17 後悔と決意
「それでは、皆さま! わたしはこれで……」
ミレイアは、握っていたレオンの手をそっと離すと――
呆気にとられるカイル、カミリア、アルヴィンの前で、転移魔法陣を展開し始めた。
「え、もう行くのか!?」
レオンが、焦りと心細さを滲ませた声を上げる。
「ええ、レオン。行くところがあるの。……今日は家族水入らずで過ごして。
三日後に、また来るね! その前に連絡もするわ。
陛下、王妃様、アルヴィン殿下。レオンのことを、よろしくおねが――」
言葉をすべて言い終わらないうちに、ミレイアは光の中へと姿を消した。
「……相変わらず、慌ただしい娘だな」
カイルが笑いながら、肩を落としたレオンに声をかける。
「はあ、いつもこうなんです。……ミレイアが、たくさんいたらいいのに……」
「いや……一人で充分じゃない?」
アルヴィンが口を挟んだ。
「あの人がたくさんいたら……なんか大変そうだ」
その言葉に、カイルとカミリアがそろってコクコクと頷いた。
奇想天外な行動をとる規格外のミレイアが、何人も存在する――そう想像しただけで、冷や汗が出てくる。
しかし、レオンの返事は、少しずれていた。
「……確かに。ミレイアがたくさんいたら、彼女を手に入れたい男たちが群がってくるよな……。それは嫌だ。
結局、全員を独り占めしたくなるだろうけど……全員を愛するには……俺の身体がもたなそうだ……」
「レオン……あなた、本当にあの子に夢中なのね」
カミリアは、呆れたように肩をすくめた。
「はい。初めて会った時から、ずっと夢中でした」
「10歳の時ね……。あの時は、彼女の魔力暴走のせいで婚約の話が白紙になったけど、あなたが諦めきれずにいることには、気づいていたわ。
……でも、あの頃の私は、ミレイアさんが苦手だった。
奇跡を起こせるほどの魔力を持っていて、過保護な両親に愛されていて……。そして、私が手に入れられなかったレオンの心まで、あっさり奪っていくあの子が……」
カミリアはため息をついて、静かに言葉を続ける。
「私が、あなたの婚約者としてイザベル・イグニッツ嬢を勧めていたのはね……彼女が、少しだけ私に似ていたからよ。
横暴な父親と、それを知りながら何もできない母親を持ち、王妃になるために血の滲むような努力を続けてきた。それでも、手に入れられないレオンの心を、ずっと追い求めている――そんなところが」
カミリアは、ゆっくりとレオンを見つめる。
「……ねえ、レオン。あなたは、それだけミレイアさんを想い続けていたのに……どうして、イザベルさんに手を出したの?」
「……わかりません。あの時の記憶が、曖昧なんです。
でも、今思えば……精神魔法に侵されていたのかもしれません。あの時、俺の心には隙がありました。精神魔法は理性を奪う魔法です。だから、俺の中にあった性欲が、表に出てきたのかもしれない……」
レオンは、少し考えこむように間を置いて、言葉を続けた。
「イザベルのことは、昔も今も嫌いじゃありません。
もし、ミレイアと出会わない世界で彼女と出会っていたら……好きになっていた可能性は、否定できない……。
彼女を傷つけてしまったことは、後悔しています」
そして、はっきりとした声で告げた。
「……この先、イグニッツ侯爵の断罪によって、彼女が路頭に迷うことになるなら、陰ながら支えになってやりたいと思っています」
「……厳しいことを言って、ごめんね。
一途なはずのあなたが、誘惑してくる女性に手当たり次第手を出している、なんて噂を聞いた時は信じられなかった。……でも、それもお父様の魔法の影響だったと考えれば、納得できるわ」
カミリアは、少しの間閉じていた目を開けると、寂しそうに微笑んだ。
「今は、あなたとミレイアさんのことを応援したいと思ってる。……でも、一時期イザベルさんを応援していたのも事実よ。彼女にも、救いがあればいいのにって……思ってしまったの」
「ミレイアが言っていました。イザベルには、侯爵位を継いでもらいたいと。家族の罪を、一緒に背負わせるつもりはない、と」
レオンは力強く頷く。
「俺も、それは可能だと思っています。
俺が純潔を奪った事実は消えないけれど……彼女は社交界の花です。婿入りを望む男は、数え切れないほどいるでしょう」
「……そうね」
カミリアは、静かに息を吐いた。
「彼女なら、自分で幸せを見つけられるわよね」
「……父上、母上」
レオンは、表情を引き締めて伝えた。
「俺は、これからゼファルおじいさまに会ってこようと思います。
夕食までには戻りますから……そしたら、皆で一緒に食事をしましょう」
心配して眉をしかめる両親から、アルヴィンの方に向き直ったレオンは、微笑みながら頭に優しく手を置いた。
「アルヴィン。食事が終わったら、一緒に遊ぼうな」
「レオン、気をつけろよ」
「くれぐれも、無理はしないで」
「兄上、帰りを待ってるよ」
家族が、次々と声をかける。
しかしレオンは、一度も振り返ることなく――
そのまま、謁見の間を後にした。




