124 魔導走行車
魔導走行車に乗り込んだ瞬間、パミルが大興奮で叫んだ。
「うわあ! 何これ。外から見るより広い! どうなってるの!?」
飛び跳ねてもぶつかることのない高い天井。
馬車の十倍以上はある広い車内は、空間魔法で拡げられているらしい。
ふんわりと暖かい空気が満ちているのは、ミレイア考案の魔導調温器が作動しているからだ。
落ち着いた内装とおしゃれな照明。全面の窓は驚くほど透明で、外の景色が一望できる。
柔らかいカーペットの上には、座り心地のいい大きな座席と小さなテーブルが余裕をもって並び、どこか上質な応接室のようだ。
一番前には操作席がひとつ。握りやすそうなレバーと、カラフルな魔導石を埋め込んだ操作盤がある。その上には現在地を示す地図が浮かび上がっていた。
トイレやシャワールームもあり、奥にはちょっとした料理ができるキッチンも備わっている。
「うわぁ、さすがにやりすぎじゃないか?」
レオンが見回して口をあんぐり開けた。
「そうかな? これでも抑えめにした方なんだけど……。作り出すとついこだわっちゃうのよね。実際に売り出す時には、もっと手軽な四人乗りタイプも作るつもりよ。今回のは特別仕様」
「短期間でここまでのものを作り上げるなんて信じられないよ」
「わたしだけじゃ無理だったわ。セドリックや研究院の力も借りたし、商会のみんなも手伝ってくれたの。——それより、そろそろ出発しましょう。宰相と文官長が待っているんでしょ?」
「そうだったな。どうやって動かすんだ?」
レオンが操作席に座り、ミレイアが隣に屈んで説明を始める。
パミルははしゃぐのをやめて、すぐ後ろの座席に腰を下ろし、興味津々に二人を覗きこんでいた。
やがて車輪がゆっくりと回り始めた。
その動きは驚くほど滑らかで、音もほとんどしない。窓の外の景色が流れていくのを見なければ、移動していることを忘れてしまいそうなほど快適だった。
馬小屋の前を通りかかると、さっきまでいたグラハム隊も、気がかりだった馬車の姿ももう見えない。
「行ってしまったのね。追いかけましょう。レバーを奥に押し込むと出力が上がってスピードが出るわ」
レオンが、言われた通りに操作レバーを押し込む。
走行車は加速し、すれ違う要人や使用人が目を丸くして馬のない乗り物を指差していた。
「なんだかぶつかりそうで怖いな」
レオンが、いつもより多い通行人を見ながら呟く。
「中が広いぶん、外との感覚がズレるのよね。でも大丈夫。人も障害物もちゃんと自動で避けてくれるし、攻撃を跳ね返すバリア機能もついているわ」
「なるほど。この操作盤に行き先を伝えれば、何もしなくても安全に運んでくれるってわけだ」
「うん。急に止まりたくなったらレバーを引いてね」
あっという間に正門前にたどり着く。
馬に乗った護衛のセルジュが、見慣れぬ乗り物に気づいて近づいてきた。
中から、王太子レオンと恋人のミレイア、そして第二王子の婚約者パミルが降り立つ。
「な、何なんですかこれは。ミレイアさんの魔法で動かしているんですか? 転移魔法が使えるくらいだから、乗り物を動かすぐらい造作もないでしょうけど……」
「セルジュさん、これは“魔導走行車”っていって、魔道具の一種なんです。魔導回路を組み込んであるから、魔力がなくても誰でも動かせるんですよ。それで——お願いがあるのですが」
ミレイアは、レオンが馬車ではなくこの乗り物で帝国へ向かうつもりであることを、その理由も含めて丁寧に説明する。
その間にレオンは、近くで待っていた宰相と文官長のもとへ行き、馬車に危険な細工がされている可能性を伝えた。
そして、宮廷魔術師に調査を依頼し、馬車の側にいる御者にも事情を話した。
調査には数日かかるらしい。
レオンは今回は馬車ではなく、魔導走行車で行くと宣言し、2人を納得させようと頑張っている。
一方その頃、パミルは覗きにきたグラハム隊の面々を車内に招いていた。
「なんだこりゃー!」
「これが乗り物だって!?」
「うそだろ、異世界じゃん!」
「うわー、快適すぎだ。ここに住みてー!」
内部を見た瞬間、次々に驚きの声が上がる。
「おい、お前たち! 任務中だぞ。勝手に殿下の乗り物に——」
隊長のグラハムが叱りに現れたが、中から出てきたセルジュが慌てて説明を始める。
「何? 我々もこれで帝国に? 安全性は大丈夫だからと? しかし護衛は6人、全員一緒には——」
「グラハムさんもどうぞ、中へ」
ミレイアが微笑んで手招きする。
ドアをくぐった瞬間、広がる光景にグラハムは言葉を失った。
「ミレイア嬢の発明品なら信頼できます! 我が家は全員ノクシア商会の魔道具マニアなんです!」
「馬で行けば二日かかるけど、これなら半日。野営の必要もありません! 最高です!」
「殿下が乗られるなら、我々も近くで護衛すべきです!」
矢継ぎ早の主張に、グラハムは深くため息をつく。
「……要するに、全員がこれに乗りたいんだな。仕方がない。殿下のお許しが出たら同行しよう。馬を戻してこい」
そう言って頭を抱えながらも、彼の頬にはやわらかな笑みが浮かんでいた。




