町の偵察
帝国の騎士が紹介してくれたホテルは、どこかレガリアの王宮を思い起こすような趣のある建物だった。
部屋に案内をしてくれた支配人によれば、レガリア王国の建造物が好きで、装飾品や家具は取り寄せているらしい。
「レガリアの王太子殿下や宰相様が、我がホテルに宿泊される日がくるとは、夢のようです」
支配人は、予想外の歓迎をしてくれた。
高級料理でもてなしたいという彼の厚意を断ると、レオンたち一行は、帝国の平民服を着て町で人気の大衆食堂に向かった。
店内に入ると、香ばしい肉とスパイスの匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声とともに、明るい女性がレオンたちを席へと案内した。
「お兄さんたち、見ない顔だね。旅行かい?」
「はい、大工仲間との慰安旅行です。いい町ですね」
レオンが、新米大工らしい素朴な笑顔を浮かべる。
隣の宰相と文官長は、どこかぎこちない“庶民のふり”をしていた。
「ここは、いい町さ! 名所も多いし、お酒も美味しいよ。あんたらみたいな働き盛りが来てくれたなら、そりゃあサービスしなきゃね。注文は何にする? 今日の煮込みは自信作で……」
「あ、ちょっと待った」
奥の厨房から恰幅のいい男が顔を出した。「すまない、また注文間違えた」
「どうしたんだい、今日はずっと上の空じゃないか」
女性が呆れたように言う。
「いや……今朝の夢が妙にリアルでさ。レガリア王国の兵士に町が焼かれる夢で……頭から離れないんだよ」
「もう、なに言ってるの。いつも『レガリア王国に旅行したい』って言ってるくせに」
女性がひじで夫の腹を突く。
「いや、行きたい気持ちは本当だよ?」
男は照れたように笑った。
レオンが自然な調子で問いかけた。
「レガリア王国って、どんなところなんでしょうね? 怖いところって聞いたこともありますけど」
「そりゃあ、すごい国さ」
女性は胸を張る。
「不思議な魔法と魔道具を次々に生み出す国……。怖いなんてとんでもないよ。生活が便利になったのは、レガリア製の高性能な魔道具が安く手に入るようになったおかげだからね。
古い時代の偏見を持ってる年寄りもいるけど、今の人はほとんど好意的さ」
そして女性はふっと笑って、壁を指差した。
「それに、うちの人がレガリアに行きたい一番の理由は──あれだね」
そこには、パープルブロンドの髪を揺らす可憐な少女の肖像画。
ーーミレイア
ルーエ商会が販売している“夢幻の女神シリーズ”の一枚だった。
「いや、その……」
恰幅のいい男が頬をかいて目を逸らす。
レオンは、複雑な笑みを浮かべた。
食堂の空気は温かく、あちこちの席から楽しげな声が聞こえてくる。
「見て見て! これ、最新の携帯通信機なんだ。レガリアに留学してる友達が送ってくれた!」
若い学生が嬉しそうに叫ぶ。
「いいなあ……帝国じゃ入荷しても一瞬で売り切れるのに」
真面目そうなビジネスマンたちの声も聞こえた。
「馬がいらない車、ね。魔導走行車なんて実現するんですかね」
「いや、論文を書いたレガリア魔導学園の生徒に問い合わせたら、もうすでに形になっているとかで、発売時期の話までしてくれてね。すごい国ですよ、本当に」
その隣では、若い女性たちが身を寄せてひそひそ話に花を咲かせている。
「初めて言うんだけど……実は私、夢幻の女神に助けられたことがあるの」
「え、本当に? 都市伝説じゃなかったんだ。一体いつ……?」
「今年のはじめよ。たまたま銀行強盗に人質にされちゃって……そしたら彼女がスッと来て、シュッと助けて、パッと消えていったの」
「ちょっと待って、語彙が雑!」
「でも本当なんだってば!」
ーー
食堂は明るく、どこか誇らしげで、そしてレガリア王国の話題が自然と混ざり合っていた。
宰相も文官長も、騎士たちも、目を伏せながら笑う。
レオンは、ほんの少しだけ肩を落とす。
……ミレイア。君は世界まで翻弄するのか……
嬉しさと誇らしさと、ほんの少しの焦りが入り混じった表情で、レオンは静かにスープを口に運んだ。




