帝国への道のり
共に帝国に向かったのは、宰相を中心としたレガリア王国の要人たち、護衛騎士団、わたしを含めた医療班ーー総勢30名。
帝国に繋がる新しい道路はまだ整備中であるため、険しい山道を越え、人のいない森を通る……丸々2週間の長旅だった。
わたしは、慣れない野営で体調を崩した要人や、山道で落馬した護衛騎士や、足を痛めた馬の治癒を行った。
女性で同行していたのは、宰相付きの侍女ネルヴィアと女性文官のサーシャのみ。
わたしは17歳になったばかりで、初めての国外ということもあり、彼女たちが気遣って世話を焼いてくれていた……最初のうちは。
だけど、男性たちがこぞって、わたしに熱い視線を注ぐようになり、ネルヴィアの態度が冷たくなった。
騎士たちが、わたしの魔法を褒め称えたり、"目の保養になる"だとか、"ミレットのような娘と付き合いたい"だとか、"帰ったら求婚する"だとか噂しているのが漏れ聞こえて来た時、サーシャが明らかな敵意を向けるようになった。
二人は結託して、無視をしたり、わたしの食事の量を減らしたり、野営のテントに入れないようにしたり……幼稚な嫌がらせをしてきた。
けれど、わたしは何も言わなかった。
余計な波風を立てたくなかったし、理不尽な嫉妬には慣れていたから。
森の入口で野営をしていた時。ネルヴィアが慌てて近づいてきた。
"森の奥で、騎士様が怪我をして動けなくなってる。ここから真っ直ぐ進んだところよ。今すぐ行って!"
彼女の嘘かもしれないと、一瞬よぎったけれど、真実である可能性も捨てきれなかった。わたしは森の奥に走った。
そして、罠にはまった。
大きな落とし穴から救い出してくれたのは――水色の髪と透き通るような肌を持つ美しい少年だった。
彼は、自らを水の精霊アレクと名乗った。
年齢は100歳ぐらいだという。人間の年齢で言えば10歳ぐらいだろうか。
既に滅びたと思っていた人型精霊の生き残りだった。
"どうして助けてくれるの?契約もしていないのに"
と尋ねたわたしに、アレクは言った。
"俺の命は人間に救われたんだ。君は彼と同じ匂いがする。それに……美しい。誰とも契約するつもりはないけど、君なら助けてやってもいいと思ったんだ"
ほどなくして、数名の騎士がわたしを探しにきた。
ネルヴィアとサーシャから、"止めるのも聞かずに勝手に森に走って行った"……と聞いたらしい。
そして、"ミレットは私たちを馬鹿にしているし、調子に乗って勝手な行動ばかりする。視察団から外すべきです!"と訴えて来たという。
別にわたしは外されても構わなかったけど。
その時から、わたしの隣には、常に騎士のフロントがいるようになった。わたしが嫌がらせをされていることに気がついたようだ。
騎士の中でも人気の若き隊長が、わたしの側から離れないので、彼女たちは悔しそうに顔をしかめていた。
"守ってもらわなくても大丈夫です"
と離れようとしたわたしに、フロントは、
"私が守りたいのです。今だけは、あなたの騎士でいさせてほしい"と言い切った。
事件が起きたのは3日後の早朝だった。
医療班のみんなで朝食の準備を終えた後、テントに戻ろうとした時。
ネルヴィアとサーシャの会話が聞こえてきた。
"なんなのよ、あの子!私は、高位貴族に見そめられたくて宰相の侍女になったのよ……。若くて美人ってだけでチヤホヤされて、当たり前みたいに澄ました顔をして……信じらんない!"
"本当にそう!なんの努力もせずに、生まれ持った能力だけで求められるなんて、気に食わないわ。私は、文官になるために、血の滲むような努力をしてきたの。聖女様なんて呼ばれて調子に乗ってるけど、出来ることなんて、所詮、傷の治りを早くする魔法程度でしょう?"
テント内で、次にやる嫌がらせの相談をし始めた2人。……そんな中に入っていく勇気はさすがに持てなくて、一旦引き返そうとした時。
"危ない!"
という声がして、フロントに手を引かれて抱きしめられた。
気づいたら、あちこちで剣を握って応戦する騎士の姿が見えた。
相手は山賊だった。数は、こちらを上回っている。
背後から忍び寄ってきた屈強な男の足を、フロントが素早い動きで切付けた。
要人と医療班は馬車の前に集められ、魔法騎士が結界を張って守っている。
すぐにそこに行くように促されたけれど、わたしは行かなかった。
"わたしに出来ることをします"
そう言って、怪我をした騎士たちを光魔法で治癒をして援護した。攻撃魔法を使えず、力も弱いわたしは、戦いの場では足手纏いにもなり得たけれど、逃げ出すことはしたくなかった。
勝ち筋が見えて来たその時。
外の騒ぎが聞こえたのか、テントからネルヴィアとサーシャが顔を出した。
2人は、あっという間に山賊たちに捕まり、人質に取られた。
そして、形勢が逆転した。
"な、なんなの!山賊!?汚いわ!触らないで。獣以下の分際で、私たち高等な人間に近づくなんて……気持ち悪い。身の程をわきまえなさい。……キャー!"
サーシャが侮辱する発言を繰り返したせいで、山賊の怒りを買い、ナイフで顔を切付けられた。
血が噴き出るサーシャの顔を見て、パニックになったネルヴィアは、がむしゃらに暴れだした。騎士たちがどうやって助け出そうか思案している間に、おもいっきり殴りつけられて動けなくなった。
人質の2人をこれ以上、傷つけさせるわけにはいかない。
"金と宝石を置いていくなら、命だけは助けてやる"と言う山賊の言葉に、耳を傾け始めたその時ーー。
山賊たちが一斉に弾き飛んだ。
その隙に、騎士たちがネルヴィアとサーシャを結界内に運びこんだ。
山賊たちを弾き飛ばしたのは、精霊のアレクだった。出会った森から、姿を消した状態でついて来ていたのだ。
彼の存在に気づいたのは、わたしだけだった。
一瞬目が合って、"ありがとう"と呟くと、わたしはすぐにネルヴィアとサーシャに駆け寄り、治癒の光を当てた。
あっという間に痛みがひき、傷口が塞るのを見て、2人は呆気に取られていた。
"何故助けたの?あなたは私たちが嫌いでしょう?"
そう聞いてきたネルヴィアに、わたしは苦笑しながら答えた。
"好き嫌いで人助けはしません。助けるべき人を助けるだけです"
そして、拘束された山賊たちにも、次々に治癒魔法を施した。
その後、ネルヴィアとサーシャは体調不良を訴え、山賊と数人の騎士と共に静かに帰国した。
もしも、わたしがもう少し、うまく話せていたら……友達になれていただろうか。
出発から2週間後。一行は、アレキサンダス帝国の公邸に到着した。




