自覚と決意
最後の一行を読み終え、ミレイアは静かに日記帳を閉じた。
乾いた音が、木々に囲まれた空間に小さく響く。
テーブルの上に置いた日記帳の表紙を、指先でなぞる。
胸の奥が、鈍く痛んだ。
前世の自分の記録ーーそう言われても、ミレットの人生を自分のものと思えるほど、共感はできない。
ただ……彼女がこれを書き残した意味を考えると、虚しくて、切なくて、やるせない……。
昇華しきれない複雑な思いが溢れてきた。
隣に座るアゼルは、ミレイアの表情を注意深く見守っている。
イリウスは不安そうな視線を送り、マーサは唇を噛み締めていた。
「……これで、日記はおしまい!」
ミレイアは、重い空気を変えるように言い切ると、ゆっくりと顔を上げた。
向かいに座るユキアが、絞り出すような声で、語りかけた。
「……読んでくれて、ありがとう。ずっと……気になっていたんだ。母は、叔母の死については沈黙を貫いていたから。……叔母は、私たちを守るために、自ら終わらせたんだね……。そして、最後に願った通り、前世の記憶を持たず、規格外の能力を持って、ミレイアとして生まれ変わった……」
ミレイアは、ユキアの言葉を聞いて、首を傾けた。
「……正直言うと、わたしがミレットと同じ魂を持った生まれ変わりである実感は、全くありません。彼女の生き方は、同情はするけれど、やっぱりわたしとは違う。
今の人生が、ミレットに託されたものだとしたら……重すぎます」
ミレイアの率直な意見に、苦笑いを浮かべたユキアが応える。
「そうだね……。ミレイアにはミレイアの人生がある。余計な重荷を背負って生きる必要はない。聖女の意味も、深く考えなくていい。強い治癒魔法を持って生まれた初代聖女ミレナの子孫であること。……それ以上でもそれ以下でもないんだよ。……ミレイアは、日記を読まない方が良かったと思うかい?」
「いいえ、読んで良かったです。知らなかった事実を知ることができたし、わたしがやるべきことが、はっきり見えた気がします」
「やるべきこと……?」
上擦った声で聞き返したのはマーサだった。
「マーサさんも、気づいているんでしょう?わたしたちの敵であるあの男は、バッカルだった前世の記憶を持って生まれてきています。ミレットに殺されてから、それほど間を置かずに。……倒すだけでは駄目なんです。悪意を封印して、輪廻を断ち切らなければなりません」
「そんなことが可能なの?」
「……わかりません。だけど、それがわたしがやらないといけないことだと思うから……」
「ミレイア……!」
アゼルがミレイアの肩に手を置いて金色の瞳で覗き込んだ。
「……わかってるよ、アゼル。わたしだけじゃなくて、アゼルのやるべきことでもあるんだよね……。ちゃんと、頼るから心配しないで」
「ミレイアが無理して倒れるのを、僕は何度も見てきた」
ミレイアは肩に置かれたアゼルの手を握る。
「大丈夫。これでも、わたしは成長しているの。自分の限界はわかってるつもりよ。無理はしないわ」
「本当かな。君は夢中になると約束を忘れるから。……せめて、どうか嘘はつかずに全部話してほしい。やりたいことも、やろうとしていることも、行き先も……」
「うん。アゼルには何も内緒にしない」
「ああ。だけど……レオンとイチャイチャした話は、しなくていいからな」
「……わかった」
ミレイアはニコリと笑って、アゼルの手を離すと、テーブルの日記帳をそっと抱えて立ち上がった。
「……もう行っちゃうのか?」
イリウスが寂しそうに呟く。
「うん。今日は、ノクシアの両親と夕食をとらないと。……ギンたちも待っているし。それに、食後にノエルの聖女の力で、見てもらいたい過去があるんです」
「そうか……。一緒に食事が取れると思っておったのに。寂しいのう」
「イリウス、ミレイアが忙しいのは今に始まったことではないでしょう?」
ユキアがイリウスをなだめながらミレイアに向き合う。
「ミレイア、またおいで。今日は呼びださなかったが、精霊たちも聖獣たちも会いたがっていた。ーーあとで、ノエルが聖女の力を使うところ……遠隔透視で視るかもしれないけど、いいかい?」
「はい、大おばあさま」
ミレイアは、ユキアに返事をしてすぐ、もう一度アゼルの顔を見つめた。
「アゼル。もし時間があったら、食後にわたしの部屋まで来てくれる?王妃様の過去を視るの。あなたも知っておくべきだと思うから……」
「……もちろん、行くよ」
森の木々のざわめきが、答えるように揺れた。




