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決勝戦 - 破 Side F -

《フーリサイド》


 私に背を向けて、ユーリ・アルグランデは去っていった。いくら一緒にデートした仲とはいえ、さすがに無防備すぎやしないだろうか。彼が私が探している勇者候補であることだけでなく、昨年の王者であることすら疑いたくなってくる。いや、これもユーリの作戦かもしれない。油断させて返り討ちにする。一昨日見た彼の身体能力なら、それも容易いだろう。なんて邪推してみるものの、やっぱりイメージにそぐわない。そうなると、残る線はやはり、私への信頼だ。そんな信頼、戦いの場においては不要だし、嬉しくない。ましてや、相手は私にとって復讐すべき相手かも知れないのだ。嬉しくない。…嬉しくないに決まっている。

 ユーリの追って行った先にはリスティとパイセンがいる。リスティも充分強くなったし、何よりあのパイセンがそう簡単に負けるわけがない。むしろ、ユーリと戦えるチャンスを失ってしまったのではないだろうか。今からでも追いかけて、尋ね人かどうか明らかにすべきだろうか。…いや、今は戦局を優位に進めるよう動くことを優先しよう。後輩ちゃんズに合流して、和太鼓とバイオリンのミスマッチコンビを倒し、数的優位に立つ。


 数的優位、というのは何も人の数だけに限ったことではない。私がその場に辿り着いたときには、よもや想像の範疇を超えた戦況が広がっていた。覚醒しているはずのリノンとそられがボコボコに殴打されていたのだ。それも、たった一人によって。その主はピンクのポニーテールをたなびかせ、まるでダンスでも踊っているかのごとく空中でふわりと回転しながら、その両手に握ったメイスのようなものを次々にふたりにヒットさせていく。接触した箇所は赤く腫れあがり、呻き声が漏れている。どうやら、既にそれぞれ手足を何本かやられているようだ。


「てめぇ…。卑怯だぞ…。魔法大会なんだぞ…。」

「え?魔法使ってるよ?だって、これ当たってないでしょ?」


 和太鼓がメイスを振るう。その先端の先にあった地面がめり込みへこむ。


「ほらね?私、衝撃波系が得意なんだ。」

「相変わらず物騒ですね。顔に似合わず。」

「そーかなぁ?庵ちゃんのバフも半端ないけどなぁ。おかげさまで今日もお肌の張りがいい!」


 再び和太鼓はメイスを素振りする。その先にあった壁が何の予兆もなく大破する。バイオリンのバフによって強化された衝撃波、あれは並大抵のものじゃない。少なくとも生身で受けるのは無謀だ。


「…フーリ先輩。気を付けて。あのバフも衝撃波もヤバい。私の翼もあれで捥がれた。」

「私のエレイノですら追いつけねえっ!速さもハンパねぇぜっ…!」


 かたや無傷のまま。かたや骨折を含む重症。おそらく戦闘力の差はほとんどなかった。いや、むしろうちの後輩たちのほうがその潜在能力は上、というのが私の見立てだった。しかし、勝負はそれだけでは決まらない。戦いへの慣れやチームワークの差など、そういった要素も優劣を左右した。そして、最も如実にその差を分けたのが、純然たる物理的な力の差だった。事実として、圧倒的なパワーの前にうちの後輩たちは成すすべがなかった。


「そられ。リノン。悪いけど、まだ立てるか?」

「任してくださいよ!利き腕はやられちまってますが、私はまだイケますっ!」

「…そられは無理。翼と脚がもう動かない。でも、ここからなら戦える。」


 被害状況は芳しくない…か。さて、どうやってふたりを倒すか。さすがに私ひとりでは太刀打ちできないだろう。ふたりには悪いが、なんとか共闘して倒すしかない。


「さぁて、そろそろお喋りタイムは終わりかな?」

「いうほど喋ってないですけどね。」

「庵ちゃんは普段から喋らなさすぎぃ。この試合終わったらみんなで女子会でもしよ?」

「だったら、さっさと終わらせないとですよ。追いバフいきますよ。」


 身体強化を重ねがけしたふたりの動きはもはや目では追えない。和太鼓の早打ちともバイオリン速弾きとも取れるリズミカルな足音の残響だけが、唯一五感で認識できる。だめだ、まずはなんとか相手の位置を掴まないと。でも、どうやって。…いや、手はある。

 心の中でイメージする。初心に戻って、水の剣と水球を生成する。そして、それを…。


「何をやっているんですか?」


 バイオリンの声がどこかからするが、関係ない。今はただ、無心にそれを続ける。確かに、端から見れば何をやっているかわからないだろうし、先程のセリフは実に的を射た感想だ。だって、私はただ一心不乱にその場で素振りをしながら、どこを狙うでもなく無秩序に水球を連射しているだけなのだから。


