カミリアの治療
「え、なに……?」
カミリアが、急に、体を包みこむような強くて不思議な魔力を感じ、胸を押さえた。
「……始まったんだね。カミリア、心配いらないよ。元の君に戻るだけだから」
カイルが、妻に優しく声をかける。
「は……?何を言ってるの……あなた、最近おかしい……」
温かくて心地いい魔力が、だんだんと今まで届かなかった場所にまで入り込む。
カミリアは、警戒してずっと辺りをキョロキョロ見回していたがーー突然、フッと力が抜けたように椅子から滑り落ちた。
それを支えたのは、11歳の次男アルヴィンだった。
ミレイアは、慌てて不可視結界を解除した。
「母上、大丈夫?」
「え、アルヴィン……。いつの間にここに? 今、何が起こったの?」
「治療をしてもらったんだよ。僕も、母上も、父上も。……ゼファルお祖父様の魔法が解かれたんだよ」
「え……」
カミリアが見つめる先には、頭を下げるアルヴィンの婚約者パミル。
そしてーーまだ少し薄紫色に光るミレイアの姿があった。
「王妃様。こそこそと勝手なことをしてごめんなさい。わたしたちの魔法で、状態異常を治療しました」
カミリアの瞳が揺れる。
「そんなわけ……。父の魔法は誰にも解けないはずよ。今までどんな魔術師でも解くことは出来なかった……。あなたには、そこまでの力があると言うの?」
「いえ、わたしだけでは無理でした。アゼルの力が大きいです。彼は……」
「ミレイア、待て。それを話すのは……」
アゼルが、後ろからミレイアの肩を掴んだ。
「アゼル……。わたしは、今日は嘘はつかない。すべてを話すつもりでここに来たの」
振り向いたミレイアの眼差しは、真剣だった。
「……そうか、わかった。それなら、僕のことは自分で話すよ」
「うん」
アゼルは、意を決してカミリアの前に跪いた。
「初めてお目にかかります、王妃陛下。魔塔の魔術師アゼル・フェンリルです」
「……聞いたことはあるわ。若くて有能な魔術師だと」
カミリアは、支えてくれていたアルヴィンから離れて、座り直した。
「僕は、心の魔法を使うことができます。人の心に入り込んで、調整する魔法です。これは……ゼファル・グラウベン公爵の精神魔法と同じものです」
「あなたに、父と同じ力が……?」
「はい。それはおそらく……僕が彼の血を引く人間だからです」
「どういうこと?」
カミリアが、眉をしかめる。
「僕の母は魔塔主の娘で、神殿の巫女として勤めていた過去があります。母……マーサが……15歳の時、ゼファル・グラウベン公爵に強姦されてできた子供……それが僕です」
「そんな……」
アゼルの言葉に驚いたのは、カミリアだけではなかった。彼女の隣りに立つアルヴィンも、玉座に座るカイルも、ミレイアの側に寄り添うパミルも、同じように目を見開いている。
「アゼル殿は、カミリアの腹違いの弟ということか?」
カイルの言葉に、アゼルは頷いた。
「はい。しかし……父親はいないものと思っています。母を苦しめた男を、ミレイアを何度も殺そうとした男を……僕は、決して許せません。僕の中にある忌まわしい魔法は、彼に苦しめられた人たちを救うためだけに使うと決めています」
カミリアは、顔を覆っていた手を下ろして息を吐いた。
「私は、生まれた時から魔力をもたない。しかも、精神魔法が効きにくい体質で、頭も良くない。父にとっては失敗作だった。カイルの元に嫁いだ時には、こんな自分でも幸せになっていいのだと思えたのだけど……間違いだったわ。宰相として力を持ち始めた父は、みるみるうちに、王宮や神殿の人間たちの心を支配し始めた。……あなたが生まれたのはその頃ね……。父は、あなたの存在を知っているの?」
「知られたのは最近のことです。まだ接触はありません」
「そう……皮肉なものね。父があれだけ欲していた自分の力を引き継ぐ後継者が、自分の敵として現れるなんて……。あの人は許されないことをたくさんしてきたから、恨まれて当然だわ……」
カミリアの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「……だけど、私だって……ひどいことをたくさんしてきた。イグニッツの口車に乗せられて、ミレイアさんにも、レオンにも……取り返しのつかないことをしたの。いつの間にか自分が一番なりたくなかった人間になってた。……ごめんなさい。本当にごめんなさい。私のことも……恨んでいるわよね」
