第1話 3
天城終夜は両手にはめたグローブで少女の狂気の刃であるハサミを受け止めていた。
なんで?
優一の中で沢山の疑問が生まれた。
なんで終夜がここにいるんだ?
なんで終夜の背中に翼がはえているんだ?
なんでこの狂気の中で、殺気の中で、普通に動いていられるんだ?
「…なんで、僕を助けたんだ?天城。」
最後の疑問は口に出てしまっていた。
「…なんで?そんなもんないな」
終夜は頭だけこちらを向け、
「誰かを助けるのに理由なんているか?」あっけらかんと、終夜は答えた。
「…それに、助けを求められて助けないほど俺の心は腐ってないさ」
助けを求める?
優一は助けて、だなんて叫ぶどころか口にすらしてない。
訳が分からなかった。
終夜が喋っている間にも、少女は何とかハサミを動かそうとしたが、終夜がしっかり掴んでいたためピクリとも動かなかった。
「さてと…」
終夜は少女を見る。
そして、終夜はハサミから手を離した。
「これから、どうするんだ?」
終夜は言った。
少女は一旦距離とる。
「あなたも私を殺しにきたのね…」
少女は呟いた。
「でもっ私はまだ死にたくないっ!!」
少女は独り思考を勝手に進め、叫ぶ。
「まだ生きていたいっ!!生きていたいのっ!!」
少女の叫ぶに呼応するようにハサミが黒いオーラを纏う。
「だから…あなたを…あなたを殺すわ!!」少女はハサミを大きく振りかぶったまま駆け出した。
少女は終夜に近付き、両手で持ったハサミを振り下ろす。
風切り音が聞こえた次の瞬間に轟音が響き渡る。
終夜の周囲に砂埃が舞い終夜の姿を隠した。
さっきまでの少女とは違う。
黒いオーラを纏ったハサミは少女の身体能力を数倍に上げ、人間の力を大きく上回った。
その上回った力の全身全霊で一撃を加えた。
砂埃が晴れていく。
そこに終夜の立っている姿はなかっ…
「その程度じゃ無理だな」
いや、立っていた。
両手をクロスさせその一撃を耐えきった
足元の床はに陥没していてその衝撃を表している。
「俺は…バケモノだからな」
自分に言い聞かせるように呟いた。
その瞳は深い悲しみに包まれていた。
少女は自分の一撃を受け止められたことに驚いたが、
「そのバケモノが一体なんなの?何しに来たの」
少女は敵意を向けながら尋ねる。
「正義の味方…の真似事かな?」
臆することなく終夜は答えた。
その会話のやり取りの間も、終夜の両手と少女のハサミとの押し合いは続けられていた。
「いや…俺の単なる自己満足かもしれないな」
「ふざけないで」
少女が終夜の言葉に被せる。
「自己満足の為にあなたは人を殺すのね」少女からはさっき以上の迫力を纏っている。
「あなたの自己満足に私に死ねと言うのね」
少女の声量が大きくなっていく。
少女の思考の独り歩きも加速していく。
「あの人と同じように…ならば私はあなたを殺す」
少女のハサミから更に黒いオーラが溢れ出す。
「あなたを殺す!!死ねっ!!死ねっ!!死ねぇぇぇ」
少女は更にハサミを振り下ろす速度と力を上げて何度も何度も振り下ろした。
何度何度も轟音が響き渡り、多量の砂埃が宙を舞う。
先ほどよりも更に強い力の一撃ではなく
多数も打ち込まれる。
だが、
「バケモノだから…誰かの為に生きるんだ」
嵐のような攻撃を全て受けきり終夜は言う。
「誰かを救ってみたいんだ!!」
終夜は叫びながら振り下ろされたハサミに合わせるように己の拳を振り上げる。
鈍い金属音と共に少女の身体がふわりと浮き後ろにハサミごと飛ばされた。
受け身がとれるはずもなく。
少女はゴロゴロと地面を転がった。
「天城っお前!!」
半分空気のような存在になっていた優一が終夜に叫ぶ。
少女の心配をしたのではない。
