第2話 9
2人が駆け寄ってくる。
が、終夜に飛びついてきたのは何故か一人だけだった。
「しゅうやぁ~」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔になりながらも終夜の胸に顔を擦り付ける結衣。
ならば、優一はどこに行ったのか?
「お~い、大丈夫か優一」
優一は終夜へ駆け出して直ぐに転び、全く動かなくなった。
「身体が、動かない~」
優一の悲痛の声が辺りに響く。
それもそのはずであった。
優一は人間の使用するはずのないほどの身体中の筋肉を酷使した。
許容範囲を超えた力の反動として優一は身体が動かない。
動かすことが出来ない。
だが、不幸中の幸いにも、筋肉の断裂などはなかった。
せいぜい、全身の筋肉痛ぐらいだった。
そんな、動けない優一を見て、終夜と結衣は笑いあった。
今回は終夜が優一の暴走を止めたので筋肉痛程度ですんだ。
終夜が止めていなかったら、恐らく身体中の筋肉が断裂し、骨は軋み、
もしかしたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれなかった。
優一は筋肉痛で痛い身体を何とか起こし、終夜のそばまでゆっくりと歩いてきた。
「ありがとう、終夜。おかげで助かったよ」
終夜の横まで歩くと直ぐに座り込んだ優一が頭を下げた。
「気にするな。俺は自分のしたいことをしたまでだ」
その時、終夜の前を白い何かが横切り、優一へタックルをかます。
「ゆーいち、大丈夫?」
「今の、タックルが、大丈夫、じゃないかも…」
恐らく泣いていたのだろう半分鼻声でサクヤは優一の胸に飛び込ぶ。
優一の無事を嬉しくてしたことだったが全身筋肉痛の優一には強力過ぎる一撃だった。
「ごめんなさい…でも、本当に良かった」「うん、ごめんね。心配かけて」
優一は優しくサクヤの白くて柔らかい髪を撫で、新しく零れる涙を優しく拭う。
「なんてザマなのだ。type01」
その時、一人の男の声が辺りに響いた。
終夜達は声の聞こえた方向へと目を向けた。
その目を向けた先に、白衣を着た一人の初老を迎えたであろう男が立っており、銀髪の青年を見下していた。
「すみません、博士」
青年は動かすのも大変であろう身体を何とか動かし、片膝を着いた。
身体をあちこちからは恐らく青年の身体を巡る血液なのだろう白い液体が流れていた。
「そのような言葉が聞きたいのではない。お前はその程度の《物》であっただけのことだったということ」
「申し訳御座いません、博士。もう一度私にチャンスをください。次こそは…」
「…《チャンス》だと?」
その言葉を吐き出すと、初老の男は額に手を当てて笑い出し、
「そんなものあるわけないだろう。私のなかではもうお前を《破棄》する事は決まっているのだよ」
「…そ、んな」
「当たり前だろう。使えない《道具》など持っていても邪魔なだけだ。そうなったら、普通は《捨てる》だ…」
「…ふざけるな」
終夜の小さいながらも怒りに満ちた声が辺りに響いた。
「ふざけてなどいないさ。《バケモノ》君。君だってゴミは捨てろと教わっただろう?」
「違う、こいつは《物》なんかじゃない。人間だ」
「ならば、《バケモノ》君。君はコレを見ても人間と呼べるのかい?この白い血を流す、感情も捨てた人間を」
「ああ、言えるさ。こいつは人間だ。それにこいつの心はまだ消えていない。」
「そうか、まあ今となってはどうでも良いことだが、な」
その言葉を最後に初老の男はどこからか出したパソコンに何やら打ち込んだ。
その時だった。
――強制破棄システムを起動します――
恐ろしいほど機械的な声が響きわたった。
「なっ!?」
終夜達から驚きの声が漏れ、
銀髪の青年は顔を青くする。