ミレイアは、向けられた視線に応えるように口を開いた。
「王妃様。わたしは、あなたのことを恨んだりしません。通常の状態じゃなかったことは、もう、わかってますから。ただ……これからも、治療を続けさせてほしいです。あなたの心はまだ、傷ついています。アルヴィン殿下と陛下と一緒に、傷を癒しながら、できるだけ穏やかに過ごしてください」
「そんなこと……無理だわ。どうせまた父が干渉してくる。それに、カイルもアルヴィンも、これまで横暴な私に振り回されていたから、魔法が解けた今、一緒になんていてくれるはずない……」
項垂れるカミリアの震える肩を抱き寄せたのは、カイルだった。
「カミリア。俺は君の夫だよ。婚約を決めた時からずっと、想いは変わっていない。だけど、信用できないのも仕方ないかもしれない……。君の父親が虐待をしていたことも、怪しい魔法を操っていることも、俺は早いうちから気がついていた。結婚して一緒に住み始めただけで、君を守れている気になっていたんだ。国王であった父が、洗脳されていることを確信した時、レオンを奪われた時ーー俺は恐ろしくなって何も出来なかった。立ち向かうこともできず、結局洗脳されてしまった頼りのない夫だ……。しかし君と一緒にいることならできる。どうかそばにいさせてほしい」
「カイル……」
「母上。僕は、国王にはなりたくありません。兄上と敵対したくありません。母上に不満があるとしたら、それだけです。母上が僕を愛してくれていることは、ずっと伝わっていたから……」
「アルヴィン……、ごめんね……」
3人の様子にひとまずホッとしたミレイアが、声をかける。
「ゼファル公爵のことは、わたしが必ず何とかします。だから、心配しないでください」
「……ミレイアさん、父は危険よ。あなたがそこまで踏み込む理由は何?レオンとの婚約を認めてほしいから?……だったらもう、反対したりなんてしないわ。あの時は、妬ましかったんだと思う……私が手に入れられなかった高い魔力と両親の愛情に加えて、レオンの心まで奪ったあなたが……。今は後悔しかないわ。ごめんなさい……。だから、どうか危ないことはしないで」
「……それは無理です。わたしには、ゼファル公爵を封じ込めたい理由がありますから」
眉を寄せて、カミリアはカイルと顔を見合わせた。
ミレイアは、息をついて続ける。
「ーー陛下、王妃様。今まで黙っていたことがあります。……ノクシアの両親は、わたしの産みの親ではありません。本当の両親は、15年前に殺された神官シオンと聖女アリア。……わたしは、一緒に死んだことになっている娘です」
「ああ、そうか。それでその規格外な能力が……。君は生きていたんだね。ーー神官一家の暗殺を命じたのは父……それを操っていたのはゼファル公爵だ。……君は、それを全部わかっていたのか?」
「はい。知ったのは最近ですが。……わたしが生かされたのには、理由があると思うんです。だから……信じてください」
頭を下げるミレイアの隣りにアゼルが並ぶ。
「僕もミレイアと同じ気持ちです。危ない時には止めますから……信じてください」
「はあ……わかったわ……止めても無駄のようね」
カミリアが大きなため息を吐く。
ミレイアは、側によってきたパミルに目配せをすると、再び玉座に向き直った。
「はい。それから、お願いがあります。アルヴィン殿下とパミルの婚約披露パーティーは、予定通り開いてください。わたしはそこに、ベルトラン・イグニッツの婚約者として参加します。そして、イグニッツ侯爵やオルコット侯爵たち、不正に関わる貴族たちを一斉に断罪します」
言葉を失うカミリアの肩を軽く叩いたカイルは、苦笑いしながら応えた。
「ミレイアさん。君の言動は突拍子もないが、今までの功績を思えば、できてしまうのかもしれないな。イグニッツたちのことは、このままでは駄目だと思っていた。協力できることがあれば、協力するよ」
「ありがとうございます。それから報告ですが、わたしは午後から転移魔法で帝国に行って、ヨウィエル皇太子にお会いしてきます。交渉がうまくいけば、明日にはレオンと一緒に戻ってきます」
その場にいる全員が目を丸くして固まっていたが、ミレイアは満足そうに頷いた。




