表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
278/385

ミレットの人生

わたしはバッカルの前から逃げ出し、西の森へ戻った。

それが正しかったのかは、今もわからない。ただ、怖かったし、考える時間が欲しかった。


聖域であるこの森には、悪しき者は入り込めないはずだから。


——バッカルの前世は、カルファルだ。

しかも、わたしと同じように、かつての記憶を持って生まれてきている。


そして、確証はないけれど……

カルファルの前世は、カラハルだとわたしは考えている。


ミレナとして生きた最初の人生。

レオナル亡き後に国王の地位を得た人物。


ミレナは、その後すぐに亡くなっているため顛末を見ていない。

けれど、ミレーユとして生まれ変わった後、過去の記録を調べたのだ。


国王カラハルは、精神魔法を操っていた。

彼の命令には決して逆らえない力があり、国中の民から崇められていた。

好戦的で、近隣国に攻め入り領地を広げ、レガリアを世界一の大国にした。


カラハルは、自らが神になることを望み、

その目的のためには手段を選ばなかった。


即位後一週間で、馬車ごと崖から転落したレオナル……。

おそらくあれは事故ではなく、

カラハルが仕組んだ暗殺だったのだろう。


独裁者カラハルは、即位から十年後、

自らの息子に殺されて亡くなっている。


精神魔法は、心に隙がなければ効かない。

絶望感は、いちばん大きな隙を生む。


前世でカルファルが、

“アゼリオを殺めてきた”

と話した時……

わたしは、精神魔法に侵されかけた。


わたしの愛した人たちを奪うのは、

わたしに心の隙を作らせるため?


だとしたら……わたしは弱気になってはいけない。

操られて、思い通りになどさせるものか。


わたしは、精霊と契約をした。

木の精霊コノハと、雷の精霊イナビ。


三度の人生において、初めての契約だった。


わたしは、コノハとイナビを王都へ送り込んだ。

姉と義兄、姪のユキア……

わたしの大切な人たちを守るために。


精霊と契約すれば、魔力の消費は早くなる。そのせいで、常に限界ぎりぎりの状態だった。

けれど、力のないわたしには、他に戦う術がなかった。


精霊は、主人が望めば転移ができる。

わたしは精霊たちの助けを借り、

森に住みながら王都の様子を伺っていた。


時折、聖女の仕事依頼で呼び出しがあったけれど、

ほとんどは理由をつけて断っていた。

その中には、バッカルからの依頼も混ざっていたから。


災害救助など、どうしても必要な時には、

国境の森からついてきた人型精霊のアレクが、こっそり手助けしてくれた。


ユキアを連れた姉が、時々森に遊びに来てくれることもあった。

ユキアはわたしに懐き、森の精霊たちのことも気に入ってくれた。


商人のリュシクは、定期的に食料を運び、

わたしが欲しがった本を探してきてくれた。


侯爵令息のベルドは、わたしが森から出てこないことを心配し、頻繁に手紙を送ってくれた。


騎士のフロントは、独自の調査で、父の殺害にバッカルが関わっていることに気づいた。

そして、彼がわたしに近づくのを、あらゆる手を使って阻止してくれた。


七年の月日が過ぎた。

しばらくバッカルが沈黙していたことで、

わたしは油断していた。


——フロントが、警備中にごろつきに刺されて命を落とした。


唖然とするわたしを嘲笑うように、数日後……領地の山道を歩いていたベルドが、

崖下に滑落して亡くなった。


悲しみに沈むわたしを慰めてくれたリュシアンは、王都へ帰る途中に事故に遭い、帰らぬ人となった。


バッカルの仕業であることは、もはや否定しようがなかった。


精霊のコノハとイナビが、原因不明の病で倒れた時、わたしは覚悟した。


——これ以上、奪われるわけにはいかない。


わたしは、姉にすべてを打ち明けた。


初代聖女の生まれ変わりであること。

前世の記憶のこと。

バッカルとの因縁のこと。

そして、これからやろうとしていること……。


そして、この日記を預かった。

ミレットの生きた証を残すために。


わたしは、25歳の誕生日を迎える明日、

バッカルの元へ嫁ぐ。

今回は、側室ではなく正妻として。


そして、わたしはあの男と共に、この人生を終わらせる。


数年前、リュシクが探してきてくれた薬草学の本に、遅延性の毒が載っていた。

魔力が強いものほど効果が出る、この毒を——

バッカルに飲ませる。

わたしが、口移しで……。


バッカルは、きっと油断しているだろう。

この日のために、わたしは一年間、従順な婚約者を演じてきたから。


“ようやく気がついたわ。わたしは、あなたに会うために生まれ変わったの。一緒になる運命だったのね……”


そう言ったわたしに、バッカルは勝ち誇ったような笑い声を上げた。


“やっと手にできるんだな。最初の人生から、ずっと目をつけていた女を。……さあ、抱いてやるよ”


押し倒そうとしたバッカルに、わたしは甘い声で伝えた。


“もう少し我慢して。体だけの関係にはなりたくないの。

……25歳の誕生日に結婚しましょう。

その時には、わたしのすべてを捧げるわ”


わたしは、子孫を残さずに死ぬ。

きっと、もう転生はしないだろう。


バッカルも、

もう生まれてきては駄目だ。


だけど、もし生まれ変わることがあるのなら……


みんなを守れる規格外の力がほしい。


先を見通せる賢い頭脳がほしい。


自由奔放で、前向きな性格がほしい。


わたしの大切な人たちと、再び出会いたい。


できれば、女友達もほしい。


——前世の記憶なんて、覚えていたくない。



わたしの記録は、これで終わり。


姉さん、今までありがとう。

姉さんの家族と、その子孫が、末永く幸せであることを祈っているわ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