青年の少し前の所へ白銀の粒子が集まりだす。
「早く君たちも逃げたまえ、まあ、もう間に合わないだろうがな」
そこまで言うと、初老の男はくくくっと笑う。
「お前、一体何をした?」
「簡単だ。その《道具》を焼却処分するための物さ」
「《焼却処分》だと?」
「そうだ。…ナノマシンは原子レベルの大きさでな。好きな物質を作ることが出来る」
それは、終夜は終夜も知っている。
実際に青年はナノマシンを使って色んな武器を作り出していた。
「…例えば、半径50キロを焼き尽くす小型の《核爆弾》とかな」
その言葉を聞いて終夜達の顔も青くなっていた。
半径50キロ、それは終夜達の街を焼き尽くす範囲に入っている。
「っざけるな、直ぐに止めろぉっ!!」
終夜は拳を振り上げ、初老の男に殴りかかるが、終夜の拳は初老の男の身体をすり抜けてしまう。
「無駄だ。私はもう安全な所にいるからな」
あっけらかんと、初老の男は応える。
そして銀髪の青年の前まで移動し、ゆっくりと話始めた。
「昔の話を聞かせてやろう、type01。かなり前から私のナノマシんの計画は進んでいた。完成間近の事だ。とある夫婦に私の計画は邪魔されたのだ。《ナノマシンは危険だ》などと言い出した。そして、周りの人間も奴ら夫婦の意見に賛同し私の計画は駄目になったのだ。」
そこで一旦区切ると初老の男はまた言葉を紡ぎ出す。
「…私は心底恨んだよ。あの夫婦をな。そして私はある作戦を考え実行し、事故に巻き込んだように見せかけ、奴ら夫婦に復讐を果たしたのだ。だが、その夫婦には子供がいた。直ぐに殺そうと思ったが、すぐに私は考えを改めた。この子供をナノマシン計画の最終段階である人体実験に使おうとな。そして、その子供は年をそんなに取っていなかったこと、奴ら夫婦の代わりに面倒を見ていたせいか私になついていた。」
「今まで役に経ってくれてありがたかったぞ。type01」
そう言った初老の男は歪んだ笑みを浮かべていた。「type01。お前が私に懐いてからな、私はあることを考えたのだ。どうせなら、お前を使ってナノマシン計画を完成させようとな。そのためにお前の《感情》を消した。あくまで、私の言うことだけを聞くようにな。そしてお前の感情を見事に消すことができ、お前は私の《道具》になったのだ。私はナノマシン計画の最終段階である《人体実験》に踏み込んだ。そして私のナノマシン計画は完成したのだ。」
ぎりっと歯軋りが響く。
音の主は終夜だった。
それでも初老の男は話を続ける。
「欲しいデータは揃った。だからもうお前は要らないのだよ。私の前から…」
「ふざけるな…」
ピリピリとした空気が辺りを覆う。
「お前はそんなことの為に…そんなことの為にっ!!」
終夜は叫びながらひとまわり大きくなった紅い翼を羽ばたかせ、右手を上に振り上げる。
その際に終夜の紅い翼の羽が宙に舞い、空中で動きを止まった。
そして、その羽達は大きくなり、終夜が使っていた剣へと形を変える。
「こいつを利用したのかっ!!」
終夜は声と共に右手を振り下ろした。
振り下ろすと同時に宙に止まっていた剣が一斉に初老の男目掛け飛んでいき突き刺さる。
その余りの衝撃に土煙が辺りを覆う。
「そうだ。私は最初からそのつもだったのだよ。《バケモノ》君」
何事もなかったように初老の男は晴れた土煙の中から現れた。
それもそのはず、初老の男はここにはいない。
あくまであれはホログラムであり、実態はないのだから。
「さて、《焼却処分》の準備もそろそろ終わりそうだ。」
初老の男の口は歪んだ三角を描き、
「それではさらばだ」
その言葉を最後に初老の男は掻き消えた。
初老の男が言った通り、凝縮されたナノマシンは光を外に放ち始めていた。
「そ、んな…」
ドサッと、音を立てながら銀髪の青年は両膝を着いた。
