数奇な運命
行き帰りの二週間を含め、およそ二か月に及ぶ視察旅行を終えた一行は、戻ってきた王都の変わり果てた姿に愕然とした。
穏やかだったはずの街は、荒れ果てていた。
あちこちの商店には破壊の跡が残り、片付けられない瓦礫が道路に散乱している。
ガラの悪い男たちが街中を闊歩し、普段なら遊び回っている子供たちや、行き交う買い物客の姿はない。
威勢のいい呼び込みの声も、どこからも聞こえてこなかった。
騎士のフロントが慌てて馬車を降り、他の騎士たちもそれに続く。
看板を蹴飛ばしながら歩いていた男たちを素早い動きで取り押さえ、事情聴取が始まった。
――その様子を横目に、わたしの胸には、言いようのない不安が込み上げてきた。
父が働いている、商店街のレストラン……
気づけば、わたしはそこへ向かって走り出していた。
穴の空いた床板。脚の折れたテーブルと椅子。床に落ちて砕けたシャンデリア。
いつも賑わい、笑い声に満ちていたレストランは、見る影もない姿になっていた。
厨房の方から物音がして、恐る恐る足を踏み入れる。
そこには、立ちすくむ数人の従業員がいた。そして――その中央に、横たわる父の姿があった。
父の傍らでは、姉が必死に治癒魔法の光を当てている。
"姉さん! 一体、何があったの……!?"
青ざめたわたしに、姉は深刻な顔を向けた。
"ミレット……無事に戻ってきてくれてよかった。わたしも、ついさっき駆けつけたところなの……。暴漢が押し入ってきたらしいわ"
姉は一度言葉を切り、唇を噛みしめて続ける。
"父さんは……お腹を刺された。かなり深く……。出血は止められたけれど、目を覚まさないの。……間に合わなかったかもしれない"
わたしも父の傍に膝をつき、必死に光を重ねた。
けれど――ついに、父が目を覚ますことはなかった。
大切な人ひとり救えない聖女なんて、
――いったい、何の意味があるのだろう。
その後、フロントの報告で、街を闊歩していた男たちの中に、プロの刺客が紛れ込んでいたことが判明した。
依頼人の名は明かされなかったが、王都の商店街を襲撃し、『聖女の父親を殺す』という依頼を受けていたと供述しているという。
わたしの数奇な運命は、今回も続いているのだろうか。
――嫌な予感が、拭えなかった。
その予感が確信へと変わったのは、視察団の報告のため、宰相と共に王宮を訪れた時だった。
謁見したエルヴィス陛下は、かつての聡明さも快活さも失っていた。
虚ろな目で、黙ったまま報告を聞き続けている。
そして、重い沈黙の末に発せられた言葉は――信じがたい王命だった。
"……あの国は危険だ。今後は親善活動を停止し、帝国からの入国を制限する"
でも、それ以上にわたしを震撼させたのは、陛下の隣に立つ人物だった。
王家の遠縁にあたる公爵令息バッカル。
前世の宿敵、カルファルの血を引く一族の末裔。
彼はわたしより一つ年上で、国外留学から戻ったばかりのはずだ。
これまで、かつての独裁者の一族を警戒していたエルヴィス陛下が、彼を側近に置くなど――正気とは思えなかった。
バッカルは、あの男を思い起こさせる灰色の瞳で、まっすぐにわたしを見据え、
そして、ゆっくりと口角を上げた。
謁見の間を出て、ひとりになったわたしを追ってきた彼は、
"――落とされましたよ"
そう囁くように呼び止め、わたしの手に、布で包まれた何かを握らせた。
布を解いた瞬間、わたしは息を呑んだ。
濃紺の宝石を嵌め込んだ指輪。
細かな装飾が施された銀の台座の裏には、『君は僕の運命』という刻印。
それは――紛れもなく、前世のわたし……ミレーユが、アゼリオから贈られた指輪だった。
カルファルから逃げ惑う中で、どこかに落としてしまったはずのもの……。
バッカルは、わたしの反応を見て、笑いながら告げた。
"やっと会えたね。……今回は、逃がさないよ"




