16 戻ってきた家族
謁見の間でそわそわしながら待っていた国王カイルと王妃カミリアは、アルヴィンを抱えたまま入ってきたレオンに、思わず目を見開いた。
照れ笑いをしながら床に降りたアルヴィンは、レオンの手を引き、玉座の前まで進み出る。
「兄上を連れてきました」
レオンはアルヴィンの頭を軽く撫でてから、玉座に向き直った。
「父上、母上。ただいま戻りました」
カイルが、穏やかな表情で頷く。
「よくぞ戻った。交渉がうまくいったことは、すでに宰相から報告を受けている。先ほど、帝国の皇帝陛下からも伝達があった。“両国の未来ある友好関係を望む”とな。レオンには、大きな負担をかけたな……感謝している」
「いいえ。交渉が成功したのは、ミレイアの協力があってこそです。そもそも帝国民は、彼女の作り出す魔道具や、人知れず行ってきた救出活動のおかげで、想像していたよりずっと、レガリア王国に友好的でした」
「そうか……ミレイアさん。色々と、ありがとう。君の力がなければ、今ごろ、この国の存続が危ぶまれていたかもしれない」
突然名を呼ばれ、ミレイアは慌てて一歩前に出た。
「いえ……わたしは、いつも自分がやりたいことをしているだけで……大したことはしていません。それよりも……陛下、王妃様。お体の具合はいかがですか? 王宮の皆様にも、異変はありませんでしたか?」
「ああ、体調は問題ないよ。これほど気分が晴れているのは、王位を継いでから初めてだ。王宮の使用人たちも、今までの殺伐とした雰囲気が消え、ずいぶん話しやすくなった。カミリアとも、昨日はたくさん話をしたよ。今まで何もしてやれなかったが……これからは、彼女が抱えてきたものを、少しでも軽くしてやりたい」
カイルは立ち上がり、そっとカミリアの肩に手を置いた。
「カイル……ありがとう。でも、私……」
「心配しなくていい。君の父親には、有能な監視をつけている。もう二度と、カミリアを傷つけさせはしない。それから……イグニッツ侯爵にも、近づけさせるつもりはない。俺は……長い間、君とイグニッツが親密な……男女の関係にあるのではないかと疑っていた。レオンを奪われた後、何も出来なかった弱い自分よりも、自信家で狡猾な男に惹かれているのではないかと……。今思えば、その疑念こそが、精神魔法を受け入れる隙になっていたのだと思う」
「そんな……イグニッツに惹かれるなんて、ありえないわ。ただ……あの自信に満ちた言葉を聞いていると、無力な自分を忘れられただけ。私が惹かれていたのは、初めて会った時から……カイル、あなただけよ」
「ああ。俺も、初めて君に会った時から、目が離せなかった。なのに……君を疑い、距離を置いてしまった。後悔しかないよ。だが、これからは二度と、君から目を離したりしない」
「……嬉しい。その言葉だけで、もう充分よ。でも私は……許されない罪を犯した。だから……報いを受けなくてはならない。ずっと王妃で居続けるなんて、できないの……」
レオンは、震えるカミリアに向かって、静かに頭を下げた。
「母上。ミレイアから、すべて聞きました。ずっと……自分は、あなたに見捨てられたのだと思っていました。でも、すべての元凶は、ゼファルおじいさまだった。母上が苦しんでいることに、気づいてあげられなくて……ごめんなさい」
「……どうして……? どうして謝るの? 悪いのは私なのに……。私は、あなたに酷いことを……。母なんて呼んでもらえる人間じゃないのよ……」
カミリアの瞳に、みるみる涙が溜まっていく。
そこへアルヴィンが近づき、優しく言い聞かせる。
「母上。兄上は……僕のことも、母上のことも、嫌ってなんかいないんだよ。ずっと……仲良くなりたかったって、言ってくれたんだ」
堰を切ったように、カミリアの目から涙が溢れ出した。
隣に立つカイルが、そっとハンカチで拭う。
レオンは、一瞬だけミレイアと視線を交わした後、再び玉座に向き直り、跪いた。
「母上。俺は……何もされていません。この通り、元気です。母上は、きっと……長い悪夢を見ていただけです。それでも、何か償いたいというなら……家族で食事をしましょう。旅行にも行きましょう。幼い頃にもらえなかった愛情を、俺にください。それから……ミレイアとの結婚を、認めてください」
「あぁ……! もちろん……もちろんよ、レオン」
カミリアは玉座から立ち上がると、レオンに駆け寄り、強く抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、レオン……」
レオンも、母を抱きしめ返す。
その様子をじっと見つめていたアルヴィンに、ミレイアが声をかけた。
「アルヴィン殿下も、行きましょう!」
「え?」
戸惑うアルヴィンの手を引き、ミレイアはレオンとカミリアの元へ近づくと、二人を包むように抱きしめた。アルヴィンもそれに倣い、後ろからしがみつく。
「陛下も、来てください!」
有無を言わせぬ誘いに、カイルはおずおずと近づき、カミリアの後ろから抱きしめた。
「……う、苦しいわ」
その声に、全員が慌てて一歩下がる。
「も、申し訳ありません、王妃様!」
ミレイアが慌てて、何度も頭を下げた。
「母上……?」
レオンが、心配そうに覗き込む。
その時――俯いていたカミリアの口から、クスクスと笑い声がこぼれた。
それにつられて、アルヴィンも笑い、カイルも……レオンも笑った。
カミリアは、ミレイアに向かって、初めて心からの笑顔を見せる。
「ミレイアさんって、魔力も頭脳も完璧で……私とは全然違うから、勝手に苦手意識を持っていたけれど……思っていたのと、まったく違うのね。何というか……本当に、変な子だわ。ふふ……あなたのおかげで、久しぶりに笑えた。ありがとう。どうか、これからも……レオンのことを、よろしくお願いします」
「はい!」
ミレイアとレオンは、嬉しそうに顔を見合わせた。
「レオン、ミレイアさん」
カイルが、二人の前に立つ。
「伝えなければならないことがある。俺は……レオンに、王位を譲ろうと思う。今回の失態の責任もあるが……カミリアと一緒に、どこか暖かい場所へ行き、静かに過ごしたい」
「それは……もう、決定事項なのですか? いつか王位を継ぐ覚悟はありましたが……少し、早すぎませんか?」
「当分は、俺もサポートする。正式な継承式は、学園を卒業してからで構わない。ミレイアさんには、いきなり重荷を背負わせてしまうことになるが……」
「わたしは、レオンのことが好きです。王妃の器があるとは思いませんけど……それでも、レオンと一緒に生きていく覚悟はあります」
「ミレイア……」
レオンが、そっと彼女の手を握った。
カイルが、2人の仲睦まじい様子を見ながら、問いかける。
「本来なら、来年明けのパーティーで、二人の婚約を発表したいところなんだが……ミレイアさん。ベルトラン・イグニッツの婚約者として出席する意思に、変わりはないのかい?」
「はい。……でも、すべてが終わったら、レオンのところへ戻ってくる予定ですから、心配しないでくださいね!」
あまりにも迷いなく返事をするミレイアに、全員が顔を見合わせーー苦笑いを浮かべた。




