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いつもどおり

 ―…目を覚ますと、真っ先に空の色に飛び込んできた。先程までの人工的な水色ではなく、幾分か濃くなったものの黄昏色の範疇であるといえよう温かい色の、だ。ふと、後頭部に柔らかいものを感じて、それを確かめようと朧げな意識のなか、そいつに手を伸ばす。…なんとも言えない素晴らしい心地のそれを無我夢中に揉みしだいていると、視界にパイセンの顔が覗き込んできた。


「あのー、さすがにこそばゆいんですけどー。」


 はっとして、今までこねくり回していたものを確認する。…パイセンの太ももじゃないか!私、膝枕されてるー。普通の人ならこのままGo To Heaven!!!


「いつも通りのようで安心しましたー。…大変でしたね。」


 …そうか、私はまた殺意に乗っ取られ暴走したんだな。ということは、あいつは…。


「復讐できないと思っていた前世の王様が目の前にいるんですもんねー。さぞ、気持ちが昂ったことでしょう。それはもう、凄かったです。」

「パイセンでも回復できなかった?」

「ええ。なので、してません。というか、不要でした。」


 ふいに、膝枕のまま。パイセンは私の頭を撫でた。


「偉かったですよー。フーリさん。無意識に殺意を抑え込んだんでしょうね。突然倒れてしまって、今までぐっすりでしたー。」

「え?じゃあ、私殺してないの…?」

「はい。最も、彼に殺す価値はもうありません。家臣の魔術師の人格が、人工知能の魔法の極意とともに消滅しているので、人類への脅威はもうありません。彼に残った魔力は極わずか。それに、闇属性が使えたのも、人を殺めたことのある魔術師の人格と魂が融合していたからですので、もう彼に悪さはできません。罪を償ったあと、せっかく若い身体を手に入れたんだから、人生をやり直してみたいと仰ってましたよ。」

「そっか。大変だろうね。」


 まずは見た目相応の若者の喋り方を勉強する必要がある、という意味でその感想を述べたわけではない。私と違って、誰も殺めていない彼には、まだやり直せる道がある。それを羨ましく思ってしまったから、他人事のようにそう言ったのだ。


「…どうですか?復讐した気持ちは。意図した復讐ではありませんでしたが、結果的にあなたは前世のあなたを殺した魔術師に復讐することができた…とも言えます。…何か変わりましたか?」


その答えを、今の私は持ち合わせていなかった。復讐を達成した実感すらない。…何も感じないのだ。

 夕焼けに照らされ伸びる影だけが、私の存在を証明していた。




 『みゃ』に到着したころには、辺りはすっかり暗くなっていた。これほどに陽が暮れてしまったのは、少し心の整理ができればと、パイセンには先に帰ってもらって、ひとりゆっくり気持ちのまま歩いていたから他ならない。無論、その程度の時間で感情が整理できるほど、私の罪は軽くない。今だって、この『みゃ』の戸を開くのが怖い。店内にはみんながいる。扉を開くと同時に、みんなの視線が一斉に私に刺さるのが怖いのだ。


「そんなところに突っ立っていると、風邪をひきますわよ。」


 背後から、いつもと変わらないトーンでリスティの声が聴こえる。手にはスーパーのビニール袋をぶら提げていることから、何かしらの買い出しに出ていたことがわかる。日常を一コマを切り取ったような、その「いつも」に少し安堵する。


「…入らないんですの?変な茅水封理。」


 首をかしげながら、私の代わりに扉に手をかける。そして、その扉を雑に開く。と同時に!―…雷の光線が飛んできて思わず躱す。それは私を通り過ぎた先で、小さく「パンっ」と音を出して弾けて消えた。


「あわわっ!ちょっと飛ばしすぎましたっ!先輩!すみません!」

「…ヘタクソ。前みたいに奇襲したのかと思った。」

「クラッカー代わりに鳴らそうとしただけだよっ!」

「私にも掠りましてよ?安久慧りのん、偉くなりましたわね?」

「クリス先輩っ!ごめんなさいっ!一緒にマッドサイエンティストした仲じゃないですかっ!許してぇー!」

「アレは二度と御免ですわ!」


 開かれた扉の向こうには、いつもの光景が広がっていた。あんなことがあったのにも関わらず。だけど…。


「…早く入ってくださいまし?昨日の勝利を祝おうと、女神先輩が祝勝会の準備をしてくれてますわよ。」


 だけど…、だ。


「…茅水封理?」


 私は、この扉をくぐることができない。その資格がない。だって、私は…。

 踵を返し、『みゃ』を背に歩き出す。私を呼び止める声が聞こえるが、もしかしたらそれも私がそうであって欲しいと願うばかりに聴こえた幻聴かもしれない。いずれにせよ、それを確かめたところで、何も変わらない。…これ以上、巻き込んではいけない。かつてパイセンが言った「復讐すれば、みんなと居られなくなる。」というのは、こういうことだったのかもしれないな。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、私はひとり店をあとにした。行くあてもないまま、ただ失ってしまった…取り戻せない何かを探し求めるかのように。




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