第2話 8
終夜の名前を何度も呼びながら抱き付いている結衣の引き離し、終夜は周りの状況を確認した。
「なんだ…これは?」
ところどころの地面は抉れ、
木々は数え切れないほどへし折れ、
砂煙の中には身体のあちこちから白色の液体、恐らく血液を流し生きてはいるものの動くことの出来ない銀髪の青年。
そして、有り得ないほどのドス黒い殺気を放ち、終夜の知っている顔とはかけ離れた表情を浮かべる優一。
両目から大粒の涙を流しながら優一の前に両手を広げて立ちはだかるサクヤ。
「終夜…」
結衣は終夜の服の袖を握り締めた。
―全て、俺のせいなんだな―
「大丈夫だ…」
終夜はそう言うと右手を握り締めた。
―だったら、俺は…―
「俺がみんな救ってみせるから」
―俺は此処に帰って来た理由の一つなのだから―
終夜は結衣を安心させるため笑顔で結衣に話しかけ、結衣に握られていた服の袖の手をゆっくりほどいた。
「じゃあ、行ってくる」
そして、結衣の頭をポンッと叩くと終夜は駆け出した。
サクヤは分かっていた。
優一の力は暴走しつつある事を。
そして、
その力に飲み込まれ始めていることも。
つい最近出来た友達だが大切な友達だった人物がいた。
その友達は目の前にいる人物の手によって胸を貫かれた。
それも助けられる形で。
優一は悲しかった。
苦しかった。
目の前にいる青年に大きな憎しみを抱いた。
そして、手に入れた力を酷使する。
力を使えば使うほど優一は力に飲み込まれていっていた。
優一の精神世界が揺らいでしまうほどに。
そして、力に飲み込まれ続けたその先にあるのは精神崩壊。
優一が優一でなくなる。
なので、サクヤは止めたかった。
愛する人失いたくなかった。
手放したくなかった。
サクヤに外の光を与えてくれた優一が居なくなるのは考えたくなかった。
「お願いだよ、ゆーいちぃ…。もう、止まってよう」
涙ながらの懇願も優一には届かない。
優一はサクヤを押し退けるために右手を振り上げた。
しかし、振り下ろされることはなかった。
「もう、やめるんだ、優一」
何故ならその右手を終夜が掴んでいたのだから。
終夜は優一の瞳を覗き見る。
優一の瞳は光を失い、黒い感情が渦巻いている。
行き過ぎた悲しみが行く先を失い、ただただ暴走している。
その暴走した結果がこの有様だった。
暴走の矛先となった相手はボロボロ。
そして、力をむやみに振り回し続けた代償なのか、優一の身体も悲鳴をあげていた。
普通、人間の筋力は脳である程度力を抑えられている。
何故なら、100%の筋力を使うとその筋力自体が痛んでしまうからである。
しかし優一は違う。
あまりの悲しみに、
あまりの悔しさに、
脳というリミッターを外してしまった。
そして、100%を超える力を振り回し続けた優一の身体の筋肉はとうに限界を超えていた。
身体の限界を超えた優一は立っているだけでも身体が痙攣を起こし、足元はおぼつかない。
双剣を握り締めた両手には血が滲み、震えが止まらず、今にも落としてしまいそうである。
それでも、優一は止まらない。
止まることなんて出来ない。
あの悲しみやあの悔しさが全てなくなるまでは止まらない。
全てを吐き出して仕舞うまでは止まらない。
止められない。
例え、大切な存在のものが懇願しても届くことはない。
―あの時の俺と同じ目をしているな…―
終夜も一度、力に飲まれ、力に溺れ、全てを吐き出そうと暴走したことがあった。
自分を憎み、
自分の力を憎み、
周りの人間を憎み、
ただただ悲しくて、
ただただ悔しくて、
ひたすら、辺りに溜まりに溜まった感情を吐き出し続けた。
そして、ある人物に救われた。
「大丈夫だ。俺が救ってやるから」
―見ていてくれ。兄さん―
終夜は心の中で呟いた。
「ウガァァァァッ!!」
優一は叫びながら、止められた手を振り払い、止めた人物、終夜に拳を振り下ろす。
優一の意識は既に闇の中。
