第1話 2
終夜が中に入って行くのを見た優一は慌てて茂みから飛び出しそのまま、入り口に向かった。
終夜が中で何をしているのか。
悪いことをしているとは考えたくはないが、確認しようと思ったからだ。
そして、帰り道を教えてもらおうと思ったからだった。
…どちらかと言えば、後者の方に重点を置いている。
建物の入り口まで後数歩というところで優一は立ち止まる。
キィィィンと金切り音が優一の頭の中に響き渡る。
脳をグチャグチャに掻き回されるような感覚。
あまりの気持ち悪さに優一は頭を抑え地面に両膝を着く。
あまりの不快感に意識が刈り取られそうになりながらも、ぐっとこらえる優一の耳に
「…めよ…は……て…だ…」
途切れ途切れではあったが、優一の耳に声が聞こえた。
いや、頭の中に直接響いた。
はっきりとは分からないが、まるでテレパシーのような声。
しかも、声だけ聞く限り、少女の声だった。
声が聞こえながらも、頭をグチャグチャにされるような不快感が続いた。
優一が再び両足でしっかり立ったのはそれから、5分後のことだった。
優一は、ふらふらとした足取りながらも、建物の入り口をくぐり中に入った。
建物の中は窓から入る光の他にはなにも光源はなく、薄暗かった。
その薄暗いなかでも、足元に積もる埃の山や、ボロボロなコンクリートの壁は確認できた。
ただ、風化してボロボロになったコンクリートの壁の他に、鋭利な刃物で傷付けられた痕があったり、切り裂かれたテーブルやイスが転がっていて、優一の中では不気味な感じが増していた。
早くここから出たい。
この場から180°ターンをして真っ直ぐ外に飛び出したい、と思った。
しかし、ここには、この建物には、クラスメイトの終夜が居る。
自分が家に帰るための手掛かりが居る。
二つの思いがぶつかり、
せめぎ合い、
出した結論は…
「…行くしかないでしょ!!」
パンパンと両手で顔を叩き気合いを入れた。
そして比較的窓が多く明るそうな部屋に入ろう一歩踏み出した途端。
その部屋の入り口の天井が崩れ通れなくなってしまった。
突然天井が崩れたことに大いに驚きながらも。
自分の上の天井が崩れないことを確認し、ほっと息を吐いた。
しかし、唯一明るそうな部屋に行けなくなってしまったために、真っ暗で少し先も見えないような部屋に入らなくてはいけなくなったため優一は落ち込んだ。
真っ暗闇な部屋が、おいで、おいで、と言っているみたいだった。
優一は震える両膝をポンと叩き、部屋に入ることを決意した。
そして、
(意外と僕って度胸ないなぁ)
自分のことを再発見していた。
優一は意を決めて部屋に飛び込んだ。
飛び込んだといっても、恐る恐る一歩ずつゆっくりだった。
…心の中で優一が己の不甲斐なさに泣いていた。
部屋の中は予想通り真っ暗闇で、窓はあるが板で塞がれており、光は差し込まてはいなかった。
部屋に入って直ぐの場所で、優一は思った。
(何か灯りがあればなぁ…)
暗闇で目を凝らしても何も見えず。
いつまで経っても目が慣れることはなかった。
「あっ!!」
優一は大声をあげてポケットに手を入れ
あるものを探した。
そして、そのあるものを開きライトを付けた。
今では、ほぼ全員の人が持っていて、最近では小学生にまで普及している携帯電話だった。
明るさ的には明るいとは言い辛い感じだが、真っ暗闇の中を照らすには十分だった。
「…何なんだ、コレは」
ポツリと優一はことばをこぼした。
優一の携帯電話の灯りは、そこまで高くない天井に向けられていて、
そこには、
沢山もの鋭利な刃物の傷と、
真っ赤に染まった天井が広がっていた。
ピリピリと部屋の中に緊張感が充満していた。
携帯電話の微かな明かりを使い、優一真っ赤な天井を見る。
真っ赤とはいっても、その色は軽く黒ずんでいて、まるで、血のようだった。
その天井を見てしまったが故か、優一はその天井から目を離すことができなかった。
しかし、前には進めていた。
「うわっ!?」
優一は間抜けな声を出しながら、視界を反転させた。
反転させられた。
つまり、派手に転んだということ。
「イテテ、一体何が…」
自分が転ぶ原因になったであろう。
躓いたものをケータイの明かりで照らす。
「手」だった。
しかも、人間の。
「っごめんなさい、怪我はないで…」
優一は直ぐに何度も謝る。
だけど、一向に向こうからの返事はない。
「ちょっと、だいじょ…」
優一は手を掴みふっと持ち上げた。
「うわぁぁぁぁ」
「手」は持ち上がった。
しかし、持ち上がったのは「手だけ」だった。
それより先のついているはずのものは一切なく、無惨にも、身体から切り離された「手」だけが残っていた。
優一の顔はみるみるうちに真っ青になり、両膝はガクガクと震えながらも。
その手を見詰めた。
筋肉質な手で恐らく大人の男の手。
その結合部は、鋭利な刃物で刈り取られていた。
だが、1カ所おかしいところがあった。
「血が…出てない…?」
刈り取られた結合部からは一滴の血も出ていなかった。
優一の中である仮説が浮上した。
(これは、良くできたマネキンの手なんかじゃないか?)