先ほどのいくつもの重い一撃一撃を受けて、両足が血で真っ赤に染まっていたのだ。
「大丈夫だ、心配するな」
終夜は答える。
そして、
「もう少し俺から離れてろ。じゃないと、巻き込まれる」
優一の身体をそっと後ろに押しやった。
「でもっ!!」
優一は叫ぶ。
「黙って下がっててくれ、頼むから」
終夜は弱々しく呟いた。。
「もう誰も傷付いて欲しくないんだ」
どこか遠い目をした終夜は呟いた。
終夜の言葉に優一は嫌々終夜から離れた。
「誰も傷付いて欲しくない?ふざけないでよ」
少女はゆらゆらと立ち上がる。
「救いたいのはそこの人だけでしょう!!その人のために私を殺すのでしょう」
少女は吠える。
「私を殺せばみんな助かるものね。でもね…私だって生きていたいっ!!」
少女はまたハサミを両手で構えて走り出した。
「違うっ!!そういう意味じゃないっ!!」
終夜が叫ぶ。
「違わないっ!!あなたもあの人と同じで私を殺そうとするんだから」
だが、すぐに少女に否定される。
少女は終夜との距離を詰まった瞬間にハサミを振り下ろす。
これ以上の足のダメージは不味いと思ったのか、終夜はハサミを避けた。
何度も何度もハサミを少女は振る。
それをどれも紙一重で避ける。
周りからは何も音はせず、少女の振るうハサミの風切り音だけが聞こえていた。
だが、終夜がずっと避け続けることは無理だった。
攻撃の軌道やタイミングはしっかりと分かっている。
だが、足に怪我をしている。
足を怪我をしているために徐々にスピードが落ちていた。
一瞬、終夜の顔が苦痛に歪む。
終夜の足が完全に止まる。
その一瞬を少女が見逃す筈もなかった。
ハサミを開き、その刃の部分で終夜に斬りつけた。
少女のハサミはとても強力で、切れ味も半端ではない。
厚いコンクリートも簡単に切れてしまう。
例え鉄でも切れてしまう。
そんな強力なハサミを終夜に躊躇いなく斬りつけた。
ハサミが終夜に迫る。
終夜のスキを見事に捉え、振り抜かれたハサミは終夜が避けることを許さない。
終夜も避けることは不可能だと瞬時に理解した。
鋭い金属音が当たりに響く。
避けれないのなら受け止める。
終夜は自分の手に付けたグローブの手の甲側に付いたプレートで受け止めた。
ただ素直に受け止めるとプレートごと切断される可能性があったから、正確には受け流したに等しい。
少女のハサミは終夜を斬ることが出来ず、宙の空気を切り裂くのみだった。
少女はここぞとばかりに攻め込んで来たために、この一撃で決めるつもりだったために攻撃後の体制は圧倒的に悪かった。
形勢が逆転した。
それも、圧倒的なまでに。
終夜の後ろで見ていた優一は終夜の勝利は確定したと思った。
少女も自分の失態を理解し、目を瞑った。
すぐに終夜の拳が来ると思ったから。
少女の攻撃を全て受けきったあの強靭な拳に自分が貫かれると思ったから。
終夜は、
足を勢いよく踏み込んだ。
そして、拳が少女を捉え…る事はなかった。
逆に少女との距離を取った。
恐らく、終夜の拳一発で少女を無力化することが出来たはずだった。
だが終夜はその決定的なまでのスキを見逃した
いや、わざと見逃したのだ。
終夜の顔には何の迷いの顔もなかった。なんで、攻撃してこ(し)なかった。
優一と少女の共通の疑問が浮かんだ。
終夜は何度もつま先で地面を叩き足の様子をうかがっている。
先ほどの最大のチャンスを棒に振った事など全く気にしていないようだった。
優一は考える。
見るからに戦い慣れている終夜が素人でも分かるようなスキをつけない筈がない。
かと言って、「女は殴らない」なんて考えるような人間だとも思えない。
優一は終夜の言葉を思い出す。
(誰かを救ってみたいんだ!!)
