カミリアの過去
ーー
光幕に映る過去は、揺れて切り替わる。
少し成長したカミリアの姿が見える。
……しかし体は痩せ細り、髪はボサボサで顔色が悪い。
暗い部屋の中で地べたに座り、1人震えている。
外からカギが開かれ、入ってきたのはカミリアとよく似た痩せた女性だった。
カミリアの大きな目が見開かれる。
「お母様……。お腹すいたよ。体が痛い……助けて……」
母は、足元に縋り付く娘に憐れみの視線を送った。
「カミリア……わたしは最低の母親ね。あなたを守らなければいけないのに、止められなかった。あの人の精神魔法に操られて、一緒に虐待をしてた……。日に日に正気でいられる時間が短くなっているの」
涙を流す母の手には、ナイフが握られていた。
「私たち……一緒に死にましょう」
屈み込んで、娘の胸にナイフを突き刺そうとしたその時ーーその悲痛な声が届いた。
「いや……死にたくない」
母は一瞬眉をしかめて、刃先を自分の首元に向けると、迷いなく掻き切った。
勢いよく噴き出した血が、カミリアの顔にかかり、母親はそのまま後ろに崩れるように倒れた。
「あ、あ、あー!」
カミリアの嗚咽が響き渡る。
物音を聞きつけて、部屋に入ってきた父ゼファルが、その惨状を見て苛立ちを露わにした。
「自ら命を絶ったか。魔力が高いからもらってやったというのに、跡継ぎを産まなかっただけではなく、役立たずの娘を残して死ぬとは……愚かな女め!」
そして、妻の亡骸を蹴り飛ばした。
ーー
場面は再び切り替わる。
暗い部屋で、小さな固いパンをかじるカミリア。あどけなさと同時に表情が消え、既に涙も枯れ果てていた。
突然部屋に入ってきたゼファルが、上機嫌で叫んだ。
「おい、カミリア。喜べ。皇太子の婚約者が病で死んだ。お前は、筆頭婚約者候補に選ばれたんだ。
ハハハ……!三カ月後の顔合わせの日まで、その不快な見た目をなんとかしろ。そして最低限のマナーを身につけるんだ!」
ーー
王宮の応接室。
国王フリードと王妃エレオノーラの間には、17歳のカイルの姿がある。
向かい側のソファには、まだ痩せ気味ではあるものの少し肌ツヤのよくなった15歳のカミリア。そして、その隣には満面の笑みを浮かべる父ゼファル。
「この度は、娘には勿体ないほどの良い話をいただき、有難うございます。どうぞ、宜しくお願い致します」
ゼファルの挨拶に促されるようにカミリアも頭を下げる。
「よ、よろし……おねがい……ます」
「まあ、緊張しているのかしら。気を張らなくても大丈夫よ。カミリアさんは、カイルと結婚したら私たちの家族になるんですもの」
王妃レオノーラはカミリアに優しい笑みを向けた。
国王フリードは、少し苦笑いしながら妻の方を向く。
「おい、レオノーラ。それは気が早すぎるんじゃないか?まだ、カミリアさんがカイルと結婚してくれると決まったわけじゃないだろう?」
「あら、いけない。そうね……これはまだ顔合わせだから、もし、カイルと気が合わないと思ったら、断ってしまってもいいのよ。……だけど、カイルはすごく優しい子よ。今は、幼馴染だった元婚約者を亡くしたばかりで、塞ぎ込んでいるけれど……。カミリアさんは、不慮の事故でお母様を亡くされてるでしょう?あなたたちなら、痛みを分かち合って、温かい家族を作れる気がするの……。あ、ごめんなさい。また余計なことを言ってしまったわ」
カミリアは、親たちが談笑をする中、ずっと真っ直ぐにカイルを見つめていた。
笑い合う両親の間にいても、固い表情のままの彼が、不思議で仕方なかった。
結局、この時はカイルもカミリアも挨拶以外の言葉を発しなかった。
ーー
数日後、突然、1人でカミリアの邸宅に訪ねてきたカイル。
玄関前で思わぬ光景を見てしまい、唖然としている。
「カミリア〜、玄関掃除は終わったー?あー、まだこんなに汚れているじゃない」
清掃メイドがカミリアの前にゴミ箱のゴミをばら撒いている。
「今日は旦那様がいないから食事は用意しないぞ。犬にやる残飯が残ってたからあれでも食べな」
窓から外を覗いた料理人の男が、ニヤけながら暴言をはく。
「入浴は自分でできるわよね?汚いあんたを触りたくないの〜」
綺麗なドレスを着た侍女が、虫ケラを見るような視線を向けて通り過ぎていく。
「おい!何をしている!」
カイルは、カミリアが持つほうきを取り上げて放り投げた。
「え?うそ。皇太子殿下!?……し、失礼します!」
清掃メイドが、顔を青くして走り去っていった。
立ち尽くすカミリアに、カイルが話しかける。
「……大丈夫?ねえ……君は、いつもこんな扱いを受けているの?」
カミリアは真っ直ぐにカイルの瞳を見て答える。
「はい。でも平気です。最近は鞭で打たれないし、食事もちゃんともらってますから」
「公爵家の一人娘だよね?どうして黙っているの?公爵はこのこと知ってるの?」
「……平気ですから」
カミリアの返事に、眉をひそめたカイルが、決意をしたように発言する。
