準決勝第一試合
翌日。準決勝。
昨晩も念のため『みゃ』に皆で泊まった。特段変わったこともなく無事に朝を迎えることができたが、それでもやはり心のどこかでは襲撃の可能性に気を張っていたのだろう。あまり眠れたとは言えず、正直疲れも残っている。…いや、眠れなかったのは別の原因か。
胸のざわめきは今もなお私の冷静さを少なからず奪い続けている。
「顔色悪いですわよ?どうかしまして?」
こういうとき、リスティはすぐに気づいてくれるよね。ほんと、いい相棒に出会えたもんだよ。
「…あい!?今、相棒って仰いました?この私が?」
「うん。嫌だった?」
「そんなことないですわ!ただ…私なんかをそこまで必要としてくれてると思うと、ちょっと嬉しかったんですわ…。」
あら、珍しくリスティが照れてる。やばい、可愛い。さっきまでと違う方向性で胸がざわめく!
「「「あわわ~」」」
そして変な声のハーモニーが背後からする!
「うぅ~!ずるいぃ~!私も先輩の特別になりたぁ~いっ!」
知らんがな。
「…これは。もしかして…、結婚…。」
しねーよ。
「尊いですねー。思わず天に帰ってしまいそうですー。」
帰れよ。
駄女神含む天然トリオにはストレスやプレッシャーというものは無縁のようで、昨晩もぐっすりなのか今日も元気に三者三様のボケをかましてくる。ツッコミが追いつかないよ。
でも、こういうときにいつも通りの空気を作ってくれるのはありがたいな。私も考えても仕方ないことは置いておいて、今は目の前の敵に集中しよう。
対戦相手が入場してきた。今日の相手は大会のダークホース。初出場のエムエーデー先端技術学校だ。全員が漆黒のフードローブを被り、顔を隠している。ここが魔術大会の会場でなければ、全員ただの不審者だ。おまけに、フードローブの下にはおそらく白衣だろう。白い上着のようなものが覘いている。…怪しさだけならぶっちぎりで優勝だ。
試合開始前の握手も拒絶し、自陣へと背を向ける。こういうやつ、いるよね。まあ、戦いだし仕方ないか。
なんて、流してしまうわけにもいかなくなった。リーダーらしき男が、脚を引き摺っていたからだ。
「その脚、どうしたんですか?」
私の問いかけに男は背を向けたまま応える。
「…うまれつきだ。」
「そうですか。でも、手加減はしないですからね。」
「…わかっておる。」
再びその片脚を引き摺りながら歩を進める。今から始まるのは戦いだ。それは言わずもがなわかっている。でも、やっぱり後ろめたい気持ちのままボコしたくないし、ちゃんと断りは入れておかないとね。しかし、意外と普通に話せたな…。それに、あの声どこかで…。
例のごとく、集中を削がれるような開始の合図が叫ばれると同時に、コロッセオ中に両チームが散開する。件のリーダーだけは敵陣の中央から動かず、常に他のメンバーが彼を中心に据え置くようにフォーメーションを取っている。さて、この台形のようなフォーメーションをどこから崩そうか。いっそのことジョゲリで物理的に破壊の限りを尽くしても良いのだが、このチームは予選のあの劇物の雨を耐えしのいだ数少ない猛者であることも忘れてはならない。ジョゲリのような巨体を出せば視界が遮られ敵を見失う恐れがあるし、制御に集中するのにチームの半数以上が無防備になってしまう可能性もある。その隙を縫って切り返されたら形勢は一気に傾きかねない。
「…フーリ先輩。私が切り崩す。」
そられが音速で切り込もうとした、そのとき。敵陣中央に大きな魔法陣が展開された。
「待って!そられ!」
そられもそれに気付いたらしく、斜め後ろへ飛び上がり空中で静止する。代わりに、イルミナパイセンとリノンが光のレーザーとエレクトリックイノシシをその魔法陣に向かって放つ。が、イノシシは敵陣手前で霧散し消滅し、最強の駄女神レーザーさえも敵のリーダーに片手で弾かれてしまった。あれを防ぐか。
「…やりますねー。私のレーザーを防がれたのなんて何百年ぶりでしょうか。」
「残念だったな。余に魔法は効かぬ。」
フードの下の口元が不気味に微笑む。続けて、リーダーが手をかざすと敵陣の大魔法陣は4つの小さな魔法陣に分割され、台形の頂点にあたる仲間4人の足元にそれぞれ到達する。やがて魔法陣は禍々しいオーラを放ちながら4人を包み込んだ。
「バフですねー。」
パイセンは冷静に解析する。しかし、その横顔はどこか険しい。
刹那、オーラの中から2つの塊が飛び出した。それは最も敵陣に近しい場所にいたパイセンとリノンに向かって目にも留まらぬ疾さで到達する。
まずい!防御が間に合わない!!!
凄まじい破裂音がコロッセオ中に響き渡り、土煙が舞い起きる。その土煙を突き抜け、2つの飛翔体が後方の壁に叩きつけられた。…パイセンとリノン!大丈夫か!?
「痛てて…。ギリギリ間に合いましたねー。」
おしりをさすりながら、パイセンは立ち上がる。無事か!…リノンは!?
「はわわー。目が回るですーっ!」
「全方位防御魔法が間に合ったんですから怪我はないでしょー?ほら、しゃきっと立ちましょーねー?」
ふたりとも無事か!よかった!でも、今のは一体…。
土煙が漸くおさまってきて吃驚する。ふたりがいた位置には、それぞれ敵のフードローブが立っていたのだ。さっきのは遠距離魔法ではなく、物理攻撃だったのか。それにしては速すぎる。
「バフの効果ですよー。…闇属性の、ね。」
「よくわかったの。さすがは女神様、と言ったところじゃの。」
「闇属性?!そんなの記録でしか見たことがないですわ!実在しましたの?!」
「私も久しぶりに見ましたよー。…普通の人間には扱えないはずですが、あなた何者です?」
心なしかイルミナパイセンの目が怖い。それだけの事態ということだ。しかし、闇属性の魔法か。確かに、あれは普通は使えないはず。みんなには明かしていないが、私も使える。なんで使えるか不思議だったが、この前イルミナパイセンがその理由をこっそり教えてくれた。それは…。
「闇属性は、一度死を経験したか誰かを殺めたりしたか。そのいずれかでないと発現しないはずです。あなた、誰かの命を奪いましたね?」
そう。闇属性の魔法は「死」と深いつながりがある。私も前世で死んだ魂が、この茅水封理の身体に宿ったために発現した。そうパイセンは教えてくれた。
『死を経験した、なんてありえないですよねー。つまり、使えば、フーリさんが誰かを殺めたことがある、と認識されてしまう。だから、フーリさん。闇属性は絶対に使わないで。…あなたのためにも。』
パイセンの忠告が脳裏に蘇る。確かに、現実にそれを目にしたら私も同じようにラベリングしてしまった。パイセンが断定したように。奴は人殺し、だと。…この属性は、危険だ。
「そのような下劣なこと、余はせん。」
「…なるほど。正直に話すつもりはない、ということですねー。だったら私も手加減はしませんよ。」
駄女神といえど、やはり神に他ならない。その言葉とともに圧倒的なオーラで空間を支配する。怒りの感情を滲ませたその横顔すらも、もはや神々しい。この神に復讐しようとした私が間違っていたのではないかと思わせるほどに、この場の空気を静かに威圧する。誰も、おいそれと動くことができない。
「おお、怖い怖い。」
ただ敵のリーダーだけがその佇まいを崩すことなく、余裕すら見せているようにも見える。そして、一言。
「やれ。」