誰の為に怒っていたのかも、
何が悲しかったのかも、
全て忘れて、ただただ力を振り回す。
泡のように弾けた感情をただただ吐き出し続ける。
弾けた泡が元通りになることはない。
振り下ろされた拳を終夜は避ける動作すらせず、もろに直撃する。
人間の限界を超えた力の拳は、《バケモノ》である終夜にダメージを与えるのには十分で、終夜はたたらを踏んだ。
しかし、終夜は直ぐ体制を立て直し、優一に近付く。
それに驚いた、優一は直ぐに回し蹴りを放つ。
回し蹴りは終夜でも受け止めきることが出来ず、青年と同じように吹き飛び、数メートル引き摺られて、止まった。
それでも、終夜は直ぐに立ち上がり、優一の方へ歩みを進める。
優一の方へ歩く終夜の顔は、優一の暴走に悲観した顔ではなかった。
優一はまるで子供を見守る親のようなただただ優しい笑顔を浮かべていた。
「ゆーいち、もう止めてよぅ…」
サクヤの懇願する声が辺りに響く。
終夜はあの後も何度も何度も優一に近付き、優一に殴り飛ばされたり、蹴り飛ばされていた。
終夜の身体のあちこちから血が溢れ、地面を赤く染めていた。
終夜と同じように、優一も拳から血を流し、肩で息をしていた。
終夜はあちこちから血を流しながらも先ほどと全く同じように笑顔を浮かべ、優一へ近付く。
―ドウシテアイツハハンゲキシナイ?―
優一は終夜の側頭部へ蹴りを放ち、終夜は木々を巻き込む吹き飛ぶ。
―ドウシテアイツハトマラナイ?―
それでも、終夜は直ぐに立ち上がり、優一へ歩みを進める。
―ドウシテアイツハホホエンデイル?―
ずっと、同じ笑顔を浮かべ、終夜は近付く。
―ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ!!―
優一は終夜に恐怖を感じ目の前に双剣を突き出した。
ズブリ、と音と共に双剣は終夜の身体を貫いた。
それと同時に《光》の炎と、《闇》の炎が終夜の身体を包み込んだ。
背中から突き出た2つの剣は終夜の血で赤く染まり、血を地面へ滴り落ちて地面を赤く染め上げる。
《光》の炎と《闇》の炎が終夜の身体を焼いていく。
それでも、終夜は止まらなかった。
2つの剣が身体に突き刺さっていこうとも止まらなかった。
そして、優一の直ぐ前まで来ると、終夜の身体に纏っていた黒の炎と白の炎は終夜の身体から溢れ出た、紅い炎で掻き消えた。
「優一…」
「ドウ、シ、テ…」
終夜の呼びかけに少し反応を示した。
終夜は優一の肩に手を置いた。
優一は暗い暗い闇の中にいた。
闇の空間に独り佇んでいた。
―憎イ憎イ憎イ―
―カナシイカナシイカナシイ―
―コロセ、コワセ、スベテハカイシロ―
―スベテハキダシテシマエ―
そこは負の感情が渦巻いていて、
優一もその感情に従い、
ただただ暴れ続けていた。
友を失ったことを忘れてしまおうと、
この悲しみを忘れてしまおうと。
その時だった。
優一は肩に暖かい何かが触れたのを感じ取った。
優一の視界が移り変わっていく。
暗闇の世界から、光のある世界へ変わっていく。
優一はあまりの眩しさに目を閉じる。
そして、ゆっくりと目を開け、目に映った光景は、「終夜、僕、は、なん、てことを」
優一の握られていた双剣に身体を貫かれながらも、優一の目の前に立ち、肩に手を乗せた終夜の姿だった。
紅い翼はひとまわりも大きくなり、腰のあたりまで髪の伸びてはいるが紛れもなく終夜だった。
「僕、は、ぼくは…」
優一の手にはサクヤを外に出すときに使った双剣。
そして、その剣を通じて優一の手も終夜の血で濡れていた。
その時だった。
優一の2本の剣の先から再び《白》と《黒》の炎が溢れ出し、終夜の身体を焼き尽くす
優一はそれを目の当たりにし、焦り、どうにか抑えようとする。
しかし、優一の2つの炎が収まることはなかった。
《白》と《黒》の炎に焼かれても、
身体を貫かれ、血で地面を濡らしながらも、
それでも終夜は微笑んでいた。