まさか、終夜は、
「あの子も救うつもりなのか…?」
優一は思わず呟いていた。
でも、それはあってはならない。
何故なら、少女は
優一の近くに転がる人を殺して
優一本人を殺そうとして
終夜までも殺そうとしているのだから。
そんな人間救われなくてもいい。
救われる権利もない。
「救う必要なんてないんだよ…天城…」
優一はひっそりと言葉にしていた。
少女は驚いた顔をしていたが
すぐに元の顔に戻った。
「ゆっくり、なぶり殺すつもりなのね?」
少女は呟いた。
「でも、その拳では無理でしょう?」
少女が歪に笑う。
まるで、勝利を確信したかのように。
終夜の両手に付けたグローブのプレートは大きく罅が入っていた。
たった一撃しか受けていないのに、いや、受け流していないのに、大きくひびが入っていた。恐らく、後一撃であのプレートは粉々に砕け散る。
少女はそのことを理解していた。
そして、プレートにひびが入っていたから殴れなかったのだと理解した。
つまり、形勢逆転なんてしていなかった。
少女は思わず口端を吊り上げた。
攻撃し続けたら勝てるのだ。
勝利を確信したからである。
(あなたは死んで、私は生き残る)
そう思い込んでいた。
終夜は自分のグローブを見た。
プレートに大きくひびが入っている。
「ああ、確かにこのままじゃ無理だな」
終夜は抑揚のない声で言った。
「だけどな、これならどうだ?」
言葉と同時に終夜は拳を力一杯握りしめた。
その時、終夜の拳が輝いた。
まるで、全てを包み込む暖かい光。
そして、その光は終夜のグローブの損傷箇所であるプレートのひびを直していった。
完全に直るまでにそんなに時間は掛からなかった。
少女は驚愕の表情を浮かべていたが
「また,壊せばいい話じゃない」
と、言っていた。
「まだ、続けるのか?」
終夜訪ねる。
「当たり前でしょっ!!私は生き残るの!!」
少女はすぐに叫ぶように答えた。
「…なら、少しくらい本気の出すかな」
終夜の周りの空気が一瞬にして変わった。終夜は周りからピリピリとした空気を放つ。
終夜は少し本気を出す、と言っていたが、
終夜の放つ空気はあまりにも強烈だった。
胸を押し潰さんとする強烈なプレッシャーに優一は膝を着いた。
少女は真っ直ぐ終夜を見ることが出来ず、身体を震えさせていた。
《殺気》
終夜の殺気によってもたらした光景だった。
終夜のことを心配していた優一も終夜に恐怖した。
つい先ほどまでいた同じクラスメートの顔ではなかった。
まるで、たくさんもの戦場を渡り歩いてきた、
「鬼」のようだった。
高校生の、
同じクラスメートの人間の姿をした鬼。
つまり、《バケモノ》だと思ってしまった。
優一も少女も同じような顔をしている。
終夜はこの顔がなんなのか知っている。
その目はバケモノを見る目だった。
終夜の遠い過去に同じような顔をした人達をたくさん見た。
そして、その人達はこう言い放った。
「このバケモノ!!」
終夜にあの日の記憶が鮮明に映し出される。
(そうだ、俺はバケモノなんだ)
終夜は自分に言い聞かせた。
そうじゃないと、自分の心が折れてしまう。
自分の精神が崩壊してしまう。
(自分はバケモノ、だけど誰かを助けてみたい)
その気持ち一つでここまで来た。
なら、最後までやり遂げよう。
終夜には迷いはなかった
終夜は静かに、そしてしっかりと拳を握りしめた。終夜は拳を握り締め力を込める。
背中に生やした紅の翼が金色に輝き、その光に同調されるように拳が金色に輝き始めた。
まるで、全てを焼き尽くすかのような強い光。
真っ暗な部屋の中にまるで太陽があるような、そんな存在感。
終夜は考えて出た結論はこうだった
(あのハサミにきっと秘密が隠されている)
少女の背はそこまで高くはなく、力があるようにも到底ない。
なら何故少女は自分と背丈の変わらないぐらいの大きいハサミを振り回せるのか?
