セラフィスからの手紙
「セラフィス神官長は、弔いの後、2人きりになった私とアゼルを心配して訪ねて来てくれた。……その時初めて、アゼルの父親について話をしたの……」
マーサが苦い表情で、続きを語ろうとした時、ユキアが口を挟んだ。
「ちょっといいかい? 実は……セラフィスから手紙を預かっている」
「手紙?」
マーサの驚く顔を見ながら、ユキアは、聖女の日記が入っていた木箱の中から一通の封書を取り出して、テーブルの上に置いた。
「私も中は読んでいない。マーサをここに連れてきた時、"元気になったら渡してほしい"と託されたんだ」
「読んでも……いいですか?」
「もちろんだよ」
マーサは震える指で封を切り、中の手紙を開いた。
「マーサへーー君がこれを読んでいるということは、元気になったということだろうか……」
ーー
まず、謝らなければならない。
操られていたとはいえ、とんでもないことをしてしまった。
日に日に正気を保てる時間が短くなっている。
今のうちに、この手紙を残しておく。
マーサが巫女になりたいと神殿に駆け込んだ時、君は家族を亡くしたと言っていたが……実は、君の父・セレディオから手紙が届いていた。
私とセレディオは学園時代の旧友だ。
互いに競い合いながらも尊敬し合えた、数少ない仲だった。
魔塔主の息子であるセレディオと、神殿の神官として働くことが決まった私は、卒業後に表立って会うことはなかったが……それでも時折、手紙のやり取りをしていた。
手紙には、君と仲違いした理由が書かれていた。
魔塔主の娘が神殿の巫女になるなど、本来は禁忌だろう。
だがセレディオはただ——娘である君を守ってほしいと、私に頼んできた。
あの時、私は神官長になったばかりで多忙を極めていたが、君のことは気にかけていたつもりだった。
仲間の巫女にも世話を頼んでいたし、待遇も悪くなかったはずだ。
日に日に暗い顔になっていったことに気づきながらも、住み慣れた家が恋しくなっただけだろう、いずれ落ち着く……そう、考えていたんだ。
シオンとアリアが、君に身の回りの世話を頼みたいから、新居に一緒に住まわせたいと言い出した時には、これで、一安心だと思った。
アゼルを育て始めた時にも、捨て子に愛情が湧いたのかと……微笑ましく思っていたぐらいだった。
マーサが、辛い目に遭って、身籠って、自殺を図り……ひっそりと出産していたことなど考えもしなかったんだ。
真実を聞いたあの日、私はどんな顔をしていただろう。
気づけなかった自分を責める気持ちと、信じられないという気持ちが、入り混じっていた。
マーサを強姦した人物が、あの頃の私には“あり得ない人物”だったから。
あの方は、定期的に神殿へ多額の寄付をし、人々の悩みに耳を傾け、涙を流して説教をする、誰もが敬う紳士だった。
地位もあり、妻子もいる。
そのような人物が、そんな卑劣な行為をするなど……私には信じられなかった。
確かめなければ、という一心であの方に近づいた。
精神魔法を操り、神官たちや王宮の要人たちを洗脳していることに気がついたのは、自らもまた、魔法の影響を受け始めた後だった。
それでもこのころはまだ、気を抜かなければ正気を保てていたし、命令をされることもなかった。
信じたい気持ちも残っていた。
しかし、"マーサという若い巫女は、今どこにいる?"と尋ねられた時……私は確信した。
——君の言っていたことは本当だったと。
巫女になって僅かで神殿を出た君を、あの方が知っているはずなどなかったから。
……私は、"彼女は流行病で亡くなりました"と嘘をついた。
それから8年。成長したアゼルは、10歳の魔力検査で規格外の力を見せた。
セレディオ譲りの転移魔法だけでなく、魔力の色が見え、心を落ち着かせる魔法まで使えた。
おそらくあれは、あの方からの遺伝である“精神魔法”だ……。
周囲の勧めでアゼルは神官見習いとなったが、あの方が神殿を訪れる日は、私はアゼルを決して表に出さなかった。
だが、別の神官の口からアゼルの噂が出たのを耳にした時……限界を悟った。
マーサにアゼルを連れて魔塔へ行くよう勧めたのは、そのためだ。
君はセレディオに真実を告げたようだが、結局はアゼルだけが魔塔で暮らすことになった。
私が正気を保てなくなってきたのは、半年ほど前からだ。
あの方は、ミレイア嬢が殺されたはずのシオンの娘であることに気がついた。
そして隠されていたマーサ、そしてアゼルの存在にも——。
しばらく側にいて分かったのだが……あの方は、自分より能力の高い一族に異常な執着を見せる。
魔塔主の家系と聖女の家系は、特に。
ミレイア嬢とマーサを殺すよう命じられたのは、その頃だ。
私は精神魔法に操られ、刺客を二度もミレイア嬢に差し向けた。
そしてマーサの部屋に邪悪な魔力の宿った魔石を隠し、病に侵されるよう仕向けた。
正気に戻るたびに後悔した。
しかしまた意識は曖昧になる。
正気でいられるわずかな隙を縫い、私はセレディオに全てを告白する手紙を書いた。
そして、どうかマーサを魔塔へ連れ帰ってほしいと……。
返事はすぐに届いた。
——マーサは魔塔を嫌がるだろう。西の森へ連れていってほしい。魔塔と神殿の修復を試みていた元聖女がいる。
聖域である西の森なら、悪しき術者は踏み込めないだろう——
それがマーサを西の森へ連れてきた理由だ。
私は、邪悪な魔石を持ってどこか人のいない場所に行くつもりだ。
それで罪が許されるとは思っていない。
ただ、せめて誰にも迷惑をかけたくない。
……ああ、また意識が朦朧としてきた。
君の幸せを、祈っている。




