日常
「何だか、久しぶりにちゃんと顔をみた気がするわ」
夕食を食べながら、母シルヴィアがミレイアに笑顔を向ける。
「相変わらずあちこち動き回っていたみたいだな。帰省してからずっとレオン殿下にべったりだったし、ようやく家族水入らずで過ごせると思ってたのに……。朝から探してもいないし……心配してたんだぞ」
父ギルバートが、少し拗ねたように唇を尖らせる。
「ごめん。モフィたちに言付けは頼んだんだけど……」
「ああ……。確かに猫の聖獣が、何かを伝えるようにずっと鳴いていたが……わかるわけないだろう!?」
ギルバートが呆れた声を上げる。
ミレイアは苦笑いして、隣りの椅子の上で夢中で魔力の粒を食べている3匹を横目で見た後、後ろに立っているノエルの方へ振り向いた。
「……ええ、私はちゃんと聞きましたよ。だけど、夕方まで寝込んでましたから」
「え、そんなに!?今は大丈夫なの?やっぱり今日は、もう力を使わない方が良さそう?」
「いいえ、平気です。最近寝不足だったから、余分に休ませてもらってただけです。さっき、いつもよりたくさん食事をいただきましたしーー聖女の力も使えますよ」
「そう?それなら……後からお願いね」
ノエルの元気そうな笑顔にホッとしながら、再び向かい側に座る父母に目を向ける。
「ノエルが聖女の不思議な能力を使えるようになるとはね……さすがアリアの妹ね」
感心して頷くシルヴィアの様子を見ると、既にノエルから報告を受けているようだ。
「実は今日、西の森で大おばあさまから聖女の話を色々聞いてきたの。わたしは、初代聖女の生まれ変わりなんだって……信じられる?」
「あら……ついに聞いたのね。あの日記帳も受け取った?……実は、アリアが最後にあなたを託しに来た時、代々聖女に受け継がれているっていう伝説の聖女の日記を見せられたの。記号の羅列にしか見えなかったけどね。ーーアリアは言っていたわ。ミレイアが大きくなったら、これが読めるようになるはず……この子は伝説の聖女の生まれ変わりだからって……。
預かってほしいって頼まれたんだけど、聖女だけに受け継がれてきた歴史のあるものを、私が預かるのはなんだか違う気がして渋ってしまってね。……そしたら、アリアが西の森のおばあさまに預かってもらうって持って行ったの」
「え、じゃあ……お母さまは最初からわかっていたのね」
「あなたが特別な存在であることは、誰に聞かなくても、一緒に暮らしていればわかるわよ。……だけど、あなたがいくら伝説の聖女の生まれ変わりだとしても、シオンの規格外の力を受け継いでいるとしても……たった一人の、わたしたちの可愛い娘であることに変わりはないの」
シルヴィアの言葉に付け加えるようにギルバートも声を張る。
「そうだぞ。たとえ、何の力も持たなくても、醜い見た目だったとしても、ミレイアは、アリアとシオンが残してくれた俺たちのかけがえのない愛娘だ」
「ありがとう。わたし、お父さまとお母さまの娘で良かったわ。ここに連れて来てくれたパパとママにも感謝してる」
「ミレイアは、結婚しても一生俺の娘だからな。それより……5日後のミレイアの誕生日だけど、本当に生誕パーティーを開かなくてもいいのか?今からでも、親しい人たちを招いて小規模なパーティーなら開いてやれるぞ」
「いいって、何度も言ってるでしょ。わたしは、普段通りにすごしたいの。家族と使用人のみんなが祝ってくれるなら充分よ。レオンも戻ってきたら祝ってくれるって言ってたし」
「そっか……じゃあ、せめてミレイアの好きな料理と大きなケーキは用意するよ」
「うん、楽しみにしてる。
ーーあ、そうだ、お父さま。あのね……10日後のパミルとアルヴィン殿下の婚約披露パーティーの話なんだけど……。お父さまのパートナーとして参加させてもらう予定だったけど、取りやめにしたいの」
「ん?もしかして、レオン殿下から誘われたか?」
「違う。レオンからは誘われてないわ。わたしは……ベルトランの婚約者として参加する」
「「え、どうして?」」
父母が声を揃える。
「ベルトランの希望なの。彼の父親をパーティーで断罪するために、油断させたいんだって。どうせ、自動的に婚約解消になるだろうからって」
「……それはそうかもしれないが……。レオン殿下は許してくれたのか?」
「え、言ってないけど。許しなんて必要かしら?」
「……ミレイア、ちゃんと話しておいた方がいいわ。将来を約束した相手が、別の人の婚約者として公の場に出れば、理由があったとしても普通は傷つくものよ。……イグニッツの息子とは、本当に何でもないのよね?」
シルヴィアが常識はずれの娘に頭を抱える。
「うん。彼は気の合う友人だよ。あ、今度お揃いのドレスを買いに行く約束をしたの。……ごめん、注文してもらったドレスは、別の機会に着るから……」
「お揃いのドレスね……、父親を油断させることだけが目的なら、そこまでする必要はないだろう。はあ……ミレイアがまた無自覚に男を執着させてそうで、心配なんだが……」
ギルバートは、シルヴィアと顔を見合わせてため息をついた。
暗い現実と数奇な運命を忘れられる穏やかな日常のひととき。
ミレイアは、微笑みながら温かいスープを口に運んだ。