既にその瞳の中の光は消え去り、
絶望で染まりきっていた。
信じていた人に騙されていた。
自分の恩人だと思っていた人に裏切られた。
type01と呼ばれた青年は一筋の涙を流すこともなくただただ佇んでいた。
「ふざけやがって!!」
終夜は怒りに身を任せ、地面を力いっぱい殴りつける。
「終夜!!それよりもあのナノマシンをどうにかしないと!!」優一の一声に終夜は我に帰り、ナノマシンを見る。
ナノマシンは10センチ程の球体状に圧縮され、光が中から漏れ出していた。
すべてを焼き尽くす光が。
終夜は両膝を着いている青年の元へ駆け寄った。
「あんただったら《あれ》の止め方が分かるだろう?頼む!!教えてくれっ!!」
「私は、ワタシは…一体どうしたらいい?何を信じて生きていけばいい?博士の言うとおり私は死ねばいいの…」
青年の言葉が最後まで紡ぎ出されることなく青年の頭は横にぶれた。
「…死ねばいい?ふざけるなよ」
ぶれた理由は終夜が青年の顔を殴りつけたからである。
「人の命は誰でも平等だ。人の命は《モノ》なんかじゃない。あんたは《道具》なんかじゃない。あんたは《人間》だ」
「なら私は何を信じたらいい?誰の命令を聞けばいい?何に縋ればいいのだ?」
「そんなこと俺が知るか。だがな、何かに縋る必要はないと俺は思う。誰の命令も聞かなくていい俺は思う。そんなこと考えるなら、《誰か》の為じゃなくて《みんな》のために動けばいい。」
「みんなのため…」
「そうだ。あんたは誰か1人の為だけに生きて来たんだよな。それだったら1人に限定するのではなく、周りのみんなのために動いてやってくれ。誰を信じるとか、誰に縋るとか、そんなのは後回しだ」
そこまで言うと、一旦終夜は言葉を切り、
「あんたは誰かを救うことが出来るだけの力を持っているのだから」
「《救う》…?そのために私は何をすればいい?」
「それはあんたが考えることだ。…と言いたい所だが、今はあれの止め方を教えてくれ」
終夜は先ほどよりも光を放つナノマシンを指差しそう言った。
《焼却開始まで30秒前です》
無機質な声が響きわたった。
勿論、声がしたのはナノマシンのほうからだった。
「分かった。私が、《あれ》を止めよう」
青年は右手をナノマシンのほうへ手を伸ばし、ナノマシンの制御しようとする。
ナノマシンを自由自在に扱っていた青年なのでナノマシンを止めることも簡単なのだろうと誰もが思っていた。
…だが、
「…っ!?制御できない!?」
青年の顔を歪めながら、そう言葉を吐き出す。
その一言に優一達は驚きの声をあげる。
終夜は少しの間俯き直ぐに頭をあげ、
「なら、俺が《あれ》を持ってここから急いで離れる」
その一言に更に驚き、声も出せない優一達。
「無理だ。あれの焼却範囲は半径約5キロメートル。残された時間でそれ以上離れることは不可能だ」
だが、直ぐに終夜の考えは却下される。
「なら、一体どうしたらいいっ!?」
《焼却開始まで後、10秒です》
終わりへのカウントダウンは鳴り響いていた。
「そろそろか」
初老の男はパソコンの画面は見ながら呟いた。
「まあ、あいつはなかなか役に立ってくれたな」
男の口が三日月状に歪む。
「さて、私を最終段階に移るとするか」
おもむろに立ち上がり、とある人ひとり入りそうなカプセルの前に立つ。
そのカプセルの中には液体が入っており、そしてその液体の中に人と同じ位の大きさの真っ赤な狐のような生物が入っていた。
「ふふふ、ははははは!!」
男の笑い声が部屋に響く。
そのせいか男は気が付かない。
先ほどまで見ていたパソコンの中にあったはずの何かがなくなっていたことに。
《焼却処分専用ナノマシン》が真っ白に上書きされ、削除されていたことに。
《焼却開始まで、後10秒です》