それはきっと、ハサミに秘密があるから。
終夜はそう考え、
「ならば、そのハサミを打ち砕く、それだけだ」
終夜は聞こえるかわからないほど小さな声で呟き、更に拳に力を込める。
ハサミを破壊することには2つの意味があった。
一つ目は、少女の攻撃の無力化。
唯一の武器であるハサミを破壊することによって攻撃手段をなくす。
ハサミさえなければただの少女だ。
戦う力なんてあるわけがない。
2つ目は、少女がハサミに操られている可能性があった。
物に何かが取り憑くと言うのはよくある話で、その持ち主に悪影響を与える。
この場合は、少女が何かの理由でこのハサミに触れ、操られてしまったということ。
つまりハサミを破壊することによって洗脳を解くということだった。
そして、何より少女を傷付けなくて済む。
これが一番の理由だった。
「傷付くのはバケモノだけでいいんだよ」終夜は呟いた。
少女を助けて、俺はさっさと失せよう。
バケモノはバケモノらしく、人間の前から居なくなろう。
終夜は思った。
幸いなことに優一が居るので、少女を助けた後、優一に少女のことを頼もう。
終夜はそう考えた。溢れんばかりの光が終夜の翼と拳から出ている。
その光は真っ暗だった部屋中を明るく照らして、隅々までよく見えた。
優一はいまだに動くことが出来ず、少女もまた震えることしか出来なかった。
「もう、終わりにしようか」
終夜は小さい声で言い、一歩前に足を踏み出した。
「…いや」
少女は口をガタガタと震わせながらに言う。
「いや、いやぁ…」
終夜はまた一歩近付く。
右手を黄金に輝かせながら
「イヤイヤイヤ」
少女は頭を左右に振り近付かれるのを拒む
少女もあの輝く右手が恐ろしかった。
あの翼が恐ろしかった。
あの、バケモノの少年が、恐ろしかった。
その時、少女の頭の中にある映像が広がった。
「いやあぁぁぁぁ」
少女は絶叫し、ハサミを全開まで開いた。
そして、思いっきりハサミを放り投げた。
ハサミは高速回転を繰り返しながら飛んでいった。
終夜は少女の思いも寄らない行動に驚いた。
だが、避けれない速さではなかった。
終夜は身体を捻りハサミを避ける。
後は、そのハサミの動きが止まった後にハサミを破壊すればいい。
そう考えていた。
その時には
終夜の後ろで、いまだに動くことが出来ない優一のことにまだ気が付いていなかった。
終夜は避けたハサミの飛んでいく方向を見る。
もちろん、ハサミ破壊するためにであった。
振り向いたその先に、ハサミと、その飛んでいくハサミの進路上にいる優一の姿が目に入った。
終夜は駆け出す。
だが、スタートが圧倒的に遅かったために、間に合わないことは目に見えていた。
「傷付くのは…バケモノの役目だっ!!」
終夜の背中の紅い翼が更に輝いた。
優一の目の前に高速回転しているハサミがあった。
そして理解した。
恐らく、少女が終夜に向けてハサミを放り投げて、終夜がそのハサミを避けた。
そしてそのハサミの飛行線上に自分がいたのだと。
コンクリートをも意図もたやすく切断するハサミ。
あんなものが自分に飛んできている。
終夜が自分が次の瞬間にはどうなるのか容易く想像が出来た。
そして、終夜は目を閉じた。
(僕の人生って呆気なかったなぁ)
目を閉じた。
次の瞬間に来る痛みに耐えるかのように。
目閉じたのに、目の前にはある光景が広がっていた。
恐らく、ついさっきいた場所と同じ場所。
だが、目の前にはハサミではなく男が1人立っていた。
男は不敵に微笑む。
手には日本刀を持ち、振り上げていた。
そして、狂気に満ちた顔で言った。
「さようなら、お嬢ちゃん」
男は日本刀を振り下ろした。
優一は再び目を閉じた。
しかし、しばらく経っても痛みは来ない。
優一は恐る恐る目を開けた。
そこには、
白一色に塗りつぶされた世界があった。
周りを見渡してみても、何もない。
白い空間が広がっている。
後ろに何かの気配を感じ優一は振り返った。
そこには、
真っ黒のドレスのような服を纏い
ウェーブがかった長い真っ白な髪
周りの景色に溶けてしまいそうなほどの白い肌
真紅の瞳を持った
優一よりも2~3歳ほど年下にみえる少女の姿があった。
「あの、ここって」
「駄目なの、あなたはここには来てはいけない」
どこですか?と続ける前に少女に言葉を被せられてしまった。
少女は指をパチンと鳴らす。
その瞬間、優一の視界はぐらつき、立っていられなくなった。
「私とあなたは会ってはいけないの」
少女は呟いた。
「だって、私は…バケモノなんだから」
優一の目に悲しそうな顔をした少女がみえた。
目には涙を浮かべている。
優一はその少女の涙を拭おうとしたが、その手が少女の顔に触れる前に優一は意識を失った。




