決勝戦 - 破 Side Y -
《ユーリサイド》
敵前逃亡。なんて思われても仕方がないが、記憶にある限りそんなことをしたのは生まれて始めてだ。今までどんな強敵が目の前に現れようとも、常に退かず切り伏せてきた。もちろん、退くことを許されない環境に身を置いていた。というのもあるのだが、とはいえ逃げようと思えば逃げられたし、結果としてそうしてこなかったのも事実だ。その皆勤記録を、まさか同い年の少女に破られることになるとは夢にも思わなかった。それだけ、茅水封理という女の存在が、俺にとって大きいということを自覚する。一昨日、彼女と一緒に出掛けたことで、それは嫌というほど思い知らされた。あれほど負けず嫌いで、あれほど俺に食らいついてこられる人に、これまで出会ったことがなかったのだ。だから、彼女から一時休戦を提案されたときには、プライドも皆勤記録も捨ててその案に乗ったし、あの場で決着をつけない判断をしたのは正解だったと思っている。彼女には得体の知れない何かがある。今はチームとして、昨年に続き優勝の座を獲得するのが何よりも重要だ。
凛とモニカの向かった方角へ足を急ぐ。敵に背を向けて走り出すことに迷いがなかったと言えば嘘になる。しかし、少なくとも俺がこの短い期間で縁取って来た茅水封理という人間は、約束を反故にして背後から攻撃するような卑怯な真似はしない、と信じている。だからこそ、準決勝で敵を殺しかけたと聞いても信じられなかったし、何か理由があると直感的に思った。事実、昨年から面識のある運営スタッフの噂話によると、斬られた相手は例の襲撃犯だったらしい。茅水封理がそれを知っていたかどうかはわからない。が、少なくとも俺が倒すことも捕らえることもできなかった相手を瀕死に追いやった。その実力は軽視すべきではないだろう。
―…戦闘音が近づいてくる。俺の見立てでは、凛たちでは相手に勝てない。ラベーヌの一人、天宝治クリスティ―ヌンは強い。昨年戦った時もチーム内でトップクラスの実力者だったが、この一年で別人のように化けたようだ。それと、もう一人の女性…。入見実那、と言ったか。どうも気になる。一刻も早く加勢しなければ。
「危ない!」
合流と同時に敵のレーザーを弾く。光を纏わせた木刀ですら、接触箇所が焦げている。なんて威力だ。俺が間に合わなかったら、今頃モニカは穴あきだっただろう。
「モニカ!大丈夫か!」
「はい、なんとか…。でも、凛ちゃんが負傷しています!」
「治療を頼めるか!それと、防御魔法を展開してほしい。対光属性特化の!」
「ごめん!ユーリ!治療が終わればすぐ加勢する!」
前線からふたりを下げ、相手に向き合う。敵ふたりの周囲には、無数の光の球と…ツヤツヤ輝く何かしらの球が浮遊している。鉛のようにも見える。あれらが一気に襲ってくると危険だ。それに、あの女…。いや、あの方はやはり…。
「いいんですかー?集中しなくてー。」
入見実那の声が耳に届いたときには、無数の光球から夥しい数のレーザーが発射されていた。こちらも光の魔法を転用しそのレーザーを屈折させ、もう一方の鉛らしき球の半数ほどを破壊する。
「…やりますわね。わたくしの泥団子、作るの大変ですのよ。」
「クリスちゃんー?真剣味が薄れるから、泥団子って言うの控えましょうねー?」
何が泥団子だ。破壊してみてわかる。あれはやっぱり鉛だ。確かにいくつかはダミーで泥団子が混じっていた。しかし、そこに鉛を潜ませるだなんて。やはり危険な女だ、天宝治。
「ユーリ!お待たせ!いけるよ!」
治療を終えた凛が前線へ復帰する。さらに、モニカが周囲に防御魔法を展開する。
「タンバリン、回復してしまったのですの?もう一度動けなくするのも気が引けるんですわよ。」
「うるさい!これは勝負だ!勝ったもん勝ちだよ!」
タンバリン…凛は召喚魔法で何もないところからマシンガンを取り出す。もちろん射殺は禁止されているので、これは魔法の媒介に使うだけだ。得意の音の衝撃波を連射するのに使うのだ。
「くらえ!…16ビート!…―32ビート!!!」
速度を上げながら連射し、見えない音の弾丸が相手を襲う。
「音系の魔法は面倒なんですよね。―…アンチノートーン。」
入見実那が指を鳴らすと、周囲の音という音が消失する。これは…
『空気の振動を遮断し、無音にする魔法ですー。あ、もちろん私の声も届きませんので今は思念伝達で話しかけてますよー。』
ふざけた魔法だ。さすが、としか言えない。しかし、これでは凛の攻撃だけでなく、モニカを含め魔法の詠唱すらできないということだ。ピンチ、だとは思わない。相手も同じ条件だ。この機に接近戦を仕掛けて―…。
突如、地面から岩の壁が行く手を遮る。
『残念でしたー。クリスちゃんも私も、詠唱しなくても魔法使えるんですよねー。というわけで、今度はこちらの番。反撃させていただきますね。』
再び入見実那の光の球が現れ、レーザーが射出される。それは残っていた鉛球へ命中し、周囲に乱反射する。無数のレーザーが四方八方から襲ってくる。…まずい!
咄嗟に凛を担いで、防御魔法の中に避難する。ここで凌いで、隙を見て一気に勝負を決めるしかない。
「凛ちゃん!」
アンチノートーンも光属性だからか、防御魔法内ではうっすらではあるが声も聞こえるようだ。だが、その聞こえたモニカの声は、凛の戦線離脱を知らせるものだった。…避難前に凛は撃たれてしまっていたようで、意識がなかった。だめだ、すぐに回復を…。
―…鈍い音と呻き声がした。
音のした方に目をやると、モニカも流血し意識なく倒れていた。その傍には…鉛球が転がっていた。…これで撃たれたのか?こんなもんで撃たれたら死んでしまうだろ!モニカ!!!
しまった。仲間に気を取られすぎていた。
気付いた時には、視界の端を何者かが通りすぎていた。…入見実那だ。
思わず距離を取る。しかし、入見実那はこちらを追ってはこなかった。凛とモニカに回復魔法を施しているようだ。
「タンバリンちゃんもハーモニカちゃんもよく頑張りましたからねー。さすがに死んじゃいそうなので回復しました。最低限ですけど。」
「…ありがとう。」
「さ、あなたはどうしますか?神祓ユーリ・アルグランデさん。私と戦いますか?」
両の木刀の柄を強く握りしめ、俺は次の一撃に備えた。




