幕間 1
今回は本編とは一切関係ありません。
時期としては、第一話と第二話の間の話となります。
午前4時。
太陽も昇り始める前の時間に、終夜はいつも目を覚ます。
目覚まし時計などは一切使わず、誰かに起こしてもらうわけでもなく、終夜は1人で目を覚ます。
朝の鍛錬をするためにいつもこの時間に起きているので習慣化してしまったらしい。
大きな欠伸を一つして、終夜はおもむろに布団から出ようとする。
そして、布団の中に何やら違和感を感じ、終夜は布団を引っ剥がした。
そして、大きな溜め息一つ。
終夜の視線の先、つまり布団を引っ剥がした所にあったのは、
「…むふふ~」
幸せそうに寝言をたらしながら、物凄い笑顔で夢の世界に旅立っている途中の終夜の学校指定のジャージを着た少女の姿がそこには合った。
終夜は思わず頭を抑え、一つ一つの事柄を思い出す。
少女の名前は結衣。
昨日の事件(?)で出会い、終夜と共に暮らすこととなった少女である。
―昨日の夜―
終夜と共に久しぶりの食事をとった結衣と晩御飯を食べたあと、結衣がお風呂に入りたいと言い、風呂場へ直行した。
終夜はそれを苦笑いで見送りながら食器を洗っていた。
最後の食器を仕舞ったところで終夜は思い出す。
結衣の着替えが無いことを。
それに気が付くと同時に風呂場のドアが開く音。
「終夜っ!!どうしよっ!!私、着替えもってないよ~」
そう言いながらバスタオル一枚の結衣が終夜の元に駆けてくる。
「ちょっ、ちょっと待ってろ!!」
終夜はなるべく結衣の方へ見ないように自分のタンスを開き、無難な学校指定のジャージを取り出し、結衣に投げ渡す。
「とりあえず、それで、代用しておいてくれ。服は明日買いに行くから」
「うんっ!!」
結衣は何故か嬉しそうな顔をして脱衣場目掛け駆けていった。
その背中を横目で見つつ、終夜は溜め息を一つ落とす。
結衣には、終夜に対して羞恥心などは無いらしく、平気な顔をしており、終夜の方がどこか疲れた顔をしていた。
結衣は終夜と同年代の女の子であり、さらに言えば、美少女の類に置ける少女である。
だが、精神的には幼い。
これは、五年もの長い間、1人で狂気に呑まれ続けた反動でもあり、全てを忘れた少女の頼りにできるのが終夜しかいないため、結衣は終夜に対してどこか依存しているところがある。
その依存が結衣の幼児退行を進めているのかもしれない。
終夜がそう考えをまとめていると、終夜の背中に衝撃が伝わる。
「えへへ~、しゅうやの匂いがする~」
終夜の背中で終夜のジャージを着た、とろけた顔の結衣が緩い声をあげていた。
「はいはい。分かった、分かったから俺も風呂に入らせてくれ」
終夜は結衣の手をほどき、風呂場へ向かうが、結衣に今度は手を握られる。
何度目か分からない溜め息を吐きながら、終夜は結衣の顔を見やる。
その結衣の顔を見て、終夜は驚いた。
顔は真っ赤に染まり、どこか恥ずかしそうである。
結衣にもこんな顔ができるのが終夜からしてみたら意外だった。
…だが、驚愕するのはまだ早かった。
そして、本当の驚愕が訪れる。
「ならさ、終夜……一緒にお風呂入ろ?」
部屋の中にピシィと音が広がった気が終夜にはした。
「…結衣はさっき入っただろ?」
あんぐり開いていた口を何とか終夜は動かした。
終夜には、部屋の中の空気がどんどん重くなっている気がした。
…主に、窓側の大きなハサミが置いてある所を中心に広がっている。
もちろん、結衣は気付きもしない。
「別に、私は何回でも入ったっていいし…それに…終夜と一緒に入りたいんだもん…ねぇ、ダメ、かな?」
結衣は潤んだ瞳で、上目遣いで終夜を見上げて尋ねる。
結衣の容姿と相まって、その破壊力は抜群だった。100人の男子高校生がいれば、99人がそのまま結衣と入ってしまうだろう。
しかし、終夜は
「断る」
4文字の日本語でバッサリと切り捨てる。
100人の中の唯一の1人だったのだ。
終夜は、ガーン、と音が聞こえて来そうな表情をした結衣の肩に手を置き、耳元で呟く。
「そういえば、絶が話があるそうだぞ」
その言葉に結衣は、絶の方へ向き、顔を青ざめた。
絶の周りには黒いオーラがまとわりついている。
「結衣…少し、《お話》をしようか…」
あまりにも冷たい無機質の声が部屋に響く。
終夜は静かに手を合わせ、脱衣所へ向かう。
入る寸前の所で「終夜も後で話が」と言っていたので終夜は聞こえない振りをして急いで入った。
終夜は自分の態度に絶が不機嫌になったかもしれないと今更になって恐怖が募り、ドアに耳を当て、ドアの向こう側の声を盗み聞く。
「だいたい結衣は…」
どうやら結衣の説教が始まっているらしく、終夜はホッと胸をなで下ろした。
「我の影が薄過ぎる」とか、「我ももっと出番を増やせ」などなど文句を言っていた気がしたが、そこは聞かぬふりをして、さっさと風呂へ入った。
―――
風呂を済ませた、終夜が髪をタオルで拭きながら扉を開ける。
そして、そのまま冷蔵庫へ直行し、良く冷えたコーヒー牛乳を取り出し、一気に飲み干し、瓶を洗う。
瓶を流し台の上に置いて、終夜は思い出した。
(あれ、絶の説教は終わったのか?)