「くそっ、止まれ!!止まれよ!!」
優一は必死に炎を止めようとするが、全く衰えることなく燃え盛る。
―スベテヲヤキツクセ―
―スベテハカイシロ―
一度は収まったはずの声が優一の頭へ響く。
「終夜っ!!僕は、僕は!!」
優一は頭の中に響く声に意識を引っ張られ、錯乱し始めた。
その時だった。
「落ち着、け、ゆうい、ち」
身体を貫かれ上手く話すことの出来ない終夜が微笑んだままでゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「《力》を、恐れ、るな。自分を信じ、ろ。お前、なら、きっと大丈夫、だから」
そして、終夜の身体は前へ傾き優一の肩へ頭が乗る。
――もしもの時は、俺が全て受け止めてやるから――
とても小さな声だが、優一の耳へ入るのには十分だった。
―全て受け止めるだって?既に満身創痍、いや、死にそうな怪我をおっているのに―
ドクン
―なんで、そうやって終夜は自分を平気な顔で犠牲にするんだよ―
ドクン
―なんで、僕のためにそこまでするんだよ―
ドクン
―だったらもう、やること一つじゃんか―
「止まれっ!!止まれよっ僕の力っ!!これ以上…」
優一は握っていた剣の柄から手を離し、燃え盛る刀身に手を伸ばす。
「僕の大切な友達を傷つけるな!!」
そして、その燃え盛る刀身を握り締めた。
―スベテヲ憎メ―
―スベテヤキツクセ―
―スベテハカイシロ―
その瞬間、意識が刈り取られそうになるほどの狂気が優一を襲う。
全てを忘れて、何もかも破壊したいとの気持ちが増大していく。
しかし、刀身を伝う血の感触で思い出す。
「うるさいっ!!」
優一は狂気の声を振り払う。
「何対してあなた達が憎んでいるかは僕には分からない。でもね…全てを破壊なんてさせない。僕の大切なものを、人を、傷つけるなんてさせるもんか」
徐々に炎の勢いは弱まっていく。
「僕はあなた達を恐れない。僕は逃げ出さない。これ以上、僕の大切なものを傷つけるなら僕はあなた達を許さない」
「分かったかぁ!!」
優一が叫んだ時には、《白》と《黒》の炎は消えていた。白と黒の炎は消えた瞬間に白と黒の双剣も消え去った。
とりあえず終夜を包む炎は消えた。
だが、終夜の傷が消えた訳ではない。
終夜が無事な訳ではない。
終夜の身体には2つの風穴が開いており、止まることなく、血が溢れ出る。
そして、終夜は後ろへ倒れた。
「終夜っ!!」
双剣の刀身に手を触れたので優一の手のひらからも血が溢れ出ていた。
だが、圧倒的に出血量が違う。
優一は痛みをかみ殺しながらも終夜のそばへ近付く。
終夜の身体に手が触れる瞬間、終夜の身体を紅い炎が包み込んだ。
その色は、終夜の背中から生えた翼の色と酷く酷似していた。
その紅い炎に優一は驚き、尻餅をついた。遠くで見ていた、結衣とサクヤもただただ驚き、終夜を見ることしか出来なかった。
そして、終夜はその紅い炎の中で、
身体に風穴を開けたままの終夜が
ゆっくりと膝をついて座った。
その時、終夜の身体に異変が起こる。
先ほど優一が突き刺した傷にさらに紅い炎が集まり、傷口をなぞるように炎が動く。
そして、傷口をなぞった炎の通った後には、傷口なんて初めからなかった言わんばかりの身体があった。
傷が消えた後、終夜がゆっくりと立ち上がる。
まるで、紅い炎の中から生まれたと言わんばかりの姿だった。
「やっぱり…そうだったのね」
背中の大きな紅い翼を広げた姿まるで、
「あなたが、火の鳥、《不死鳥》だったのね」
終夜の包んでいた炎が徐々に小さくなり最後には消えた。
―つまり俺は死ねなくなったってことか―
終夜の姿を確認して駆け寄る、結衣と優一。
―それでも、俺はこの道を選んだんだ―
終夜は右手を握り締め、真っ直ぐ見据えた。
―だって、こいつらの笑顔が見たかったのだから―
終夜はその右手を離し、笑顔でこちらへ走り寄ってくる2人を迎えた。