残酷なまでに無機質な声が響く。
《ナノマシン》を止める方法はもう残されていない。
「くそっ!!俺は…俺はまた誰も救えないのか…」
終夜の悔しさに満ちた声と同時に地面を殴りつける音がした。
他のみんなも同じような顔をし、絶望に染まった表情をしていた。
ただ1人を除いて。
「ねぇ、優一。《あれ》はあなたにとっては要らない物?」
「えっ?」
いきなりの声に驚く優一。
声を出したのは他でもない、サクヤだった。
「いや、確かに要らない物だけど…」
「なら、《あれ》消してもいい?」
サクヤはナノマシンを指差しながら優一に尋ねる。
「寧ろお願いしたいとこだけど、でもどうやって?」
「分かった。じゃあ優一。少し私から離れてて」
優一の全ての質問に答えることなく優一が少し離れるのを見てからサクヤは右手をナノマシンに向け伸ばす。
《焼却開始まで、後5秒です》
絶望へのカウントダウンが始まったその時だった。
サクヤの右手首に白いリングが現れ光を放つ。
そのリングを中心に白い半透明状の花びらのようなものがいくつも形成され、右手の前にこちらも白い半透明状の小さな砲台が現れ、球体を作り出す。
「優一。見てて、これが私の本当の《力》…」
まるで囁くようにサクヤは呟いた。
バチバチと光の球体は更に大きくなり、サクヤの右手から放たれる。
「無理だ!!どちらにしても爆発するだけだぞ!!」
突然のことに銀髪の青年は狼狽え、声を上げる。
《焼却開始まで、3…2…》
カウントダウンをしていたナノマシンにその光の球体が激突する。
その瞬間、強烈な光が辺り一帯を照らし、終夜達はその光に手を翳してよける。
強烈な光は数瞬後に収まり、終夜達はゆっくりと目を開ける。
そこにあったはずのナノマシンは姿を消しており、右手をゆっくりと降ろすサクヤの姿があった。
「…消えた?」
誰が発したのかは分からないがそんな言葉が零れた。
数秒前までは破壊の光を辺りに撒き散らしながら輝いていたナノマシンが跡形も残らず消え去っている。
まるで存在が消えたかのように。
「…有り得ない。まさかこんなことが…?」
銀髪の青年は目の前の状況が理解が出来ず呆然としている。
「サクヤ…今のはいったい何?」
優一はサクヤに近付くために一歩踏み出したその時だった。
あの砲台のような右手を消して下げ終わったサクヤの身体がグラリと揺れ後方へ傾く。
その瞬間、優一は駆け出した。
一歩地面を蹴る度に先ほどの青年との戦いでボロボロになった身体に悲鳴をあげる。
だが、そんな痛みもお構いなし優一は駆け抜け、
「サクヤっ!!」
地面とサクヤの間に滑り込む形でサクヤの身体を受け止める。
「ゆー、いちぃ?」
弱々しい声でサクヤが答えた。
「サクヤ、大丈夫!?」
優一は肩で呼吸ながら尋ねる。
「ごめんね、ゆーいち。この力使うとスッゴく疲れちゃうんだ。だからね、」
「少しだけゆーいちの胸で眠らせてね」
そう言い終わると同時にサクヤは目を閉じた。
優一は一瞬最悪の状態が頭に浮かび狼狽えながらもサクヤの様子を見て胸が規則正しく動いていること確認し、ホッと胸をなで下ろした。
「なあ、あんた。ナノマシンがどうなったのか分かるか?」
終夜は呆然としている青年に訪ねる。
「い、いや、私にも何が起こったのかは分からない。ただ、あのナノマシンがどこかに飛ばされたわけでもなく、壊されたわけでもなく、ただ《消えた》」
「はぁ?」
終夜は意味が分からず首を傾げる。
「破壊されたのなら何かしら跡が残る。飛ばされのならナノマシンの反応は残るはず。だが、跡も残さず、反応も残さず、ただ《消えた》のだ。まるで…」
「初めから存在がしなかったかのように」
青年の言葉に終夜はただただ優一が抱きかかえる少女を見ることしか出来なかった。




