夜の公園で
「あれ?茅水?よく会うね!」
歩の赴くままに辿り着いた公園のベンチに腰掛け、透き通った夜の空を見上げ感傷に浸っていると、ふと顎先の方角から私を呼ぶ声がした。声の元へと首を起こすと、金髪の青年がその場でステップを刻んでいた。いかにもランニング中に偶然私を見つけ、足を止めぬまま話かけたと言わんばかりのその男は、相も変わらずイケメンで、月明りに照らされ煌めくゴールドヘアーとその滴る汗は、もはや歩くセクシー逆ハラスメントとも言えるほどに美麗で、まるで漫画の中から転移してきたと言われても大抵の女性は信じ、その美しさにあてられその場で意識を失いかねないだろう。この私でさえも、忘れていた胸のざわめきを一瞬で取り戻してしまったくらいだ。…ていうか、ジョギング中だし「走る逆セクハラ」が妥当か。
「相変わらずだね。…って言いたいところだけど、やめとこう。その顔は何かお悩みだね?」
ジョグをやめて、おもむろに私の隣へ腰をおろす。ざわめきが加速する。…図星だったからだ。
「俺で良ければ聞くよ?話してみなよ。」
テンプレ話聞くよ系男子みたいな歯の浮くセリフも、ひとたびこの男が発したならたちまち印象が反転する。ここでは表記できないネットスラングに絡めて転がしてガイヤフォースじゃんとかわかりづらいツッコミを私が元気であれば入れていただろう。しかし、必殺技か芦毛の馬かどっちだ。馬のほうなら、こいつが乗ったら王子様みたいだな。
「…もしかして、何か失礼なこと考えてない?」
「ううん、なんだか王子様みたいだなって。」
「あれ?それって俺のこと口説いてる?」
悪戯に満ちた表情で、先日の仕返しをされる。なんていうか、本当に掴みどころのない奴だな。グランって。
「…神祓ユーリ・アルグランデのグランの部分で呼ばれたのは初めてだよ。やっぱり、茅水は面白いな。」
「ありがと。褒めても何も出ないよ。」
たったこれだけの邂逅で、心が少し軽くなっていることに気付く。このまま彼の口車に乗って、話を聞いてもらうのも悪くないのかもしれない。
「そういえば、例の襲撃犯捕まったよ。」
「そうか!良かったな!これであの子も安心できるな!」
「グランのおかげだよ。改めて、ありがとう。」
「俺は何もしてないよ。」
何でもないその返答が、何故かチクりと胸を刺す。…そうか、同じ「何もしていない」でも私と彼とではその言葉の意味に天と地ほどの差があるからか。私は文字通り「何もしていない」。何もできない。挙句の果てに、一線を超えてしまった。その覚悟はあったはずなのに、実際に超えてしまうことで今更ながらに怖気づいたのだ。
「…ねえ、前にグランは、悪事を知ってしまったら見逃せない。放っておけない。って言ってたよね?それは何故?」
「唐突だな。それが君の悩みなのか?」
「もし…。もしもの話だよ?もし、とてつもなく悪意に満ちた人がいて、その人が自分の仲間を殺そうとしてるとしたら。…グランはその人を殺す?」
グランは私の質問に一瞬虚を突かれた様子を見せたが、すぐにその問いの真意を見抜いたようで、私に向き直り答えてくれた。
「…殺さない、かな。」
「殺さないとその人を止められないとしても?」
「…」
グランは言葉に詰まる。どう答えたらいいか思案を巡らせているようにも伺える。
「…昔、大勢の人の命を背負って戦ったことがあったんだ。当然、目に見える範囲の、手の届く範囲の命は守ろうと懸命に戦ったよ。…それでも、全ての命は守れなかった。目の前で消えて行く、まだ生きたかったはずの人を何人も見送ってきたし、反対に戦った敵の命を奪ってしまったこともあった。」
その両の手を強く結びながら話す様子は、さきほどまでのグランと打って変わって表情も固い。…鬼気すら感じる。
「それだけじゃない。自分がそうやって生きる裏で、俺の代わりに犠牲になった人が居たと知った。それは、もはや俺が殺したといっても過言じゃない。俺は、結局何も守れなかったんだ。」
何も守れない。その言葉が、ひどく心に響く。…私と同じなのか?
「でも、グランが戦わなかったら、もっとたくさんの人が犠牲になってたんでしょ?グランはたくさんの人を救ったんだと思う。」
「…そう言われたよ。だけど、俺はどこか自分が許せなかった。だから、少なくとも目に見える範囲で起こったことは助けたいって心に決めた。可能な限りで命を奪わない形で、ね。もっとも、これは前に居た外国の話で、今のこの平和な国に生きる君にはピンと来ないかもしれないけど。」
正直、グランを侮っていた。この男は、そのご尊顔に恵まれて大きな苦労もなく、今世の私と同じように平和に生きてきたものと思っていた。それが、まさかこんな壮大な経験を経て、私と同じような悩みすら乗り越えてここにいる。グランはハーフだと言っていたが、生まれた国が異なればこんなに人生が変わってしまうものなのか。
「強いね、グランは。」
私とは違い、グランは自分なりに乗り越えたのだ。それに対して、私は…。
「茅水だって強いよ?さっきのもしもの質問だけど、茅水が殺す判断をしなければ仲間は殺されるんだろ?それを、業を背負ってでも仲間を守る選択を取る前提で俺に質問してきた。ということは、茅水自身にもその覚悟があるってことだ。それって強いし、優しいことだと俺は思うよ。」
…優しい?私の罪に似つかわないその言葉に戸惑う。だけど、なぜか温かいものが込みあげてくる。
「…もしかして、私のこと口説いてる?」
気持ちの行き場が迷子になったので、茶化してみる。
「うーん。口説いてないんだけどなあ。ま、その答えは君が決めてよ。フーリ。」
グラン…ユーリは立ち上がり伸びをする。
「なあ、フーリ。明日、俺と出掛けないか?」
「え?」
「気分転換!悩んでるときこそ、違うことに没頭してみないと!」
…この男、本当に私のことを口説いているんじゃないだろうか。もし天然だとしても、さすがにここまでくると、今までの男たちとは隔線してしまう。…まあ、いいか。このまま勢いに任せて、ユーリの口車に乗せられたままでいるのも悪くないかもしれないし。