「カミリア。君と婚約しろと両親に言われた時……俺はありえないと思ってた。3ヶ月前に亡くなった元婚約者のことが好きだったし、君とは会ったことすらなかったから。だけど、顔合わせの日の君の目が、ずっと頭から離れないんだ。……だから、こっそり会いに来た。君は、この家を出たい?」
カミリアは静かに頷いた。
ーー
カミリアと皇太子カイルの結婚が正式に決まった。
「初めて役に立ってくれたな。おかげで宰相の地位を手に入れたよ。国王に返り咲く日も近い。ハハハ」
ゼファルの高笑いが響く。
カミリアは、不器用だけれど自分を大切にしてくれる優しいカイルに、惹かれ始めていた。
ーー
カイルとの間に長男が生まれ、初めて笑顔を見せたカミリア。
ベッドで横になるカミリアの横には、赤子を抱くカイルと、王妃レオノーラが立って話をしている。
「名前はエルヴィスがいいと思うんだよ。国民に愛される偉大な国王だった曾祖父の名をもらうんだ」
「あら、カイル。私も名前を考えてたのよ。レオンっていうの。私の名とシオン様の名を掛け合わせたんだけど……素敵でしょ?」
「神官のシオン?母上は最近、随分彼に心酔しているようだけど……大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。最近、フリードが人が変わったように傲慢になって、私の言葉に耳をかさなくなったでしょう?……悩みを聞いてもらっているの。不思議と気持ちが楽になるのよ。あの方は、高い魔力を他人のためにしか使わない。助けても見返りを求めたことは一度もない。……この子にも、他人に寄り添い、自分の力の使い方を間違えない子になって欲しいわ」
「うん。それはそうだけど、俺はやっぱりエルヴィスが相応しいと思うな」
「いいえ、この子はレオンっぽい顔だわ」
2人の掛け合いを聞きながら、クスクス笑っているカミリア。
カイルが、産後の妻をいたわるように優しく話しかける。
「カミリア。君はずっと笑っているけど、どんな名前にしたいんだい?」
「私は……、レオン・エルヴィス・レガリアがいいと思うわ」
カミリアの意見に反応するように、赤子が「きゃっ」と可愛い声を出した。
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よちよち歩きのレオンとカミリアの元に、ゼファルが近づいてきた。
一緒にいる怪しげな魔術師が、レオンに無理矢理手をかざした。
「この子は、かなりの魔力の持ち主ですね。炎、水、氷、雷……あらゆる特性をもつ特異な存在です」
その言葉に興奮したように、ゼファルがレオンを奪い取った。
「我が一族の跡継ぎか。カミリア、よくやった!」
一瞬、頬を緩ませたカミリアだったが、次のゼファルの言葉で固まってしまった。
「レオンのことは、後はこっちで面倒を見てやる。お前はもう、近づくな」
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レオンは、王宮から出て離れの屋敷に住み始めた。
カミリアが会いに行っても、門前払い。
「レオン様はあなたが嫌いなので、会いたくないそうです」
……と使用人から追い返され、泣きながら帰る日々。
カイルは慰めてくれるが、レオンのことは取り返してはくれない。
取り返そうとしてくれたのは、王妃レオノーラだった。
「私から、ゼファルに言っておくわ。母親からレオンを引き離すなんておかしいもの」
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カイルが走り寄ってきた。
「母上が亡くなった。心臓の病だと言われたが……多分違う。弟のユーグが、昨日、父上と言い争う母上を目撃していたんだ。母上は……殺されたのかもしれない……」
カミリアは、ひざから崩れ落ちた。
ーー
ついに精神を病んだカミリア。
生まれたばかりのアルヴィンに心の支えを求めて、異常なほどに執着している。
ゼファルは、アルヴィンにも魔力検査を受けさせようと、魔術師と共に謁見の間に訪れた。しかし、魔力がなく、精神魔法が効きやすい体質であることがわかると、鼻を鳴らして出て行った。
入れ変わるように、イグニッツ侯爵が入ってきた。
レオン殿下が、ミレイア・ノクシア嬢にのぼせ上がっているようだ……と報告している。
カミリアは呟いた。
「……私を捨てておいて、魔力の高い化け物女を好きになるなんて、許せない」
ーー
王宮の地下室。
ゼファルが、カミリアに鞭打ちをしている。
「イグニッツとはこれ以上関わるな。あれは、私と似ているようだが、狡猾で醜い小物だ」
カミリアは、目を閉じて痛みに耐えている。
鞭の音が広い空間に響く。
「ミレイア・ノクシアには、二度と手を出すなよ。手を出していいのは私だけだ。お前は言う通りにカイルの手綱を握って、第二王子の世話をしていればいいんだよ。ーーそれしかお前の価値はない」
ーー
魔道具の光が揺れ、映像が、プツリと切れた。




