133 王妃カミリアの闇
「まず、これを見てほしい」
アルスが、超小型の瞬間記録機を起動させた。
アルスは“婚約パーティーの準備相談”を口実に王妃カミリアの謁見の間に入り込み、ミレイアから受け取った超小型の瞬間記録機を仕掛けていた。
空中に淡い光が広がり、映像が再生される。
浮かび上がったのは、王妃の前で尊大に笑うイグニッツ侯爵だった。
『アルヴィン殿下が王位を継げば、私が摂政として実権を握ることになる』
彼は当然のごとく言い放つ。
続いて、カミリアの冷えた声が響く。
『ずいぶん偉そうね。私は、あなたが違法賭博や薬物、人身売買で儲けた金で私腹を肥やし、領地を広げていることくらい知っているのよ。凶悪犯罪を散々金で揉み消してきたんでしょう? あなたには興味はないけれど。私は……アルヴィンを国王にするためなら、どんな手でも使うわ』
場面が切り替わる。ミレイアは映し出された光景に息を呑む。
床に倒れたカミリアが、ローブ姿の男に何度もムチで打たれていた。
男は後ろ姿だけで顔は見えない。
カミリアは表情を変えず、ただかすかなうめき声だけを漏らす。
『……余計なことをするな』
低く、耳に残る声。
ミレイアは拳を握りしめる。
――その声に、聞き覚えがある。
「でも……まさか……」
思わず小さくつぶやいた。
次の映像では、王妃が 11歳のアルヴィン を膝に抱き寄せていた。
成長中の少年にはやや窮屈な抱き方だが、カミリアは気にも留めない。
『あなたは……私だけのものよね……?』
『ずっと、一緒よね……?』
アルヴィンは虚ろな瞳で繰り返し答える。
「はい。僕は、母上だけのものです」
「ずっと、一緒です」
王妃の言葉に従順に答える少年の姿は、とても正気とは思えない。
ミレイアの胸の奥に冷たいものが走る。
――これが、王妃様の“日常”なのだろうか。
アルスが口を開いた。
「王妃様の精神状態が心配になって、俺は祖母のユキアに頼んで、聖女の力で遠隔透視をしてもらっていたんだ」
言葉が続く。
「そして今日の昼……祖母から連絡があった。王妃様が裏組織の魔術師を連れて、レオン殿下が乗る予定だった馬車に細工をしているのが見えた、と」
ミレイアの胸がざわつく。
「遅延型の破壊魔法で、山道に入る頃に車輪が外れるよう仕掛けられていた。あのままでは……確実に崖下に落ちていた」
パミルが息を呑む。
ララベルが口元を押さえた。
「馬車を止めるつもりで急いで王宮に向かったんだが……パミルが異変に気づいてくれて、ミレイアが魔導走行車で殿下を送りだしてくれたおかげで大惨事にならずに済んだ」
アルスは深刻な表情で続ける。
「――王妃様は、深い闇を抱えている。パミルが言ったように、精神魔法によるものではない。もっと根源的な、長い年月をかけて積み重なった“心の歪み”だ」
ミレイアは静かに眉を寄せた。
「それを知るために……俺は、過去を覗きたいと思っている」
パミルが目を丸くする。
「過去を……?」
アルスはゆっくりと頷いた。
「昔、アリア姉さんが家を出る前にこう言ったんだ。『ノエルの未来が見える。この子は今は魔力がほとんどないけれど……いずれ聖女の力を発現する。過去を覗き見る力だ』と」
ミレイアとパミルは同時に息をのむ。
「ノエルに……聖女の力が?」
「ああ。そして姉さんはこうも言った。
『その力は、本当に必要になったとき……求められたときに発動する』と」
応接室に静けさが満ち、紅茶の香がかすかに漂っていた。