その考えが浮かんだ瞬間、安堵の表情を浮かべた。
(そうだよ。これは良くできたマネキンだ)
ったく人騒がせな、と溜め息を吐き、それを持ち上げた。
だが、直ぐにそれを落とした。
「なんで…、なんでっ!!」
優一が持ち上げたその手は。
触った感触は本物と変わらない感触で、手自身が熱を持ち暖かった。
そう、まるで、ついさっきまで生きていたかごとく。
そのことに打ちのめされながらも、優一はその手を奥にある「もの」を見つけた。
見つけてしまった。
「っつ!!」
彼は全力で目を逸らすがもう遅かった。
そこには、バラバラにされた、人であったものが転がっていた。
危険
優一の中にある本能が、
優一の頭にある理性が、
優一の中にある細胞一つ一つが、
優一に危険を知らせた。
ここは危険だ。
今すぐ、ここを離れないと。
その考えが優一の中で溢れ出す。
歩いて来た道を180°ターンをし、ほのかに明かりが見えるこの建物の入り口に走った。
いや、走ろうとした。
しかし後ろから聞こえた轟音に優一立ち止まった。
そして、その音の方向を見た。
壁に大きな穴が開き、むこうの部屋からの明かりが真っ暗なこの部屋に入り込む。
その開いた壁の穴の中に1人立っていた。
1人の少女が立っていた。
恐らく、優一と同じ位の年ぐらいの、
背丈は優一より少し低く、
腰まで伸ばした綺麗な黒髪、
真っ赤なワンピースを着た、
世間一般的にみたら、かわいいと言われてもよさそうな少女。
だが、
腰にはあるものがついていた。
ハサミである。
ハサミはハサミでも、少女の身長と余り変わらない大きさの
漆黒の柄のハサミ、刃にはベッタリと血がついていた。
「あなたは…誰?」
少女は優一に尋ねる。
だが、少女の瞳に明かりは灯っていない。
優一は答えない。
否、恐怖によって答えられない。
「あなたも…私を殺しに来たの…?」
両膝はガクガクと震え、頭では逃げろと叫んでいるのに身体は全く動かない。
動けない。
まるで金縛りにでもあったかのようだった。
「やっぱり…そう…なんだ…」
少女は俯きながら呟く、
そして、腰にある大きなハサミを手に取り
「なら、私はあなたを殺す」
ハサミを構えた。
「だって、まだ…まだ私は…私は!!」
少女は優一に向けて駆け出した。
狂気に満ちたハサミが襲いかかってくる。
狂気の刃が優一の身体を切断するために近づいてくる。
速度としては年相応の少女の走る速度と大差はなかった。
優一が全力で走れば恐らく逃げられる。
剣道で鍛えた動体視力で十分に避けられる。
だが、優一は動かない。
いや、動けなかった。
普段の生活の中では有り得ないような、
狂気に当てられ、
殺気に当てられ、
動けないのだった。
優一と少女の距離がおよそ3メートルのところで優一は目を瞑った。
目を瞑り、次に来る感触に恐れおののいていた。
そして、
「…僕の人生って呆気ないものなんだな」と、自分の終わりを悟り呟いた。
それから何十秒もの時が過ぎた。
いつまで経っても自分の死の感触はやってこない。
優一は不信に思い、恐る恐る目を開けた。
《紅》
目の前には紅色が広がっていた。
紅はあかでも、血のようなあかではなく、うっすらと明るいあか色だった。
少し心を落ち着かせ、少し遠目でみる。
よく見ると、それは翼だった。
紅き翼をはやした人の背中だった。
「天使…?」
優一は呟いた。
「違うね」
紅き翼をはやした人は答えた。
声からするに恐らく少年。
しかし、どうかで聞き覚えのある声。
優一はしっかりと少年を見た。
手には紅色のプレートが埋まっているグローブをはめ、
紅の翼を背中からはやし、
優一と同じ学校の制服を着た、
「俺は…バケモノだよ」
クラスメイトである《天城終夜》がそこに立っていた。
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