125 出発前の鼓動
帝国へ向かう一行を見送ろうと、あるいは珍しい乗り物を一目見ようと、王宮内の多くの人々が正門前に集まっていた。
その中で、パミルはたまたま書簡を届けに来ていた父アルスを見つけ、嬉しそうに駆け寄っていく。
その姿を横目に、レオンがミレイアの前へ歩み寄った。
「それじゃあ行ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃい、レオン」
レオンがミレイアを人目も気にせずに抱きしめた。回された腕には、名残惜しさが滲んでいた。
「なるべく早く帰れるように頑張って交渉してくる」
「レオンなら大丈夫。うまくいくように祈ってる」
「帰ってきたらデートしような」
「うん。デートしようね」
「毎日通信魔道具で連絡するよ」
「うん。連絡し合おう」
「無理ばっかりしないで、ちゃんと休めよ」
「うん、わかってるわ」
言葉を交わすたびに、レオンの腕にほんの少しずつ力がこもる。
ミレイアは、戸惑いながらも抱きしめ返す。
気づけば周囲の使用人や騎士たちが、微笑ましいものを見るような柔らかな視線を向けていた。
「俺がいなくても他の男に目移りするんじゃないぞ」
「うん。レオンも目移りしないでね」
「戻ったらもう一度婚約を申し込むから!」
「うん……待ってる」
「それから……」
「ねえレオン、そろそろ行ったほうが……」
周囲の視線がさすがに気になってきたミレイアは、苦笑しながらそっとレオンの腕から離れた。
そこへ、クラリスとロイが近づいてくる。
「ミレイア! お疲れ様。父から聞いたわ。陛下のこと……大変だったみたいね。大丈夫?」
「クラリス! わたしは大丈夫よ。見送りに来たの?」
「ええ。殿下の側近で文官長の娘ですもの。……殿下、いってらっしゃい。父のこと、よろしくお願いしますね。早くミレイアに会いたいからって適当な交渉をして帰ってきたら怒りますから」
クラリスが、冗談めかしつつも本気で忠告する。
「レオン、こっちのことは任せて、帝国とレガリア王国の関係を史上最高に良くしてきてくれ。お前なら大丈夫だ。ミレイアさんにかっこいい所を見せてやれ」
ロイが励まし、レオンの背を力強く押す。
「ああ、わかってる」
レオンは小さく頷き、引き締まった顔で応えた。
一通り挨拶を終えると、レオンはもう一度ミレイアの前に立つ。
「レオン?」
そして、クラリスから受け取った書類をさっと掲げ、影を作ると、そのまま余裕なく唇を重ねた。
「……っ」
いきなりの深いキスに、驚きと胸の高鳴りが重なり、ミレイアのペンダントが淡く瞬く。
唇が離れると、レオンはそのまま額をそっと合わせた。
ミレイアは小さく息を吸い、そっと彼の手を握る。
「……気をつけてね」
「すぐ戻ってくる」
レオンはゆっくりと手を離した。
視界の向こうへ消えていく背を見つめながら、ミレイアの胸の奥では、甘い鼓動がまだ止まらない。
やがて一行は魔導走行車に乗り込んだ。
宰相と文官長の興奮した声が車内から漏れ、レオンが操作席で行き先を設定する姿がちらりと見える。
その直後、走行車は滑らかに動きだし、あっという間に道路の向こうへ消えていった。