「フーリ先輩!どうしちゃったんですかっ!」


 覚醒状態が解けたリノンも、私がやけになってしまったのではないかとその目に不安の色を浮かべている。大丈夫、ちゃんと考えがあるから。


 しばらくの間、私はその行為を続けた。水球をやたらと放ったり、止めどなく剣を振り続けているので、相手からしても迂闊には近づけないようだった。攻撃は最大の防御、とは言ったものである。でも、この私の愚行の意図はそれではない。…よく辺りを見回すといい。今頃気付いてももう遅いけどね。


「…これは。」


 そう、私が暴れていたのはこれが狙いだった。周囲は水球によって一面水たまりと化し、更に水剣を振るい撒き散らされた微細なミストもまた辺りを漂っていた。


「…水たまりやミストの動きで相手の場所がわかるようになった。さすがフーリ先輩。」

「そこに痺れる!憧れるぅ!…痺れる?はっ!」

「…待って。リノン、今それをやったらみんな感電しちゃう。」


 よく止めてくれたそられ!


「場所がわかればこっちのもんだ。そられ!リノン!私が和太鼓を止めるから、バイオリンを頼めるか?」

「…任せて。なんとかする。」


 ミストを跳ね飛ばしながら接近する高速の衝撃波をいなし、その軌道の出所あたりを氷結させる。氷は一瞬で砕かれるが、それで充分だ。その隙さえあれば、足元から一気に凍らせられる。


「くっ!動けないよぉ!」


 なんとか和太鼓の移動を封じる。だが、この足止めも衝撃波の前には長くは保たないだろう。一気に接近戦をしかける。氷の特大ハンマーを生成し、重力を利用しつつ叩き潰す。力には力で対抗する。…というのは相手も同じ考えだったようだ。力によって破壊されたのは和太鼓ではなく、私のハンマーだった。打撃の瞬間に間一髪で拘束を解除され、衝撃波を叩きこまれたのだ。


「危なかったよぉ!お姉さんパないね!」


 私とのディスタンスにマージンを取りながら、和太鼓は服についた氷片を払う。やっぱり一筋縄ではいかないか。せめてバフの効果さえ切れれば…。


「…ぁあっ!?」


 悲痛な声が鼓膜をつんざく。目の端で状況を確認すると、そられが胸を押さえてその場にうずくまっていた。リノンがその傍で辺りを警戒しているが、バイオリンの姿は捉え切れていないように見える。


「あー、庵ちゃんめちゃ速いからねぇ。ちょっと場所がわかったくらいじゃ勝てないね。」


 どうやら、動きの形跡程度じゃ捉えられない速度のようだ。見えない攻撃に負傷したそられの出血もそれなりに多く見える。戦闘不能も時間の問題か…。リノン、私はこいつから離れられない。なんとかしてくれ!


「…うぅ。結構、痛い…。」

「…!そられ!意識はある?!」

「…たぶん、もうダメ。リノン、フーリ先輩をよろしく。」

「もうちょっと保ちそうってことだねっ!ごめん!耐えてっ!」


 リノンはその両の掌の内側を互いに向かい合わせ、まるで魔力を練り上げるかのように電撃を生成する。そして練り上げた電撃を上方に向かって放った。電撃は周囲の水分に伝播し広範囲に電流が走る。何もないある一か所からチリっと焦げた煙があがる。


「そこねっ!」


 今度は感電狙いの総範囲攻撃ではなく、その煙の行く先を見定めて発動する。


「雷兎 ― ライト ― !」


 いつものエレクトリックイノシシではなく、エレクトリックラビットの群れがまるで草原を疾走するように素早く地を跳ねる。それは煙の周囲を取り囲み、共鳴するかのごとく大きな雷となって爆散する。…爆煙の中から、一つの塊が煙の弧をえがきながら離散していくのをふたりは逃さなかった。


「そられっ!今だよっ!」

「…死なないでね。」


 最後の力を振り絞り、そられはリノンを吹っ飛ばす。リノンはその手に電流を纏わせながら、離散していく煙塊へと一直線で突っ込む。


「うおおぉぉぉぉ!!!!!!」


 電撃の拳をバイオリンの顔面に叩き込みながら、二人分に増えた塊は組んず解れつのままフィールドの壁へと突っ込む。…土埃が治まったとき、そこにはリノンとバイオリンが意識なく横たわっていた。そられもまた、リノンを吹っ飛ばしたのを最後に気を失ってしまっていた。


「あらら。相打ちですかぁ。なかなかやりますね。…さて、私たちも決着をつけましょうか。」


 リノン、そられ。ふたりともよくやった…!私がこいつを倒すから、しばらくそこで休んでいてね。




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