第2話 3
「まあ、僕には関係ないけどね」
溜め息を吐いている終夜を横目で見ながら優一はラーメンを食べる。
「あのなぁ…。お前は目の前で困ってる友人を助けようとか思わないのか?」
「全然。だって見てて楽しいじゃん」
終夜は優一を睨みつけるが、優一はどこ吹く風で呆気なくそう応える。
「…そうか。ならこれからはお前の飯は作らないからな」
「えぇっ!!謝るからそれだけは勘弁して下さい」
優一は必死の形相で謝る。
優一も終夜の料理の腕前は知っている。
その美味しい料理が食べれなくなるのは心底嫌らしい。
「あ、ああ。飯はちゃんと作ってやるから」
あまりの優一の剣幕に終夜はただそう言うことしか出来なかった。
その時、鈍い音が終夜の家の中で響いた。
音のした方向を見てみると、先ほどまで転がり回っていた結衣の動きが止まっている。
頭の所にはタンスの取っ手があり、そこに頭をぶつけたらしく、「きゅ~」と言いながら結衣が延びていた。
「まあ、これで静かになるか。それで優一、一体何があったんだ?」
急に終夜の顔が引き締まり、優一の顔を見る。
「…やっぱり終夜には隠せないかぁ」
おどけたように優一は両手をひらひらさせながら応える。
優一が昼から来ることは今までなかった。いつも昼過ぎに来ては夕飯を食べて帰る。
だが、今日は昼から来て、一緒に昼飯を食べている。
しかも、どこか疲れた顔をしていた。
「それで、一体何があった?」
「…うん、でも話し始める前にちょっと呼びたい人が居るんだ」
優一はそう言うと、右手を胸に当て目を閉じた。
「サクヤ、ちょっと起きて、出て来てくれる?」
優一はまるで、言い聞かせるようにそう呟いた。
終夜は不思議そうな顔で優一を見ているが、直ぐに変化が起きた。
優一の腹の部分から、少女が眠そうな顔で這い出てきた。
「ゆういちぃ~、わたしまだ眠いんだけど」
終夜の驚いた顔をまるで気にしないように、眠そうな声で、しきりに目をこする白い少女、サクヤがいた。
目の前に現れたサクヤに呆然と見ている終夜。
そんな珍しく驚いた表情した終夜を見ることができて優一は少し嬉しく思えたりしていた。
「眠いところごめんね、サクヤ。彼がさっき話した僕の大切な友達の終夜と結衣だよ」
その言葉を聞き、サクヤは眠そうな顔を無理やり整えた。
「えっと、はじめまして。終夜さん、結衣さん。私は優一の妻のサクヤです。以後お見知りおきを」
サクヤは上品にそう言い微笑んだ。
数秒の時が流れる。
サクヤは「あれっ?」と、言いながら首を傾げている。
終夜は先ほどよりもさらに驚愕の顔を浮かべている。
「ねぇ、優一」
先ほどまで気絶していたはずの結衣が優一の顔を真っ直ぐ見ながら言う。
「優一ってロリコンだった?」
「結衣!!それを言ってはいけない。そこは優一の自由だろう!!」
「でも、ロリコンは犯罪だよ。どう見たってサクヤは中学生だよ!!」
「優一は特殊性癖を持つ人間だが、俺達の友達だろう。そこは受け止めなくちゃ駄目だ」
「2人で勝手に盛り上がってないで僕の話しを聞けぇ!!」
勝手に盛り上がっている2人の頭にスパーンと心地よい音が鳴り響く。
優一の手にはスリッパが握られていた。
「と、言うこと、分かった?」
優一は今朝あった話、あの白の世界のこと、サクヤのこと、サクヤの力のことを話した。
途中、終夜と結衣が暴走するところがあったが、そのたびスリッパを使い落ち着かせた。
「あぁ、何とか分かった」
「うん、私も」
2人は頭をさすりながらもそう答えた。
最初の爆弾を投入したサクヤに至っては優一の話しの途中で夢の世界に旅立っている。
そのおかげで、話があまりこじれずに出来たのである意味良かった。
もちろん、終夜の家に来る前に家族にサクヤのことは説明済み。
難関かと思われたが意外にあっさりOKを両親に出され、一緒に暮らすことが決まった。
妹の理彩もなんだかんだで年の近そうな家族が出来たと喜んでいた。ちなみに、サクヤは優一の妹、理彩の部屋を2人で使うことに決まった。
サクヤは優一と一緒がいいと駄々をこねたが優一と理彩に断固として反対され渋々そう決まった。
「それで、優一。サクヤの言ってた優一の嫁っていうのは本当?」
