ヴィエルとの一ヶ月
帝国の民は、過去の敵国であるレガリア王国からの視察団を決して歓迎はしていないようだった。
しかし、皇帝ヨウィータと皇后フィランは、一人一人に丁寧な声掛けをして、晩餐会を開き、滞在中、最高級のホテルを貸し切り最大限のもてなしをしてくれた。
招かれた晩餐会で、皇太子ヴィエルに、いきなり抱きついてキスをされた時には驚いたけれど……帝国流の親しみをこめた挨拶らしい。
彼は、挨拶を交わした瞬間から、わたしを特別扱いしてきた。
同行した医療班や騎士団からは引き離され、公邸内にわたし用の豪華な客室が準備された。
お互いに相手の言葉を理解できず、通訳を介した話しか出来なかったけれど、どうやら元々、光魔法で治癒を行う聖女という立場に興味があったようだ。
年齢が近いためか、皇太子とは思えない軽い雰囲気のためか、環境が違うせいか……わたしも、いつもの警戒心が消えていた。
要人たちが会談や親善活動を進める中、わたしはヴィエルに誘われて、およそ1ヶ月の滞在期間をほとんど一緒に過ごした。
通訳についてくれていた帝国の文学者は、1週間で本来の仕事に戻って行った。それでもヴィエルは相変わらず、毎日、わたしのいる部屋を訪ねてきた。
わたしたちは、身振り手振りや、知っている単語を並べて話をした。仕事の話、今までに行った場所の話、お互いの国で流行っている遊びの話、好きな食べ物の話……すべての言葉を理解できるわけではなかったけれど、わからないことすら楽しかった。
2週間がたち、わたしは、彼の言葉が完全に理解できるようになった。元々、言語を学ぶのは得意……いや、これも聖女の特殊能力なのかもしれない。
"言葉がわかるようになって来たみたいです"
そう帝国語で告げると、ヴィエルは一瞬目を見開いた後、喜んで抱きついた。
"嬉しい。俺の言葉が通じるんだね!たくさん話そう。俺は、ミレットともっと近い存在になりたい"
わたしは、彼が知りたがっていたレガリアの魔術について詳しく説明した。水、炎、土、風、闇など様々な魔法が存在していること。けれど、魔力を持たない人も多くいること。魔力がなければ魔法は使えないけれど、魔道具を使えば、誰でも魔法と同じような力を使えるようになること。今は、高価でなかなか手に入らないものだけれど、いつか、誰でも手に入る時代がくると考えていること。
ヴィエルは、どんな話も目をキラキラさせながら興味深く聞いてくれた。
彼は、わたしの知らない帝国の歴史や文化を教えてくれた。公邸内の図書館や、貴重な美術品を見せてくれたし、何度もお忍びで帝都の街を案内してくれた。
街の皆に慕われ、自然に気遣いながら話をするヴィエルの姿は、少しだけ……最初の人生で愛したレオナルの姿に重なった。
街では、何度かレガリアの視察団の悪口が聞こえてくることもあったけれど、ヴィエルは、その度にわたしよりも怒ってくれた。
わたしが、転んで怪我をした少女に手を貸してさりげなく治癒魔法を施した時には、少女以上にヴィエルが感動していた。
いつの間にか、立場の差や国籍の違いも忘れて心を許せる存在になっていることに気がついたのは、帰国が間近に迫った時だった。
ヴィエルは、馬車に乗る寸前にわたしを抱きしめて懇願した。
"このまま帝国にいてほしい。離れたくないんだ。君が嫌なら聖女の仕事はしなくていいから、俺の婚約者になって、側にいてくれないか"
わたしは、泣きながら断った。
"わたしは……恋愛するつもりはないし、婚約もしません。レガリアに帰ります"
ヴィエルは、頬を伝う涙を拭って言った。
"困らせてごめん……求婚は早まりすぎたよね。いつか、必ずレガリアまで会いにいくから。その時は、街を案内してくれる?"
"はい、もちろん"とわたしは答えた。
しかし、この後ヴィエルがわたしに会いにレガリアにくることはなかった。
ーー再び現れた因縁の相手のせいで。