終夜は、先ほどまで結衣の居た部屋を覗き込んで見る。
絶の周りを覆っていた黒いオーラは既に消え失せ、普通の状態であることが分かった。
しかし、結衣の姿は見当たらない。
「なぁ、絶。結衣はどこに行ったんだ?」「もう眠いと言っていたからな。そこのベッドで寝かしてあげたのだ。…全く、いつまで経っても結衣は子供だな。」
絶の声は機械的で無感情に聞こえるはずなのだが、最後の一言には、まるで親が寝ている子供を見ている時に似た雰囲気が流れ出ていた。
案の定、結衣はどこか幸せそうな顔をしながら眠っている。
「…で、俺はどこで寝ろと…?」
結衣の寝ているベッドは終夜の普段使っているベッドであるので、終夜には寝る場所がない。
「まさか、一緒に寝るとは言わないな」
終夜の呟きに絶が物凄い早さで反応し、それとなしか、黒いオーラが出始めている。
「いやいや、それはないから。…そういえば確かこの辺に、とっ、あったあった」
終夜は冷や汗を額に浮かべながら直ぐに否定して、押し入れの中に頭を突っ込み、布団を取り出した。
緊急時の来客用の布団である。
そして、冷蔵庫の前に布団を敷く。
終夜の住んでいる部屋は1Kであるため、他に部屋がない。
唯一の救いは、キッチンと部屋の間に引き戸タイプの扉があること。
この扉のおかげで同じ部屋で寝ることは避けられそうだった。
寝る準備を終わった後、終夜はもう一度部屋に戻った。
―――
それで、色々、絶と話してこっちで寝たはずなんだけどな。
回らない頭でそんなことを考えながら、コーヒーを作ったずずっと啜る。
温かいコーヒーの風味が口に広がり、終夜の頭も徐々に冴えてくる。
昨日の夜は、結衣が先にベッドで眠っていた。
結衣が寝ている間に絶と話をして、終夜も眠りについた。
その時は、もちろん隣に結衣の姿はなかった。
つまり、終夜が寝た後、結衣が目を覚まし、終夜の布団の中に入り、寝たと言うことになる。
「…絶になんて言ったらいいんだ?」
其処まで思考が回った後、終夜は1人溜め息を吐き出した。
憂鬱な気分のまま洗面所へ行き、歯を磨く。
歯を磨きながら考えるのは絶のこと。
絶は神の禁忌、「人間に対して直接干渉する」と言う罪を構わず、結衣を救い、自らの姿をハサミへと変えられてしまった。
それから約5年間共に過ごし、絶なりに結衣を救おうとした。
結果としては、両親を目の前で殺された結衣の心の闇までは振り払うことは出来なかったが、絶がいたおかげで結衣の心が完全に壊れることはなかった。
その5年と言う歳月を重ねたせいか、絶にとっては結衣はまるで娘のような感じなのだろう。
絶の結衣に対する言動はどこか父親染みでいた。
それも、娘を大事にする頑固親父的なオーラを持っていた。
それに対して結衣は、終夜と一緒に風呂に入る等々危ないところが多いので、これはこれでバランスが取れているかもしれない、と終夜は思いながら、顔を洗う。
タオルで顔を拭いて居るときに、台所つまり、終夜の布団のある場所から声と物音がした。
終夜は結衣が起きたのであろうと思い、洗面所の扉を開けた。




