜜餅が必要なのかよ」
「…」
「おい、坊主。聞いてるか?」
白霜は聞こえないふりをして目を閉じた。
静かになったのは、それから少ししてからだった。
天井を見ながら、思う。明日から、本格的な訓練だ。槍を使い続けなければならない。鉄嶺荘の事件がどう噂されてるか分からない今、ボロが出ないよう気を付けなければ。
やることが、山ほどある。
でも今夜は——悪くない夜だと思った。
隣で阿寛が寝息を立て始めた。さっきまであんなにうるさかったのに、寝るのは早いらしい。白霜は小さく笑って、目を閉じた。
◆
翌朝から、訓練が始まった。
第三隊の隊長・孟岩秋は、見た目通り無口な男だ。三十がらみ、顔に古い刀傷。新入りを歓迎する素振りも、冷たく扱う素振りもない。
ただ、よく見ている。
初日の点呼が終わると、孟岩秋が新入りたちの前に立った。
「型を見せろ。一人ずつ」
順番に呼ばれて、それぞれが型を打つ。白霜は槍の型を、余計なものを見せないよう気をつけながら打った。孟岩秋は黙って見ていた。
「…どこで習った」
「旅の師のもとで」
「そうか」
それだけだった。でも孟岩秋の目が一瞬だけ細くなったのを、白霜は見逃さなかった。
勘がいい人だ、と気が引き締まる。
訓練が終わって水場に向かう途中、阿寛が小声で言った。
「孟岩秋隊長って、怖そうに見えるけど悪い人じゃないらしいぞ」
「らしい、って」
「街で仕入れた情報」
鼻の穴が膨らんでいる。やけに得意げだ。
「俺、入隊前に三日くらい街をぶらついてたんだよ。で、色々聞いたの」
「…なるほど」
「将軍の話も聞いたぞ。かっこいいって評判で、城下の娘たちが門の外で待ってるって。でも将軍は一切目もくれないらしい」
「それは知らなくていい情報では」
「いや大事だろ!将軍がカッコいいと士気が上がる」
「そう?」
男のくせに見た目の話で盛り上がる阿寛に、白霜は小さく笑った。
◆
玄鷹将軍を初めて見たのは、入隊三日目の朝。「ほら見ろよ、来たぞ」と阿寛が小声で言う。
馬蹄の音がして、整列した兵士たちの前に一頭の馬が現れた。
若い。それが第一印象だ。でも「若い」という言葉が、なんか合わない気がする。背は高く、馬上の姿勢に一切の無駄がない。顔の造りは鋭い——眉が濃く、目が切れ長で、口を引き結んでいると表情が読めない。ただそこにいるだけで場が締まる。
(あ、本当にかっこいいな)
隣では、阿寛が「でしょ!」という顔でこちらを見ている。声は出していないのに伝わったらしい。白霜は前に視線を戻した。
(でも…)
もう一度、将軍を見る。
目が、印象的だった。
年齢にそぐわない、遠くを見る目。多くのものを見てきた目。何かを深いところに押し込めている目。疲れている——いや、違う。もっと昏い何かだ。長年、腹の底に飼い続けてきたものが、静かに目の奥で光っている。そういう目だった。
玄鷹の目が列を端から端まで流れ、なぜか白霜の上で、一瞬止まった。
気のせいかと思ったが、確かに止まった。ほんの一瞬。それからまた流れて、何事もなかったように先へ行った。
(…なんだったんだろう)
将軍は何も言わずに馬を戻した。その背中を見送りながら、白霜はさっきの一瞬を頭の中で繰り返した。
「ほんとかっこいいよな!」
「…そうだね」
答えながらも、どうしても先ほどの違和感が気に掛かった。




