アルヴィンの治療
「急に誘ったのに来てくれてありがとね、パミル」
ミレイアが、アゼルと一緒に転移して来たパミルに声をかけながら、腕にはめた不可視結界魔道具を発動させる。
「こちらこそ。呼んでくれてありがとう、ミレイアお姉ちゃん。治療の続きのこと……ずっと気になってたの」
王宮の使用人棟の裏。
姿を消した3人が、並んで歩き出す。
アゼルは、自然にミレイアの手を握った。
「……毎回思うけど、当たり前みたいに手を繋ぐよね。本当に治療に必要なの?」
パミルに冷やかされて、アゼルは即答する。
「もちろん、必要だよ」
ミレイアは苦笑いしながらも、アゼルの手をぎゅっと握り返した。
「最初は、アルヴィンのところに行くんだよね?」
パミルが、2人の距離感に呆れつつ、ミレイアに問いかける。
「うん、そのつもり。この時間は、国王陛下と王妃様は謁見の間で、アルヴィン殿下は自分の部屋にいるみたい。クラリスのお母様……侍女長のジュリアスさんの情報よ」
長い回廊を歩き、事前に場所を聞いていた部屋の前で立ち止まる。
ちょうど、身支度を手伝っていた侍女が退出した直後だった。足音が遠ざかると、ミレイアは静かに扉を開けた。
3人は不可視結界に覆われたまま、アルヴィンの私室へと忍び込んだ。
朝の光が差し込む室内。
寝台の端に腰掛けたアルヴィンは、虚ろな視線のまま、じっとしている。
「……今のうちに」
ミレイアが、そっと手を伸ばす。
同時に、アゼルが一歩踏み出した。
ミレイアの浄化魔法が、静かに広がる。
それに重なるように、アゼルの心の魔法が、歪みに触れる。
2人の優しい魔力が、アルヴィンを包み込んでいく。
後ろから覗き込んだパミルは、アルヴィンの状態異常を視ながら声をかける。
「……もう少し上の方……、そう、その調子……」
アゼルが、深呼吸をして魔力の流れを強めた。
集中したミレイアの体からは、薄紫色の光が放たれている。
「……あとちょっと……うん、これで大丈夫」
パミルが頷いた瞬間。
「……っ」
アルヴィンが、ハッと息を吸った。
焦点の合っていなかった瞳に、はっきりと光が戻る。
「……誰かいるの!?」
落ち着かない様子で室内を見回すアルヴィンに、ミレイアが近づいた。
「今から、見えるようにするわ」
ミレイアの手首にはめられた不可視結界魔道具の宝石が、淡く光る。
ミレイアは、アルヴィンの手を取り、その宝石にそっと触れさせた。
一瞬、空気が揺らぎ……アルヴィンの目の前に三人の姿が現れた。
「……え?」
目を見開くアルヴィンが、最初に認識したのは、見知った顔だった。
「……パミル?」
「突然ごめんね。あなたの状態異常を治療したの」
パミルが、落ち着いた声で伝える。
続けてミレイアが、アルヴィンと目線を合わせて声をかける。
「初めまして、アルヴィン殿下。わたしは、ミレイア・ノクシアです。勝手に忍びこむような真似をしてごめんなさい。今は、あなたも不可視結界の中にいるから、外からは姿や声は認識できないわ……」
アゼルも膝をついて挨拶をする。
「アルヴィン殿下。魔術師のアゼル・フェンリルです。あなたを支配していた精神魔法は、たった今解除されました。気分はいかがですか?」
「……楽になった。息苦しさもなくなったし、ぼやけてた視界が明るくなった」
「良かった……」
笑顔を見せたパミルに、アルヴィンが頭を下げる。
「ありがとう。君は、僕と母上を助けてくれるって……約束を守ってくれたんだね」
「わたしは大したことはしてないよ。治療したのは、こっちの2人だし!それに、王妃様の治療はまだ……」
「ねえ、アルヴィン殿下は、どこまでわかっているの?精神魔法をかけた人物のこと、王妃様の置かれた状況のこと……」
ミレイアの率直な問いかけに、アルヴィンは戸惑いの表情を浮かべる。
「何故、そんなことを聞くの……?」
「わたしたちは、精神魔法で洗脳されていた多くの人たちの治療をしてきたわ。そのほとんどの人は、洗脳されていた間の記憶が曖昧で、魔法をかけた人物のことは思い出せないの。だけど……あなたには真実を知っておいてほしいから。そして……わたしたちに協力してほしいと考えているの」
ミレイアに重ねるようにアゼルも語りかける。
「アルヴィン殿下。僕たちはあなたの味方です。信じてください」
パミルは、アルヴィンの肩に優しく触れた。
「心配しないで。悪いようにはならないから。わかること……話してくれる?」
アルヴィンは、ゆっくりと頷いた。
「僕は……はっきり覚えているよ。見たことも聞いたことも。……精神魔法をかけたのはゼファルお祖父様だ。心を潰されるような怖い魔法を、幼い頃から会うたびにかけられてきた。父上や宰相を操って、近隣国と戦争をおこそうとしていることも、昔から母上に暴力を振るっていることも知ってる。母上の言葉に、僕や父上を言いなりにするための術をかけていたことも……全部わかってた」
「やっぱり……アルヴィンが、お母様からの執着に応えていたのは、精神魔法のせいだけではなかったんだよね」
「うん。精神魔法の影響もあったけど……母上の心が壊れていくのを止められるなら、それは、仕方がないと思ってた。だけど、お兄様を排除して僕に王位を継がせようとすることは、嫌だったし……苦しかった。ゼファルお祖父様を捕まえて、母上を救ってあげられるなら……僕は君たちに協力するよ」