結衣は真剣な顔をしている。
その隣の終夜も真剣な顔をしている。
「あぁ、あれはサクヤの出任せだから気にしないで」
優一のその言葉に、2人は心底安心した顔になった。
「ふわぁ~、ゆういち、話終わった?」
サクヤは欠伸をしながら起きた。
「あ、うん。終わったよ」
サクヤが起きたことに多少驚きながらも優一は答えた。
「なら、終夜さんと結衣さん…とあと1人、いや、そのハサミさんに質問があるの?」
終夜と結衣の顔が驚きに染まる。
優一も同じように驚いた顔をしている。
もう1人、つまり絶の事だ。
優一は絶の事はまだサクヤに話していない。
なので、普通に考えたら分かるはずがないのだ。
絶は一見すると、ただの大きいハサミに過ぎないのだから。
そして、サクヤは言葉を続けた。
「あなた達は優一の味方?それとも…敵?」
サクヤからは、先ほどには考えられないほどの圧力が放たれていた。あまりの圧力に結衣の顔は真っ青になり震えている。
絶も圧倒的な力の差を感じ取ったのか喋ることが出来ない。
「いや、俺達は違う。ただの友達だ。ただの大切な友達だ」
しかし、終夜はその圧力にも屈することなく、サクヤの目を見ながらそう答える。
しばらくの間、サクヤと終夜の睨み合いが続いたが不意にサクヤの顔が綻んだ。
「分かりました。私はあなた達を信じます」
サクヤは微笑みながらそう言った。
しかし、また直ぐに険しい顔に戻り、サクヤは結衣のみを睨み付けた。
「結衣さんは優一のことを狙ってたりするんですか?優一のことを好きだったりするんですか?」
サクヤは先ほどと同じ圧力を加えながら結衣に尋ねる。
しかし、今回の結衣は違った。
「そんなことないよ。だって私が好きなのは終夜なんだから。終夜しか好きにならないんだから」
結衣はサクヤに負けず劣らずの圧力で答える。
しばらく2人で睨み合ったあと、2人は勢い良く握手を交わす。
「結衣さんとは仲良くなれそうです」
「うん、私もそう思う」
2人は先ほどまでの圧力は消え失せ、笑顔で握手していた。2人の少女が固い握手を交わす中、男3人は円を作り話し合っていた。
「…優一。サクヤは一体何物なんだ?」
「えっと、僕もよく分からないんだ」
優一は軽く俯きながらそう答える。
優一もサクヤのことをあまり知らない。
何故なら、サクヤとまともに話をしたのは今日が初めてなのだから。
「ねぇ、絶。サクヤにも終夜と絶と同じような《力》があると思うのだけど、どれくらいのものか分かる?」
優一は、サクヤにもとある《力》があるというのは薄々感づいてはいた。
そして、その力が終夜や絶と同じようなものだと言うことも。
しかし、どれほどの力かまでは優一には分からない。
「…そうだな。話しておかねばならないな。あの少女の力の強さを」
いつもどうりの無機質の声。
だが、何故かそれは重々しく部屋に響いた。
思わず、優一は息を飲み込む。
「…あの少女は、サクヤは、我の力を遥かに超越した力を持っている。終夜以上のだ。あの少女が本気を出せは、恐らく日本は消え失せるだろう」
終夜は黙って目を瞑り話を聞き、
優一は驚きで開いた口が塞がらなかった。
「まあ、そうだろうな。あの時の圧力はそれだけのものを物語っていたからな。だが優一。お前はどうするんだ?サクヤはとても危険な存在だぞ」
「僕は…」
突然、終夜は目を開き、優一を真っ直ぐ見据え、圧力をかけ、そう問いただす。
優一はサクヤがここまでの力を持っているとは思っていなかった。
あまりの衝撃に優一は呆然とするしかない。
「さあ、どうするんだ?優一。サクヤは危険な存在だ。最悪お前の周りの人間を巻き込む可能性があるんだぞ。もしも、ここで答えが出せないのなら…俺が、サクヤを…この場で排除する」
「そんな…そんなのってないよ!!」
あまりにも淡々と続ける終夜にそう答えるので精一杯の優一。
だが優一の心の中は大いに揺すぶられていた。
(僕だけの問題じゃないんだ。下手をすれば終夜も結衣も、そして僕の家族も危険な目に……一体どうしたら…)
優一の頭の中で色んな思考が蠢きあう。優一の頭の中が色々な思考が蠢き合っているその時、
終夜の横から、あるものが飛び出して、優一に飛びついた。
「えへへ~、ゆういち~」
