入国証
ミレイアが転移をしたのは、アレキサンダス帝国の国境検問所だった。
「すぐに帝都のレオンのところに転移しても良かったけど、万が一、不法入国になると困るものね……。まだ少し時間があるし……」
独り言を呟きながら警備員に近づく。
「こんにちは。レガリア王国からの入国を許可していただきたいのですが、こちらで合っていますか?」
流暢な帝国語で話しかけるミレイアに、中年の警備員が目を向ける。
「君はレガリアの人? 1人で帝国へ? 荷物は……たったそれだけ?」
シンプルな紺色のドレスにコートを羽織り、いつものマジックポシェットを肩にかけて1人で現れたミレイアを、警備員は怪しそうに眺めている。
「はい。1人ですが、帝国内で恋人が待っているんです」
「そう……。しかし、ここから国境の町までは荒野が続くよ。歩けば丸一日はかかる。夜になると更に寒くなるし、馬車なしで行くのは無理だよ」
「大丈夫です。転移魔法を使えば一瞬ですから」
「ハハハ、冗談が上手いな。それにしても、見事な仮装だ……今流行りの夢幻の女神だよね。実は、前にも似たようなレガリア人がいたんだ。人気にあやかって帝国人に詐欺を働こうとした悪い輩だった……。君に比べると質の悪い仮装だったのに、若い警備員が騙されて入国を許してしまってね。……正式な入国証がなければ、入国を認めるわけにはいかないよ」
鋭い視線を向ける警備員に、ミレイアは、リュシアンから預かった入国証を出して見せた。
「この入国証で入れますか?」
「ん?これは帝国中央省が、特別に発行している入国証だね。盗用防止の魔法がかけられた精巧なものだ。……間違いない。君は、ルーエ商会の関係者だったのか」
「まあ、そうですね」
「疑ってすまなかった。因みに、名前を聞いてもいいかな?」
「はい。ミレイア・ノクシアと申します」
「え?……ノクシアの天才発明家!?」
大きな声を上げた中年の警備員の周りに、別の入国者の対応をしていた警備員2人が駆け寄ってきた。
「警備長、どうかされました?」
「いや……彼女が……入国をしたいと」
若い警備員は、しどろもどろになる警備長の視線を追う。そして、凛とした姿で立つ美しい女性が目に入って、息を呑んだ。
「夢幻の女神!?」
「は?またか。お前は前にも騙されているだろ。もし本人なら、転移魔法が使えるんだ。わざわざこんなところを通る訳が……!?」
後ろから顔を覗かせた先輩警備員も、ミレイアの微笑みを見て固まってしまった。
「彼女は、ミレイア・ノクシア嬢だよ。通信魔道具や魔導走行車を発明した方だ」
警備長が息を整えて説明をしている。
「え、噂の天才発明家!? しかし、見た目は、夢幻の女神そのもの……」
若い警備員は、ポケットから取り出したキーホルダーの画像と本人を見比べている。
ルーエ商会が売っているグッズを持ち歩く帝国民がいることに、ミレイアは苦笑いする。
「……それも、わたしで間違いないです。女神なんて呼ばれるのは恥ずかしいんですけど」
「……入国は、許可します」
警備長が、呆気にとられた表情のまま、入国証をミレイアに返す。
「い、今から帝都に行かれるんですか?」
若い警備員が身を乗り出す。
「お、おい、プライベートなことを聞いては駄目だ。あ……握手をしてもらっても?」
「ああ、先輩ずるいです。俺も……」
ミレイアは、ためらいなく彼らの握手に応える。いつの間にか警備長まで順番待ちをしている。
「午後から帝都の公邸に訪問する予定ですが、先に国境の町で食事をいただいてから行こうかと思っています」
律儀に予定を話してくれる夢幻の女神に、顔を赤らめた3人はコクコク頷いている。
「では、行って参ります」
手を振りながら、転移の魔法陣を展開するミレイア。
「本物だ……」
「現実だよな……」
呟く警備員たちの目の前で、光の中に消えていった。