サクヤは嬉しそうに微笑みながら、優一の胸へ頭をこすりつける。
優一の目には、あまりにも小さな存在に見えた。
(私は存在してはいけないの)
あまりにも悲しそうに語る少女、サクヤの顔が優一の頭に浮かぶ。
「終夜、答えが出たよ」
優一は先ほどとは違う表情で終夜の目を見る。
「ゆういち?」
サクヤは不思議そうな顔をしながら、優一の顔を見る。
優一はその視線に気付き、サクヤに笑顔を浮かべ、サクヤをぎゅっと抱き締める。
「それでも僕はサクヤと一緒にいるよ」
「それがどういう意味だか分かっているのか?周りの人を危険にさせる、傷付けるかもしれないということだぞ?」
「そんなことは,僕がさせない。僕がサクヤを止めてみせる」
「無理だ。サクヤが暴走すれば…」
「僕は誓ったんだ!!サクヤを幸せにするんだって。ずっとそばに居るんだって!!」
優一は感情を爆発させて、終夜に向けて叫ぶ。
息は上がり肩で息をしている。
「…やっぱり、お前はそうやつだよな」
だか、終夜はどこか優しそうな顔をしていた。
ポカンとした表情で優一は終夜を見る。
「…分かった。俺も優一の力になろう。もしもの時は俺がなんとかする。だからな、優一、サクヤのそばに居てやれよ」
「えっと、僕はサクヤと一緒にいていいってこと?」
「俺は言っただろ。優一にどうするかって。優一が決めたことなら俺も手伝うさ」
終夜はそう言い、立ち上がった。
「えっ、終夜どこいくの?」
「新しい友達に飯を作りに行くだけさ」
終夜はそう言うとキッチンへ向かい、料理を作り始めた。
「ねぇ、優一。サクヤ大丈夫?」
結衣の一言で我に帰り、サクヤを見る。
「えへへへへへ~」
顔を真っ赤に染めながら、最高の顔で笑っているサクヤが優一の胸の中にいた。
その笑顔を見て、どこか優一は嬉しく感じたのだった。
…それと同時に若干気味が悪いとも思ってしまったのは別の話。
「はむはむはむはむ」
「なんか、凄く変な声出しながらラーメン食べるよね。サクヤって。あと、箸の使い方上手くなってるし」
軽く呆れながら優一は終夜お手製ラーメンを啜るサクヤを見る。
優一がサクヤをなだめている時に、終夜が「ほら、出来たぞ」と、言いながらラーメンをサクヤの前のテーブルの上に置いた。
サクヤはいきなり目の前に出された食べ物「ラーメン」に多少戸惑いを見せた。
いや、正確には《箸》にだった。
サクヤは《食べる》と言う行為は知っていたが、《箸》の名前と使い方は知らなかったので、目の前に出された箸をどうしたら良いのか分からず、
「ゆういち、《これ》どうしたらいいの?」と、聞く始末。
優一は直ぐにサクヤの言っていることを理解したのか、サクヤの手を取り、まず箸を持たせる。
そして、そのまま箸で麺を少し掴ませて、サクヤの口元まで持っていき、
「それで後は、ズルズル~って啜るだけだよ」
その優一の言葉に頷きサクヤは口を麺に付け、啜る。
その後、少しばかりサクヤの動きが止まった。
そして、優一の手を振り払い、この「はむはむ~」の部分へ戻る。
「まあ、良いんじゃないのか、こういうのも」
そう言う終夜の顔は、先ほどとは違い優しさで満ちている。
「まあね。でさ、終夜と結衣にお願いがあるんだ」
「なんだ?」
「うん、な~に?」
「サクヤの服を買いに行くんだけど、一緒に来てくれない?」
優一の頼み事に結衣は喜び、終夜は顔を青くする。
「うん、いいよっ。終夜もいいよね?」
「いや、俺は…」
「いいよね」
「…はい」
最近終夜が結衣の尻に敷かれ始めているのではと思う優一だった。
「それじゃあ、サクヤが食べ終わったら行くぞ」
終夜は溜め息一つ吐きながらそう言った。
「只今参りました、博士」
とある建物の地下に2人の男がいた
「うむ、よく来た《type01》。そろそろお前の力のデータが欲しくてな。2時になったらここの全てをしろ」
「《ここ》をですか?」
「そうだ、《人》も《もの》も一つ残らずだ」
「…了解しました」
「では、2時より開始してくれ。私は計測器の準備に入る」
そう言い残すと、博士と呼ばれた人物は闇へ消えた。
「私はどうしたら…」
誰にも聞こえないほど小さな声で、ある青年は無表情で呟いた。




